
ジェット旅客機の速度は、過去60年間ほとんど向上していません。
1958年のボーイング707の導入以来、旅客機は経済合理性の観点から一括大量輸送に主眼を置いてきた為、マッハ0.8~0.9の壁を超えることができませんでした。しかし、その裏側では人類がスピードへの飽くなき追求を続け、今、歴史を変えるかもしれない技術が誕生しました。
アメリカの航空宇宙スタートアップ企業、ニュー・フロンティア・エアロスペース(NFA)は、独自の3Dプリントロケットエンジンを搭載した垂直離陸機(VTOL)の実証済みコンセプトを用いて、マッハ5を超える極超音速飛行の実現を目指しています。
このロケットエンジン技術は、大気圏内での利用だけでなく、宇宙空間においてNASAの宇宙軌道投入機(OTS)にも採用されています。
本稿では、この革新的な技術が航空宇宙産業の停滞を打破し、投資家にとって新たなフロンティアをどのように切り開くのかを探ります。
1.NFAの概要と特徴
1-1. 宇宙と航空の境界を越える新世代企業
NFA(New Frontier Aerospace)は、マッハ5(時速約6,125km)を超える極超音速飛行を可能にする【3Dプリントロケットエンジン】と【航空機】を開発する米国の航空宇宙スタートアップ企業です。
また、同エンジンを搭載したNASA用の【軌道移転機(Orbit Transfer Spacecraft)】も開発しており、衛星の軌道投入時間を数週間から数時間に短縮したり、月や宇宙のその先のへの移動を可能にします。
NFAは、従来の航空宇宙産業が直面する燃料、飛行速度/高度、環境負荷といった課題を根本的に解決し、宇宙と航空を融合させた「新しい航空インフラ」の構築を目指しています。
Pacific Bays Capitalが設立したNFAファンドは、NFAへの投資に特化した専用ビークル(SPV)であり、これまで一部の機関投資家や防衛関連企業にしか提供されていなかった極超音速・宇宙旅行分野への投資機会を、富裕層の個人投資家に提供しています。
このファンドは、NFAの革新的な技術を支援し、未来の空を再定義するという挑戦に参画するための道を切り開きます。
1-2. NASA、Blue Origin、DARPA出身の主要メンバー
NFAは、業界に革命を起こすために集結した精鋭のオールスターチームです。
- CEO:ビル・ブルーナー。元米空軍戦闘機パイロットで、後にNASA幹部として米国議会から年間150億ドルを超える資金確保に尽力した彼は、航空宇宙技術の発展の重要性を深く理解しています。
- CTO: デビッド・グレゴリー。Amazon創業者のジェフ・ベゾス氏が設立したBlue Originでロケット開発を指揮し、ベゾス氏を宇宙へ送り出した再使用型エンジン「BE-3」の開発を主導しました。また、URSA MAJORのエンジン開発も指揮しました。「米国のどの企業よりも多くのロケットエンジン開発/テストに携わった」と言われるほどの、世界トップクラスのエンジニアです。
- COO: ジェス・スポナブル。元DARPA(米国防衛高等研究計画局)プロジェクトマネージャーで、世界初の垂直離着陸(VTOL)ロケットであるDC-Xを開発した人物であり、元米国宇宙飛行士でもあります。
このチーム構成は、宇宙開発(ロケット)と航空開発(航空機)という異なる分野の専門知識と人脈を組み合わせた、非常にユニークなものです。
1-3. メインプロダクト
「Mjölnir」革新的な独自開発ロケットエンジン。3Dプリンター技術を用いて開発した「ミョルニル」は、ロケットエンジンの最高峰と言われるフルフロー2段燃焼サイクル(FFSC: Full-Flow, Staged-Combustion)型です。
約60cm程度の小型ロケットエンジンは単体でも小型ジェットエンジンと同等の推力を発揮し、複数個を同時に利用する事で更に大きな推力を出す事が可能です。
- 特徴1 製造時間の短縮と大幅なコスト削減:
このロケットエンジンは、従来の典型的ジェットエンジンとのパーツ数比較で約100分の1に削減されています。
これにより製造時間、コスト共に大幅に削減され、なおかつ、より信頼性の高い製品を極めて低価格で提供することが可能になりました。 - 特徴2 コンパクト、軽量、高出力:
従来の空気吸入式タービンエンジンは大型で重量があり、デザイン上音速飛行には不向きです。また、巡航高度は比較的酸素量が安定し、空気抵抗が少ない10,000〜13,000mとなっています。
