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なぜインドでクイックコマース市場が伸びているのか?—ENRISSION INDIA CAPITAL成長要因と注目のスタートアップを解説

なぜインドでクイックコマース市場が伸びているのか?成長要因と注目のスタートアップを解説

いま、消費者の日常的な購入体験を変革する「クイックコマース(Q-Commerce)」に注目が集まっています。注文からわずか30分以内で商品が届くという利便性の高さから急速に利用者が増加し、世界各地で急成長しています。とりわけインドにおいては、若年人口の多さとデジタル環境の整備を背景にスタートアップへの資金流入が顕著で、急成長を遂げています。インド市場におけるクイックコマースの成長性や注目の有望スタートアップについて解説します。

世界のクイックコマース市場規模

1. 世界のクイックコマース市場規模

クイックコマースの世界市場は、2024年時点で1,708億ドル(約25兆円)に達しており*1、日本のコンビニ市場の約2.5倍に相当します*2。今後も年平均9%の成長が見込まれ、2032年には3,375億ドル(約49兆円)規模に拡大すると予測されています*1。日用品・食品・アルコールといった即時性が求められるカテゴリで需要が根強く、特に都市部を中心に、“商品を即座に届ける”インフラとしての役割が定着しつつあります。

北米や欧州では、Flink(ドイツ)やGopuff(米国)といった大手プレイヤーが市場をリードしており、買収や統合によるスケール戦略が進んでいます。こうした世界的な潮流の中、アジアは最も高い成長率が期待される地域とされており、中でもインドはその筆頭です。

インドでは、クイックコマース市場が2022年の約3億ドルから、わずか3年で24倍となる71億ドル規模(2025年度見込み)へと急成長を遂げており、2030年には350億ドル規模にまで拡大するという予測も出ています。これは年平均成長率(CAGR)で50%超という非常に高い水準で、グローバル市場年平均成長率(9%)と比べても際立った成長速度です*3。

この成長は、日常的な買い物が実店舗からスマートフォンに移行しつつあるインド都市部の消費行動の変化を反映しており、クイックコマースが単なる新たな購買手段ではなく、「次世代の生活インフラ」として定着しつつあることを示しています。

2. なぜインドでクイックコマースが急成長しているのか?

2-1. 都市化とスマホ普及によって「即時ニーズ」が日常に浸透

インドでは、スマートフォンの普及率が家庭全体で85.5%に達し、都市部におけるモバイル決済の利用率は99%を超えています*4。過去の記事『なぜインドには優秀な起業家が多いのか?—ENRISSION INDIA CAPITALがその理由と背景に迫る』でも紹介の通り、インドにおけるデジタル市場の拡大がこのトレンドを後押ししています。

都市化とスマホ普及によって「即時ニーズ」が日常に浸透

クイックコマースが登場する前は33%だったオンラインでの購買率が、現在では87%にまで拡大しています*5。これは、消費者の購買行動が急速にオンラインへ移行していることを象徴しています。現在は、冷菓・飲料など即時消費型の商品がクイックコマース売上を牽引していますが、多様な宗教による祝祭や贈答文化が根付くインドでは、贈答品も即時購入の需要があり、導入が進んでいます。

こうしたデジタル環境の整備により、「今すぐ欲しい」という即時ニーズが日常化し、クイックコマースがその需要を的確に捉えて成長を遂げています。

2-2. アメリカの全人口より多いインドのZ世代の購買を促進

インド最大の世代として知られるZ世代は約3億7,700万人に達しており、その規模は日本の全人口の約3倍、また米国の全人口も上回っています*6。ボストン・コンサルティング・グループの推計では、2035年までにインドの消費支出の約46%(1兆8,000億ドル相当)をこのZ世代が占めるとされています*7。

スマートフォン中心の生活を送り、利便性・即時性を重視するデジタルネイティブなZ世代。その価値観に適するクイックコマースでは、「インパルス・カテゴリ(※)」における購買の拡大を通じて、家庭内で6〜8%の純増消費を生み出しています*5。この新たな消費スタイルが、インド経済の底上げを担う鍵となっています。

※インパルス・カテゴリとは?
いわゆる「衝動買い」にあたる、未計画で購入される商品全般。オフラインマーケットでは、レジの横に設置される菓子や日用品などがインパルス・カテゴリに該当。クイックコマースを含むオンラインマーケットにおいては、プッシュ通知やAIによる関連商品提案でユーザーが注文途中に追加購入する商品を示し、クイック・コマースの平均注文金額(AOV)の30%近くを占めるとされています*8。

