特集

なぜインドには優秀な起業家が多いのか?—その理由と背景に迫る

インド 起業家

インドは近年、世界的に見ても多くの優秀な起業家を輩出する国として注目を集めています。

GoogleのCEOを務めるスンダー・ピチャイ氏や、Microsoftのサティア・ナデラ氏をはじめ、多くのインド人経営者が世界の大企業を率いています。同時に、Flipkart、Zerodha、Byju’s、Olaなど、数多くのユニコーン企業を生み出しており、インドの起業家精神は世界でも際立っています。

本記事では、「なぜインドには優秀な起業家が多いのか?」について、教育、文化、環境、人材、政策などの観点から詳しく解説します。

1. 教育システムとエリート大学の影響

1-1. 世界トップレベルの理系教育

インドには、IIT(インド工科大学)やIIM(インド経営大学院)など、世界的に評価の高い教育機関が存在します。

特にIITは、米国のMITやスタンフォードにも匹敵すると言われるほどの難関校であり、理工系の優秀な人材を輩出しています。Googleのスンダー・ピチャイ氏もIIT出身です。インドの理工系大学卒業者数は年間150万人以上と言われ、これは日本の全大学卒業者数の約3倍に相当します。

1-2. 海外進学・グローバル教育の普及

IITやIIMなどで学位取得後、多くの学生が米国のスタンフォード大学、ハーバード大学、MITなどのトップ大学に進学し、最先端の経営・技術を学び修士号や博士号を取得します。

その後、シリコンバレーやウォール街での経験を経て、インドに戻り起業するケースも少なくありません。例えばナヴィーン・テワリ氏は、IITカンプール校で学士号(工学)を取得後、ハーバード・ビジネス・スクールでMBAを取得。

シリコンバレーでキャリアを積んだ後、インドに戻り、2007年にモバイル広告プラットフォーム「InMobi」を設立しました。同社は、モバイル広告ネットワークの分野で世界的なプレイヤーとして成長しています。

2. 文化的・社会的要因

2-1. 競争文化と家族のサポート

インドは極めて競争が激しい国であり、特に中流階級の家庭では、教育やキャリアに対するプレッシャーが強いです。

優秀な学生は幼少期から厳しい競争にさらされ、成功を目指して努力し続けます。この競争文化が、起業家としての忍耐力やチャレンジ精神を育んでいます。

また、インドでは家族の支援が厚く、起業を目指す若者に対して親族が資金援助をするケースも多く見られます。

2-2. ジャガード(Jugaad)精神:逆境を乗り越える創意工夫

「ジャガード」とは、インド独特の考え方であり「限られたリソースの中で創意工夫し、問題を解決する能力」を指します。

例えば、資金や技術が不足していても、アイデアや実行力で困難を乗り越えるという精神です。このような環境で育ったインド人はスタートアップの世界でも逆境を乗り越え、事業を成長させる力を持っています。

Aviotron Aerospace

※ENRISSION INDIA CAPITALが出資するAviotron Aerospaceは、インドにおける小学校、中学校(高校)向けに体験型学習のソリューションを提供。

3. 起業しやすい環境とエコシステム

3-1. 急成長するデジタル経済と市場の広がり

インドは14億人の人口を抱える巨大市場であり、スマートフォンとインターネットの普及により、デジタルビジネスが急成長しています。

例えばインドにおけるモバイルデータ使用量の世界シェアは、2012年からの10年間で約10倍となる21%まで成長しており、今後も更なる拡大が見込まれています。これにより、フィンテック(FinTech)、Eコマース、エドテック(EdTech)、ヘルステック(HealthTech)などの分野で多くの新興企業が生まれています。

モバイルデータ使用量

3-2. 政府の支援

インド政府は「Startup India」プログラムを通じて、起業支援を強化しています。

法人税の優遇措置や資金調達支援、特許申請の迅速化など、スタートアップにとって有利な環境が整っています。また、「Digital India」政策により、テクノロジーを活用した事業の成長が促進され、フィンテックやヘルステックの分野で多くの成功事例が生まれています。

インドならではの新業態もスタートアップから誕生した。その一つが、スマートフォンのアプリで頼んだ商品が10分以内に手元に届く「クイックコマース」である(写真はクイックコマースを展開するSwiggyの配達員たち)。実際に筆者も現地土産を購入する為にSwiggyを利用したが、注文から僅か7分で商品が到着した。