一方、ミョルニルはエンジン単体で約60cmと非常にコンパクトで、かつ高い推力重量比を誇ります。大気を取り込む必要の無いロケットエンジンである為、空気の薄い20,000m以上の飛行も可能です。
機体に複数のミョルニルエンジンを搭載することで、大陸間飛行に充分な推力を持たせることも可能です。 - 特徴3 大気圏内外での音速飛行を可能に:
大幅な軽量化/簡素化を実現しつつ高い推力を出力できる事で、他のロケットデザイン等で見られる高価なブースターロケットが不要になります。
また酸素を大気中から取り込み不要なロケットエンジンであるため、成層圏でも中層圏でも宇宙空間でもその能力を発揮します。
大気抵抗が低減される高高度での飛行が可能である事、また音速飛行を視野に入れた機体デザインによって、更に効率的に超音速飛行を実現します。
〈サブプロダクト〉
・「Bifröst」高性能 極低温軌道遷移宇宙船
Bifröst は “Mjölnir” エンジンを駆動源とし、従来より高い推力性能と宇宙空間での移動最適性能を有しています。
またLOX/LNG (液体酸素/液化天然ガス)燃料を採用することで、LOX/LH₂ (液体酸素/液化水素)と比して燃料の「嵩密度」が 2 倍以上となるため、宇宙軌道移転機(OTS)の小型化、長期運用等のニーズに柔軟に応える事が可能です。
・「 Intercontinental Rocketliner®」垂直離着陸(VTOL)型航空機
Rocketlinerは垂直離着陸(VTOL)型航空機であり、従来型のジェットエンジンではなくロケットエンジンを使うことで、開発コストを抑えつつ、ブースト → クルーズ → グライドの複合的飛行プロファイルで航続距離を稼ぐデザインになっています。
1-4. 防衛から商業利用まで幅広い用途
NFAの技術は、当初は防衛分野から利用されることが期待されています。これは米国国防総省が防衛目的の極超音速技術に多額の投資を行っており、NFAは既に国防総省とNASAから資金提供を受けているためです。
NFAは正にパシフィック・ベイズ・キャピタルが投資先として注目するデュアルユース技術企業であり、航空宇宙という人命に密接な分野でのNFAの真摯な技術開発が、防衛研究や、将来の経済や民間生活インフラに革新をもたらすものと期待されています。
- 高速物流:
無人極超音速機は、地球上のどこへでもわずか2時間で物資を届けられる未来を描いており、防衛と商業における航空物流に革命をもたらす可能性があります。 - 旅客輸送:
将来構想として「ロケットライナー®」と呼ばれる高速旅客機による大陸間移動が計画されており、理論上の目標は、垂直離着陸(VTOL)とロケットエンジンによる極超音速飛行によって東京ーロサンゼルス間をわずか2時間で結ぶこととしています。 - 宇宙への物資輸送:
今後の宇宙開発においては、従来の真空/無重力空間での研究開発に加えて、Starlinkの様に多くの衛星で構成する衛星コンスティレーションによるシステム構築が注目されています。つまり宇宙開発の要は低コストオペレーションでありNFAのプロダクトはこの点で優位性を持っています。 - 防衛:
飛行機の滑走路破壊は攻撃として最も効果の高いダメージと認識されており、NFAが推進する滑走路を必要としない垂直離着陸(VTOL)型航空機は、この防衛の観点からも理に適ったものと言えます。
NFAは、政府調達需要からの開発助成金を短期的な収入源として活用しながら、幅広い用途に対応するビジネスモデルを構築しています。
最近では、NFAは極超音速技術の推進を目的としたFaster than Sound(FAST)組織を設立し、CEOのビル・ブルーナー氏が初代会長に就任しました。
さらに、同社の技術力とビジネスモデルは高く評価されており、米国政府が250億ドル規模で進めるゴールデンドーム計画の業界カンファレンスに、スタートアップ企業として唯一招待されました。
3Dプリントエンジン「ミョルニル」は最初の売買契約交渉を終え既に販売開始、軌道間輸送機「バイフロスト」はNASAの宇宙飛行許可を取得し打ち上げを待つなど、主要プロジェクトも進展しています。
現在、2機のパスファインダー無人機が建造中で、2026年初頭には初のホバリングテストが予定されています。米国国防総省との間では、最終的に大量生産と大型政府調達案件につながる追加 SBIR が目下、契約交渉中です。
2.NFAが解決する課題とそれがもたらす未来
2-1. 航空宇宙産業が直面する速度、コスト、環境の壁
冒頭に述べたように、私たちが日々利用する旅客機の速度は、過去60年間ほとんど向上していません。コンコルドのような超音速旅客機は存在しましたが、騒音問題(ソニックブーム)と経済合理性の欠如により普及には至りませんでした。