2-3. 政府主導のデジタル商流改革「ONDC」が支えるクイックコマースの成長基盤

インド政府は、Eコマースの普及率を高める取り組みとして「Open Network for Digital Commerce(ONDC)」を2021年末に設立しました。ONDCは、プラットフォームの独占を防ぎ、販売手数料の圧縮・物流の最適化・消費者の選択肢拡大といった恩恵を生んでおり、デジタルリテールの民主化を象徴する取り組みです。

ONDCのオープン・ネットワークによる販売網

これまでオンライン販売への対応が難しかった地域の小規模小売店(kirana stores)や薬局、農産物の個人販売者も、ONDCを通じて簡易なモバイル端末と連携することで、AmazonやFlipkartのような大手ECプラットフォーマーと対等にオンライン注文の受注・配送が可能になり、クイックコマースに参加できるようになりました。こうして、クイックコマースへの中小プレイヤーの参入障壁が下がったことで、競争が活性化し、イノベーションの土壌が広がっています。

さらにこの動きは、新しい雇用の形を生み出す起点にもなっています。配送需要の高まりを受けて、ラストマイル配送や地域密着型の小規模な配送拠点の運営など、都市・準都市部に分散した雇用が増加。これにより、従来の中央集約型の物流センターとは異なり、地域単位での雇用創出が進展しています。柔軟な働き方を求めるZ世代や若年層を中心に、ギグワークや複数サービスを掛け持つ副業モデルや、配達業務を通じた収入補完の手段としても支持されています。

こうして、クイックコマースは単なる新しい購買チャネルにとどまらず、インドの都市生活における不可欠な日常インフラへと進化しています。

3. インドにおけるクイックコマースへの資金流入

クイックコマース関連スタートアップの設立数

インドのクイックコマース市場の成長に伴い、スタートアップへの資金流入も急速に加速しています。スタートアップデータプラットフォームのTraxonによると、2025年4月時点でクイックコマース関連スタートアップは182社あり、そのうちインドが世界で最も多くクイックコマース企業を輩出しています*9。

これらの企業の累計調達額は293億ドルにのぼり、すでに12社がユニコーン入りを果たしています。また、これまでに13件のM&Aと5件のIPOが実施されており、クイックコマース市場において全体の9.9%がエグジットを達成しています*9。これは、一般的なテックスタートアップのエグジット率(5.4%)を大きく上回っています。

なかでも2023年にユニコーン入りを果たしたインドのクイックコマース大手Zeptoは、2024年に3億6,000万ドル(約530億円)を調達し、評価額は50億ドル(約7,250億円)に達しました*10。インドは今やクイックコマース先述同様の進化を牽引するプレイヤーとして、グローバル市場でも存在感を高めています。

4. クイックコマースを牽引するインドのスタートアップ5社

インドのクイックコマース市場は、食品・日用品の即時配送を起点に、現在では医薬品、パーソナルケア、ギフト、花、さらにはエンタメ系アイテムまで、取り扱い領域が多様化しています。これに伴い、スタートアップ各社も対象顧客・配送モデル・都市展開戦略に応じて独自の差別化を進めています。ここからは、インドにおけるクイックコマースの注目企業5社を紹介します。

4-1. Anahad ― 医薬品特化・業務効率化でインドの医療アクセスを改革

Anahadは、医薬品の供給チェーンをデジタル化し、効率・信頼性・アクセス性を高めることに特化したクイックコマース企業です。インド国内で200以上の薬局と連携し、115以上のブランドを取り扱っており、医薬品の30分以内の即時配送を実現しています。処方薬の流通をスムーズにし、都市部だけでなく需要が高まる都市近郊地域でも利用が拡大。また、Anahadは2025年の「Forbes 30 Under 30 Asia」のヘルスケア・サイエンス部門に選出されたことでも注目を集めています。ENRISSION INDIA CAPITALは2022年1月にシードラウンドでAnahadへ出資しています。

4-2. Blinkit ― Zomato傘下で大規模に展開し、インドのクイックコマースを牽引

生鮮品や家庭用品の豊富な品揃えを誇るBlinkitは、2022年にZomatoからのM&Aを実施しました。Zomatoは、2021年にボンベイ証券取引所(BSE)でIPOを果たし、フードデリバリー領域で築いた広範なリーチと運営ノウハウを活かして、クイックコマース分野への展開を加速。その巨大な顧客基盤をBlinkitに還流させることで、他社にはない集客力を発揮し、インドにおけるクイックコマースの主要プレイヤーとして認知されています。

