
1万円札の原価は「約20円」。残りの9,980円はどこから来るのか?
「ビットコインは実体がないから信じられない」
そうおっしゃる方に、私はいつもこう問いかけます。「では、あなたの財布に入っている1万円札の『実体』とは何でしょうか?」
日本銀行の公表データや印刷局の資料を紐解くと、1万円札1枚あたりの製造コストは約20円前後と推測されます。
つまり、私たちは原価20円の紙切れを、誰もが「1万円の価値がある」と信じ込んでいるからこそ、汗水垂らして働いたり、大切な不動産を売却したりできるのです。
もし明日、日本という国への信用がゼロになれば、それはただの精巧な印刷物に過ぎません。
1971年、人類は「錨(いかり)」を失った
かつて人類は、通貨を信用するために「金(ゴールド)」という物理的な裏付けを必要としました(金本位制)。「この紙幣を銀行に持っていけば、いつでも同価値の金と交換できる」。この保証こそが、紙切れを「お金」に変えていたのです。
しかし1971年、ニクソン・ショックによって、世界の基軸通貨であるドルは金とのリンクを断ち切りました。
それ以降、私たちが使っている円やドルは、金のような物理的な裏付けを持たない、単なる「信用データ(法定通貨)」となりました。
では、なぜ価値があるのか?
教科書的には「国家が税金として受け取るから(租税貨幣論)」と説明されますが、もっと根源的に言えば「世界中の人々が、それを価値あるものだと信じ込んでいるから(共同幻想)」に他なりません。
通貨とは、ある種の「宗教」なのです。
(※ここで言う「宗教」とは、特定の信仰を指すのではなく、社会全体で共有される価値観のメタファー(比喩)です)
「円教」「ドル教」「ユーロ教」……私たちはそれぞれの通貨圏という名のコミュニティの中で、その神(通貨)を信じて経済活動を行っている信者と言えるでしょう。
しかし今、世界中で行われている大規模な金融緩和(お札の増刷)により、その信仰心に少しずつ亀裂が入り始めています。
「送金の自由」がない世界と、カナダで起きた凍結事件
既存の「国家宗教(法定通貨)」には、価値の保存以外にも構造的な欠陥があります。
それは、インターネット時代になってもなお、送金の仕組みが明治時代の電信レベルに留まっていることです。
SWIFTという名の「バケツリレー」
皆様が海外へ送金する際、SWIFT(国際銀行間通信協会)というネットワークを使います。しかし、これは「A銀行からB銀行へ直接届く」わけではありません。
日本の地方銀行からメガバンク、米国の中継銀行(コルレスバンク)、相手国の主要銀行……と、何段階もの銀行を経由し、その都度手数料が引かれ、確認作業に数日を要します。
「自分の資産を動かすのに、なぜ何人もの許可と手数料が必要なのか?」
この非効率さは、現代の金融インフラの裏側にある「不都合な真実」です。
「ある日突然、資産が止まる」というリスク
さらに富裕層にとって深刻なのは、国の規制や制裁により「個人の資産」がいとも簡単に凍結され得るという事実です。
「それは犯罪者やテロリストの話だろう」と思われるかもしれません。しかし、2022年にカナダで起きた「フリーダム・コンボイ(トラックデモ)」の事例は、世界中の資産家に衝撃を与えました。
政府のワクチン政策に抗議するデモに参加、あるいは寄付をしただけの「ごく普通の市民」の銀行口座が、裁判所の命令なしに、政府権限だけで凍結されたのです。
また、ウクライナ侵攻後、ロシアの一般市民がVisaやMastercardを使えなくなり、海外にある資産へのアクセスを失ったことも記憶に新しいでしょう。
日本の銀行においては、海外への送金・海外からの入金においてかなりの質問などをクリアしないと実際の入出金を行えないという事も多くなってきていると聞いています。
「無実の市民であっても、国家の都合や“スイッチ一つ”で資産を動かせなくなる」。これは決して対岸の火事ではなく、中央集権的なシステムの構造的リスクなのです。
「情報のインターネット」から「価値のインターネット」へ
この問題を解決するために生まれたのが、ブロックチェーンでありビットコインです。
インターネットが「情報の仲介者(政府、テレビ局、新聞社)」を排除したように、ビットコインは「価値の仲介者(銀行や国家)」を排除しました。
地球の裏側であっても、中継銀行を一切通さず、個人(ウォレット)から個人へ直接価値を転送できる。
これは、誰の許可も必要としない(Permissionless)、民主的で自由な新しいお金のインフラなのです。
「機能性」が高いほど価値は下がる?——価値のパラドックス
ここで少し視点を変えて、そもそも「価値」とはどこに宿るのか、という哲学的な問いについて考えてみましょう。
私はこれを「機能性と価値の逆説」と呼んでいます。
- iPhone 16: 機能性は非常に高いですが、来年「17」が出れば価値は下がります。
- 水や空気: 生きていく上で不可欠な機能を持っていますが、価格はタダ同然です。
機能性が高い「便利なもの」は、普及すればするほどコモディティ化し、価格競争にさらされ、価値が下がっていきます。
一方で、
- ダイヤモンド: 人工でも生成でき、輝く以外に機能はありませんが、高価です。
- ロレックス: 時間の精度ならスマホの方が上ですが、定価の何倍もの価格で取引されます。
- ゴールド: 産業用途は一部に限られ、プラチナの様に不活性金属としてより安定して、産業用途も高く、産出量が1/20の物質が出てきても、より高い価値を2000年以上保っています。
これらに共通するのは「説明しづらい魅力」と「圧倒的な希少性」です。