3-3. ベンチャーキャピタル(VC)とグローバル投資家の存在

ソフトバンク、セコイア・キャピタル、タイガー・グローバルといった海外のベンチャーキャピタルがインド市場に積極的に投資しており、起業家にとって資金調達が比較的容易になっています。

2023年9月時点で、インド証券取引委員会(SEBI)に登録された国内VC企業は約185社、外国VC企業は約290社に上ります。インドではこれにより、スタートアップの成功確率が高まり、さらに多くの起業家が生まれています。

ENRISSION INDIA CAPITALも、日本の投資家とインドのスタートアップを繋ぐ架け橋として、IIT内の拠点を軸に現地で積極的に投資活動を行っています。

4. 優秀な人材の存在

4-1. IT・エンジニアリング分野の強み

インドは、世界で最も多くのITエンジニアを擁する国であり、優秀なIT人材が豊富に存在します。バンガロールは「インドのシリコンバレー」と呼ばれ、GoogleやMicrosoft、Amazonなどのグローバル企業も多くのインド人エンジニアを採用しています。

この人材の層の厚さが、起業家の成功を支えています。

4-2. シリコンバレーとの強いつながり

インド人はシリコンバレーの企業で活躍することが多く、グローバルなネットワークを築いています。そのため、海外の投資家や起業家とのつながりが強く、新しいビジネスチャンスを見つけやすい環境にあります。

実際にシリコンバレーに住むインド人は約30年で7倍以上に増えており、このスタートアップの聖地に与えるインド人の影響の強さが伺い知れます。

シリコンバレーが位置するサンタクララ郡に住むインド人の人口(人)

出典:NCESC.com – Silicon Valley demographics

先述したナヴィーン・テワリ氏に続き、シリコンバレーでの経験を活かしてインドで起業し、成功を収めた人物として、 アビナヴ・アスタナ(Abhinav Asthana)氏が挙げられます。

彼は米国のYahoo!にインターンとして在籍していた経験を活かし、インドでPostmanという企業を創業しました。Postmanは、API(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)の開発・管理を支援するツールを提供する企業です。

Postman社の概要

  • 設立:2014年
  • 拠点:バンガロール(インド)およびサンフランシスコ(アメリカ)
  • 評価額約55億ドル(約7,500億円)(2021年時点)
  • 導入企業:Microsoft、Twitter、PayPal など、世界中の企業がPostmanのサービスを利用

PostmanはAPI開発の分野で非常に大きな影響を持ち、インド発のユニコーン企業の一つとして知られています。シリコンバレーでの経験を活かして起業し、インドから世界に展開した成功例の代表といえます。

5. インド起業家の今後の展望

インドの起業家たちは、これまで主に国内市場をターゲットにしてきましたが、今後はグローバル市場に向けたビジネス展開が加速すると考えられます。特に、以下の分野でさらなる成長が期待されています。

  • AI・ディープテック:人工知能(AI)、ブロックチェーン、量子コンピュータなどの分野での起業が増加。
  • クリーンテック&EV(電気自動車):気候変動対策の一環として、再生可能エネルギーやEV(電気自動車)関連の企業が成長。
  • グローバルEコマース:インド発のブランドによる海外市場への展開が期待される。

また、先述のナヴィーン・テワリ氏やアビナヴ・アスタナ氏のように、シリコンバレーで成功したインド人起業家が祖国に戻り、エコシステムの発展に貢献するケースも増えています。

6. まとめ

インドに優秀な起業家が多い理由は、競争の激しい教育システム、家族や社会のサポート、創意工夫に富んだ文化、起業を後押しする政策、豊富なIT人材、そしてシリコンバレーとの強い結びつきにあります。これらの要素が相互に作用し、インドは今後も世界をリードするスタートアップ大国として成長し続けるでしょう。

ENRISSION INDIA CAPITAL

インド工科大学と連携し厳選したインドスタートアップ企業への投資事業などを行う会社。スタートアップ支援にも注力しており、創業資金、メンタリングなど若手起業家への支援を提供する大規模なインキュベーションプログラムを運営しています。