4-3. Myntra ― ラグジュアリーファッションを最短30分で即配

Myntra M‑Nowは、EC大手Flipkart傘下のファッションECプラットフォームMyntraが展開するクイックコマースサービスです。2024年11月にバンガロールで開始し、約10,000点のブランド商品を最短30分で配送。親会社のFlipkartおよびMyntraが有する月間7,000万人の既存ユーザー基盤を活かし、高級アパレルや化粧品などの即時配達を実現*11。高単価商品の即配を可能にする先進的なモデルとして注目されています。

4-4. Pico Xpress ― クイックコマースへの新規参入を促進する物流特化型ソリューション

Pico Xpressは、D2Cブランドや小売向けに即配インフラを提供する、物流特化型のクイックコマース企業です。自社で配送網を構築・運営し、AIを活用して在庫管理・ピッキング・配送の各工程を最適化することで、優れたオペレーション効率を実現しています。

提携する小売店やD2Cブランドは、Pico Xpressの独自拠点に在庫を預けるだけでスピーディに即配体制を導入できるため、新規参入のハードルが低く、食品や日用品に加えてライフスタイル雑貨やギフト用品など、多様な商品カテゴリに対応しています。ENRISSION INDIA CAPITALは、2024年12月にPico Xpressへ出資しています。

4-5. Zepto ― 10分配送の先駆者として都市型即配モデルを確立

Zeptoは、2021年に創業されたインド発のクイックコマーススタートアップで、10分配送という画期的なスピード感で市場に旋風を巻き起こしました。食品、日用品、冷凍食品などの即時需要カテゴリに特化し、都市圏に小型のダークストア(※)を数多く展開する戦略により、短時間配送を実現しています。2023年にユニコーン企業となり、今後のIPOも期待されています。

※ダークストアとは?
ダークストアとは、ECサイトからの注文を受けて商品をピックアップ・梱包し、配送を行うために設けられた、一般顧客が訪れて買い物をする店舗とは異なる、配送専用の店舗。クイックコマースによる配送方法は、レストランや小売店などの実店舗からの配送と、店舗を持たないダークストアからの配送の2種類に分類されます。

5. まとめ:即時配達のさらなる発展へ

インドのクイックコマース市場は、都市構造やデジタル環境、消費スタイルの変化を背景に拡大を続けており、単なるスピード競争から、商品ラインナップ、配送設計、地域戦略など各社の強みを活かした差別化へと進化しています。

高密度な都市構造と膨大な若年労働人口、そして家賃や人件費の相対的な低さが組み合わさることで、ハイパーローカルな小規模倉庫(ダークストア)と即時配送網の展開において、他国と比べても高いコスト効率を実現するインドのクイックコマース市場は、引き続き、スタートアップや投資家にとって極めて注目度の高い市場といえるでしょう。


脚注:

*1 FORTURE Business Insights, “Retailing – quick commerce market

*2 The Asahi Shimbun “Convenience store chains now stressing quality over quantity

*3 Cornell SC Johnson College of Business ”India’s Quick Commerce Boom: A Step Closer to Becoming a Developed Nation?

*4 The Economic Times “85.5% Indian households posses at least one smartphone, 99.5% youthuse UPI: MoSPI survey

*5 KEARNEY “The rise of quick commerce: transforming India’s retail, consumer behaviors, and employment dynamics

*6 Macrotrends “Japan Population (1950-2025)

*7 BCG Customer Insights “Imagine This…When Indian Consumers Shape Global Trends

*8 FINANCIAL EXPRESS “Impulse buying behaviour picks up online

*9 Traxon “Quick Commerce overview

*10 Forbes “クイックコマースの印ユニコーンZeptoがさらに資金調達 評価額7250億円に

*11 TechCrunch “Myntra enters India’s quick-commerce race with 30-minute apparel delivery

ENRISSION INDIA CAPITAL

インド工科大学と連携し厳選したインドスタートアップ企業への投資事業などを行う会社。スタートアップ支援にも注力しており、創業資金、メンタリングなど若手起業家への支援を提供する大規模なインキュベーションプログラムを運営しています。

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