人間は、「便利で機能的なもの」には定価をつけますが、「希少で、物語があり、みんなが欲しがるもの」には青天井の値をつけます。
ビットコインは、決済機能(処理速度など)だけを見れば、VisaカードやPayPayに劣るかもしれません。しかし、「2,100万枚しか存在しない」「誰にも改ざんされない」「国家権力から独立している」という物語は、他のどのデジタル資産も持ち得ないものです。
人間は「便利さ」には慣れるが、「希少性」には逆らえない。
この本能がある限り、ビットコインが持つ「価値の保存機能(ストア・オブ・バリュー)」は失われないでしょう。
金(ゴールド)vs ビットコイン:15倍のアップサイド
では、その「物語」の価値はどこまで伸びるのでしょうか。
世界中の機関投資家が計算の根拠としているのが、同じ「無国籍資産」である金(ゴールド)との時価総額比較です。
現在、人類が有史以来採掘してきた金の時価総額は約30兆ドル(約4,500兆円)と言われています。
対して、ビットコインの時価総額は約2兆ドル(約300兆円)前後。(2025年12月初旬現在)
つまり、現時点でのビットコインは「金の15分の1」の規模に過ぎません。
デジタルネイティブ世代の「金」へ
しかし、資産としてのスペックを冷静に比較すると、ビットコインが金に劣っている点は見当たりません。
| 特徴 | 金(ゴールド) | ビットコイン |
| 供給量 | 年間5000トン前後(鉱山会社の採掘コストや能力に依存) | 4年ごとの半減期で減少、最終的にゼロ |
| 総量 | 流通量20万トン、埋蔵量は残り6万トン程度と言われているが、実際は不明。 | 2100万枚で固定。パスワード紛失により使えないBTCは増えていく。 |
| 可搬性 | 重い(1億円分は約4.3kg 2025年12月初旬現在) | スマホ1つで何兆円でも運べる |
| 真贋性 | 専門家の鑑定が必要 | ブロックチェーンで100%保証 |
| 保管 | 金庫や警備コストがかかる | パスワード管理のみ(コストゼロ) |
| 同一性 | ロシア産の金が一部の取引から除外 | 全てのビットコインが同一の価値を持つ |
今後、富の中心はベビーブーマー世代から、デジタルネイティブであるミレニアル・Z世代へと移行します(グレート・ウェルス・トランスファー)。
彼らが資産を守ろうとした時、物理的な保管場所が必要で、売買に手数料がかかる「アナログな金」を選ぶでしょうか? それとも、スマホで管理でき、世界中どこでも使える「デジタルな金」を選ぶでしょうか?
もし、ビットコインが「デジタルゴールド」として金と同等の地位(時価総額1:1)を獲得すれば、価格は単純計算で現在の15倍になります。
さらに、世界的な法定通貨の減価(インフレ)が進み、「金そのもの」の価値も上がっていくことを考えれば、そのアップサイドは15倍に留まらない可能性すらあります。
「円教」の信者が減る時代の処方箋
もちろん、日本円は依然として世界有数の信用力を持つ通貨であり、今すぐ紙クズになるようなことはないでしょう。
しかし、その「円を持っていれば絶対安心」という神話が、インフレや円安によってゆっくりと揺らぎ始めた——これが今回の主題です。
世界を見渡せば、自国通貨が機能不全に陥っている国々で、ビットコインはすでに生活インフラになりつつあります。
ブラジルやトルコ、アルゼンチンなどでは、すでに自国通貨の暴落から資産を守るため、ビットコインやステーブルコインを活用して資産を保全することが一般化し始めています。彼らにとってビットコインは投機ではなく、「生存のためのツール」なのです。
賢明な投資家がとるべき「1%」の戦略
ここまでお話ししても、「ビットコインは値動きが激しすぎて怖い」という感覚は正しいものです。まだ成長途上の資産であり、ボラティリティは極めて高いからです。
だからこそ、私の提案するポートフォリオ戦略はシンプルです。
「資産の0.5%〜1%だけを持つこと」
これは、保険(Insurance)の考え方に似ています。
もし、ビットコインが電子ゴミとなって価値がゼロになったとしても、資産の1%を失うだけで、あなたの人生は何も変わりません。翌日のランチの場所が変わることもないでしょう。
しかし、私たちの見立て通り、金と同等の規模まで成長し、価格が10倍、20倍になれば、それは資産全体のリターンを大きく押し上げます。仮に他の資産(株や債券)がインフレで苦戦しても、ビットコインがその損失を補って余りある利益をもたらす可能性があります。
「ゼロになってもかすり傷、当たればホームラン」。
このような非対称なリスク・リターン(Asymmetric Bet)を持つ資産は、世の中にそう多くありません。
新しい時代の「お守り」として、ほんの少しだけ、この歴史的な転換点に参加してみる。それが、最も現実的で、かつ知的な資産防衛策ではないでしょうか。
〈執筆者プロフィール〉

Kazutoshi Shidehara
Penguin Securities
シニアリレーションシップマネシャー
英国国立大学を卒業後、コカ・コーラやGEでデータサイエンティストとして活躍。その後、運用額1,500億円規模のファミリーオフィスや日本株ファンドにてCIO/COOを務め、約9年間にわたり本格的な資産運用業務に従事。「資産を守り、増やす」ことに本気で向き合ってきたプロフェッショナルとして、投資の現場と舞台裏を知り尽くす。
現在は自らの資金を運用しながら、ヨーロッパやアジアを飛び回り、現地のプロジェクト視察や経済の肌感覚を大切にした資産運用を実践中。
YouTubeチャンネル【シンガポール投資家KAZ | 資産運用する個人の味方】にて、市場動向や国際投資に関する知見も発信している。