その結果、航空業界は「大量輸送と低速」の経済性を重視した道を選び、技術進歩は停滞しました。そして、現代の航空産業は3つの大きな課題に直面しています。
1.速度の壁
音速飛行では通常旅客機の2 倍以上の高度(約20,000m以上)を飛行する為に機体軽量化が求められるが、主流の旅客ジェットは大きく重い上に、高高度の音速飛行では推進力が落ちるというデザイン特性がある。
2.コストの壁
極超音速飛行を実現する航空機の多くは、空中投下やブースターロケットを活用した加速方式を採用する為、高コストになる。またジェット燃料が高騰しており運航コストを抑え難い為、新燃料たるSAFの開発が求められるが、これも大量生産が難しく割高になってしまう。
3.環境障壁
極超音速飛行をVTOL(垂直離着陸)方式以外で推進する場合、安全な離着陸の為に通常よりも長い滑走路を整える必要がある為、自然伐採が危惧される。また航空宇宙産業は温室効果ガス(GHG)排出による環境負荷が大きく、燃料の開発/改良が求められています。
これらの問題を解決しなければ、軍事・民生用における極超音速飛行の実用化は不可能と考えられてきましたが、NFAの技術はこうした常識を覆す可能性を秘めています。
2-2. 環境への貢献 – LNG/バイオLNGを用いたネットカーボンゼロ構想
NFAは、LNG(液化天然ガス)または農業廃棄物から製造されたバイオLNGを燃料として使用することで、温室効果ガス(GHG)排出量削減を実現します。
また再生可能資源から製造される液化天然ガス(LNG)を利用する事で、NFAが狙うビジネスでのネットカーボンフットプリントがマイナスになります。
NFAは、単なる技術革新を進めるにとどまらず、環境への配慮を通して社会課題の解決にも貢献する、持続可能なビジネスモデルを構築しています。
3.パシフィック・ベイズ・キャピタルの役割と投資の新たな扉
3-1. 富裕層にも開かれた極超音速・宇宙飛行投資
従来、国家安全保障に関わる最先端技術への投資は、一部の機関投資家、政府機関、プライベート・エクイティ・ファンドに限定されていました。
しかし、パシフィック・ベイズ・キャピタルは、特別目的会社(SPV)の形でNFAへの投資機会を日本の投資家に提供することで、この閉鎖的な市場を開放し、「投資の民主化」を図りたいと考えています。
この投資によって投資家は収益機会を得るのみならず、未来変革への参加機会を得るメリットを感じて欲しいと願っています。また、バイオLNG燃料開発への取り組みは、地球環境問題解決にも貢献する可能性もあり、社会的意義の高い投資となります。
今回の投資は、NFAが現在、米国国防総省との大型契約交渉中に行われました。この取引が拡大/継続すれば、NFAは今後、追加の民間資本の投入による株式の希薄化を回避できる可能性が高く、投資家にとっては大きなメリットとなります。
3-2.安全保障・環境問題への貢献における戦略的意義
NFAファンドへの投資は、日米両国の経済安全保障への貢献という明確な戦略的意義を有します。極超音速技術は米国政府の最重要国家安全保障政策の一つであり、国防総省は2025年度に極超音速関連プログラムに69億ドル以上の予算を要求しています。
NFAの新技術は、「国防承認技術」の道を歩んでおり、防衛分野で利用、鍛錬され、その後民生用途へと普及していくものです。
かつて人類が一丸となって参画したアポロ計画から多くのデュアルユース技術が生まれ、産業が勃興したように、未来志向のプロジェクトと未来の技術トレンドを掴む事は、日本の先端技術開発と国力を後押しする機会となると考えます。
3-3. 次なる展望:リアルアセット×テック領域への進化
パシフィック・ベイズ・キャピタルは、本NFAファンドを皮切りに、日米の経済安全保障に貢献する革新的な分野へのアプローチを継続していく予定です。
特に、ディフェンステック、AI(特にセキュリティ)分野には注目しています。また同社は今後「成熟油田ファンド」で示した安定的な資産に、投資家メリットになる流動性を持たせる動きも整えていく予定です。
この動きは、イノベーションを融合させて新しいマーケットを創り出すNFAの様な熱意を持った企業を支援すると共に、投資家がリスクを取りながらも資産を守り続けることができる新しい資産運用モデルを創造するという私たちのビジョンにも合致しています。
これまで日本人投資家からのアクセスが困難であった機会の開放は、今後も進んでいくでしょう。