「佐々木則夫インタビュー 前編 なでしこを世界一に導いた指導者・佐々木則夫の“人を育てる力”の後編です。

[指導者について]
━━試合中に選手交代を行う際、最後の決断の決め手になるものは何ですか
選手の一人ひとりの資質をベースにしつつ、試合の流れや相手チームの特徴を踏まえて、「この相手ならこのプラン」といった形で交代の判断をします。
早めに交代するか、遅めにするかの判断も重要ですが、明確な正解があるわけではありません。最終的な決断は私がしますが、攻撃面や守備面についてコーチの意見も聞きながら、総合的に判断していました。
━━2011年、2012年を経て、2015年など女子サッカー全体の進化を感じます。周囲の変化を意識されますか
国際サッカー連盟(FIFA)の会合で女子サッカーが議題に挙がる際、2011年の日本の優勝は、女子サッカー界にとって非常にセンセーショナルな出来事として語られています。技術面や組織的な攻守の制度の高さが評価されました。
また、欧米でも攻撃のビルドアップの考え方が取り入れられて、プレースタイルに反映されるようになりました。
一方で、戦術的には日本のスタイルの裏をかいて攻略しようとするチームが出てきたので、我々もさらに精度を高めていかなければならないと感じています。
━━なでしこジャパンの監督として、メディアとの関係で意識していたことはありますか
男子と比べて、女子サッカーはもっと認知度や人気を上げる必要があると感じていました。2011年当時、JFAの女子選手の登録数は約2万6,000人。その後徐々に増えましたが、2023年でも約2万8,000人とあまり増加していません。
一方で、男子選手登録数は約80万人。
だからこそ、私は女子サッカーの魅力についてメディアを通じて発信することが重要だと思い、積極的にリップサービスをしながら、PR隊長くらいの気持ちで動いていました(笑)。
※日本サッカー協会(JFA)「種別区分別男女区分別登録数集計表2023年度」データより
━━選手、監督、フロント、協会では、それぞれ求められるものや役割が違うと思いますが、それぞれに苦労した点はありますか
予算が限られている中で、どう強化していくかを考えるのが大変でした。
例えば、海外遠征に行かなくても男子と長期間試合をさせてほしいとか、U-17代表、U-20、U-23、なでしこジャパンの4カテゴリーを合同でキャンプをさせてほしいとか。
育成と強化を連動させる提案を様々してきましたが、そうしたプランを通すのがなかなか大変でしたね。

━━現在は協会側の立場ですが、良いプランでも通せないことがあるのでしょうか
現在は、女子もインターナショナルマッチデーウィークがあります。
ただ、海外クラブや日本のWEリーグに所属する選手たちのスケジュールを考えると、インターナショナルマッチデー以外の活動が難しくなっています。
私が監督だった頃は、期間は確保できましたが、予算は厳しかった。今は逆に日数が足りないですね。短期間で多くのことをこなさなければなりません。
そして、やはりイギリスなど海外リーグでプレーしている選手たちは、インテンシティ(プレーの強度)が上がっていますね。試合環境や練習環境の影響もあるでしょうが、WEリーグのトレーニングでもそのインテンシティをさらに高めていく必要があると感じています。
━━座右の銘はありますか
「歩歩是道場」です。
サッカーに限りませんが、どこにいても学ぶ意識が高ければ学べる、という禅の考えですね。
私はサラリーマンの経験もありますが、監督業をする上で、サラリーマンの経験から得たものはかなり大きいと思っています。
━━それはどういった経験でしょうか
当時、営業と料金担当の仕事をしていました。
たまに電話料金をお支払いして頂けない方がいましたので、どうやったら払ってもらえるのか、相手に納得してもらうかを考えることが勉強になりました。
━━NTT(旧・電電公社)時代、女性が多い職場だった経験は活かされましたか
私は一人っ子で、意外にもともとシャイな性格でした。しかし、高校時代にキャプテンをやらせてもらことで、自分を変えるきっかけを得ました。
最初の職場は女性が多く、年齢層も幅広くて。実は、入社当初は厳しい口調で話してしまって、若い社員を泣かせてしまい、周囲から総スカンを食らったこともありました。
でも、そうした経験を重ねるうちに、自分自身の吸収力が変わったと感じています。それが後に、監督としての仕事にも活かされたのではないでしょうか。
━━今の時代、厳しい指導では支持を得られないのは、サッカー界でもビジネス界でも同様だと思います。マネジメントのアドバイスをお願いします
相手の状況を理解することが大切ですね。同じ言葉をかけても、受け取る側のコンディション次第で伝わり方がまったく違います。
本当に調子がいいときは多少厳しい言葉をかけられてもなんてことないのですが、ちょっと落ち込んでいるときに同じ言葉をかけると、まったく違う受け取られ方をされてしまうことがあります。だからこそ、相手の健康状態や気持ちを考えながら接することが重要ですね。
これは選手だけでなく、職場の人にも当てはまります。
特に女性が多い職場にいたとき、「昨日と同じことを依頼したのに、なんで今日は揉めちゃうの?」という場面がありました。
人は元気なときと、何か気がかりがあるときときでは反応が大きく変わるものだと思い、状況に応じてアプローチの仕方を変えました。それが一番重要なことですね。
あとは、自分自身の性格を理解してもらうことも大切です。例えば、同じ状況でもあるときは怒り、あるときは何も言わないとか、自身のバランスが乱れたりすると、信頼関係を築きにくくなります。
ブレの無い接し方を心がけることも、マネジメントにおいて欠かせない要素だと感じています。

[お金について]
━━お金をどのように管理されていますか
100%、妻に任せています。
妻がお金の管理や運用はうまいので、基本的には任せつつ、大きな買い物は相談して決めていますね。
━━若いうちにお金についてもっと学んでおけばよかったと思うことはありますか
サラリーマン時代は何となく流れに任せていましたが、辞めてからは貯金や運用について妻と前向きな目標を立てて取り組むようになりました。
そんなに大きな額ではないですが、二人で楽しみながらやっていますよ。
━━言える範囲で結構です。どのような運用をされていますか
投資信託が中心ですね。夫婦ではリゾート地のマンション投資もしていますが、そこまで大きな額ではありません。
[最後に]
━━日本サッカーの今後の目標を教えてください
現在、女子のFIFAランキングも5位まで再び上がってきました。
もう一度、優勝するかどうかは別として、W杯やオリンピックでファイナルへ進みたいですね。日本の女子サッカーをもっと認知してもらうためには、大きな大会でファイナルの舞台に立つことが重要です。
最後に勝つか負けるかもありますが、何よりも選手たちにそのステージに立たせてあげたいという思いがあります。
私自身としては、一時期は現場に戻る気持ちもありました。でも今は、早くチームをファイナルへ導いてあげたい。
そしてその後は、妻との時間を多く取りたいですね。なかなか休みも取れないし、年齢や健康のことも考えると、苦労してくれた妻との時間を増やしたいと今は思っています。
〈プロフィール〉

佐々木則夫(ささき のりお)
1958年5月24日生まれ。日本のサッカー指導者で、元なでしこジャパン(日本女子代表)監督。
山形県尾花沢市出身で、明治大学卒業後、日本電信電話公社に入社し、NTT関東サッカー部(現・大宮アルディージャ)でプレーした。2008年から2016年まで日本女子代表監督を務め、2011年のFIFA女子ワールドカップで日本を初優勝に導いた。2012年ロンドンオリンピックでは銀メダルを獲得し、2015年の女子ワールドカップでは準優勝を果たした。現在は日本サッカー協会女子委員長として、女子サッカーの発展に尽力している。