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河田剛インタビュー後編「仕事も競技も一流」日米の経験から語るスポーツの価値

河田剛インタビュー前編「仕事も競技も一流」日米の経験から語るスポーツの価値の後編です。

【なぜ日本は育成に時間がかかるのか】

━━日本企業は体育会出身者を重宝してきましたが、企業文化とマッチしていたのでしょうか

ちょうど体育会の学生に、この話をしたことがありますが、そういう時代はもう終わっていると思います。

何をやってきて、どんな成果を出してきたのか。結局はそこじゃないでしょうか。体育会出身者が企業風土に合えば、それはそれでいいとは思いますけどね。

━━学校(大学)での部活動という意味では、日本とアメリカは形式が似ていますが、大きく異なる点はどこでしょうか

アメリカの大学では、部活動は完全に経済活動でもあります。それも年間50億円、100億円という規模です。

前にも話した通り、大学スポーツは投資のひとつ。だからROIを阻害することは排除しなければならない、という考え方です。

━━選手側にもリターンはあるのでしょうか

数年前に、学生がリターンを求める動きがありました。アメリカらしく裁判にもなりましたね。

結論としては、「君たちは学生であって労働者ではない。だから労働の対価としてお金は払わない。ただし、広告や肖像権で収入を得ることは間違いではない」というものでした。

結果的にどうなったかというと、マイアミ大学のクオーターバックは、日本円で10億円を超える収入を得ています。

━━日本のアメフトのレベルアップは感じますか

レベルアップはしていると思います。ハーフの選手も出てきていますし、身体能力も上がっている。ただ、アメリカで通用するかというと、まだ違うと思います。フィジカルが追いついていない。本場では身長190センチ後半、体重130キロで、なおかつスピードもある選手が普通にいます。そう考えると、日本人はやはり小さいですね。

あとはスポーツ全般に関する環境の違いです。スタンフォードのグラウンドに、近所の人が入ってきて使っていることがあるんです。最初に見たとき、「あれ、うちのグラウンド勝手に使っていいの?」と聞いたら、「俺たちが使ってないからいいんじゃないの」という感じでした。

日本人は、許可なく立ち入ることを嫌います。僕も今でも、少しそう思ってしまいます。国土の違いはありますが、アメリカ人はある程度までは許す文化があるんです。

スタンフォードのプールもクラブチームが使っています。ルールは1つだけで、「スタンフォードのチームが使っている時はNG」。陸上も同じで、クラブチームでスタンフォードのOBが教えています。

そうやって裾野が広がり、雇用も生まれる。この環境の差は、競技力の差にも直結していると思います。

━━指導者として、意識している点はどんなところですか

言語の壁があるので、映像を使って視覚的に伝えるようにしています。言葉だけでなく、プラスαで正確に伝える。その意識は常に持っています。


【矯正しない指導、厳しい環境】

━━昔ながらの指導方法は現在では通用しなくなっている一方で、試合では厳しさも求められます。どうアップデートすべきだと考えていますか

メンタルを直接指導するというより、練習やミーティングを厳しく行うことでしか育たないと思っています。時間は有限です。

日本は限られたリソースの中で「できること」を教えていきますが、アメリカでは「それができないと試合にも出られない」。その違いは大きいです。

だからメンタルがどうこうというより、日常の練習から厳しさに慣れることで、試合の厳しさにも耐えられるメンタルを身につけてほしい、という考えです。

アメフトに使える時間は、試合も含めて週20時間までと決まっています。全米生中継があるとそれだけで4時間もとられてしまいます。

土曜日に試合をして、日曜日に2時間ほどミーティング。月曜日はオフ、フィールドで練習できるのは火曜日が2時間、水曜日が1時間45分、木曜日と金曜日はそれぞれ50分。(ウエイトリフティングの時間は別枠)

全米の大学フットボールチームは全員が同じようなスケジュールです。

オフシーズンにはストレングス&コンディショニングコーチが指導を行います。だから彼らは、選手と一緒にいる時間がとても長いんです。

━━スタンフォード大学に入学した選手が、競技者として人間として成長するために重要視している点は何ですか

あまり矯正しようとはしません。「ここを直せばもっと良くなるのに」と思うことはありますが、それも彼らの人生だという考えです。もちろん、持っている力を最大限に発揮できるようサポートはします。

今年、1年生で活躍した選手がいましたが、入学前から「地域で一番の選手」と言われていて、強いプライドを持って入ってきたので、コーチされることがあまり好きではないタイプでした。

明らかに「ここを直せば・・・」と思う部分はあります。時間が経てば分かるだろうし、分からなければアメフトの選手としては厳しいだろう、という距離感で見ていました。

でも不思議なことに、7月の時点では全く聞く耳を持たなかったのに、最近になって耳を傾けるようになった選手もいます。何がきっかけかは分からないですね(笑)。

━━スタンフォードに入っても、途中で辞めていく学生はいますか

もちろんいますよ。みんな「自分のことをやりたいことをやる」という姿勢ですから。日本の部活でたまにある「辞める」と言って“引き止められ待ち”するような面倒なことはありません。

-会社組織でも似た話はありますね(笑)。


【スポーツは最先端のビジネスである】

━━アメリカのスポーツビジネスは年々勢いを増していると感じますが、現地で感じることはありますか

スポーツエコノミクスで言えば、世界No.1です。テクノロジーの発展やダウンサイジングで、これまで1時間かかっていた処理が短縮され、人々の「持ち時間」が増えています。アメリカでは、その時間を家族やエンターテインメントに使える。映画、音楽、スポーツ、どれに該当するのかは分かりませんが、スポーツは業界全体でその時間を取りに行こうとする努力が進んでいると思います。

━━余暇の時間、ということですね

以前、アーセナルの監督をしていたヴェンゲルさんが、「日本はスポーツに向かない国だ」と言っていましたが、それは余暇が少ないからだと思います。

-日本では、休むことが美徳とされにくいですからね。

━━MLB、NBA、NFL、NHLだけでなく、MLSも急成長しています。FIFAは昇降格を重視しますが、アメリカだけは例外です。その理由は何でしょうか

Jリーグのオーナーともよく話をしますが、入れ替えがないと投資ができるんです。FIFAも最初は反対しましたが、アメリカはそれだけスポーツ経済圏として群を抜いているので、FIFAも見て見ぬふりをしています。

アメリカのモデルはレベニューシェア。新規参入の障壁が非常に高い。NFLの最後のエクスパンション(新規参入)は1995年か1996年です。何兆円という規模のものを32チームで分けるのか、35チームで分けるのかでは全く違う。新しいチームはいらない、という発想です。

昇降格があった方が国全体の競技力は上がる、というロジックは分かります。

ただアメリカは、少ないチームでコンテンツ力を高め、リーグが吸い上げてシェアするモデル。一番大きいのは放映権です。

NFLコミッショナーの年俸は64ミリオンドルです(※日本円で約100億円。2025年12月現在)。日本のそれとは、比べるべきものではないですね。

━━会社員もスポーツ選手も、育成には時間がかかります。日本の課題はどのような部分でしょうか

社会構造の問題も大きいと思います。まず、大学が機能していない。

僕は、大学は「就職予備校」であるべきだと思っていますが、日本では教授たちからの評価は論文で決まる。

アメリカでは「大学は学生が育つ場所」ですが、日本では「教職員が給料をもらう場所」になっていると感じますね。それだと、どれくらい学生が成長したか、10年以内の離職率がどうか、といった数字も見えてきませんよね。

僕自身、サンフランシスコの大学でスポーツマネジメントのマスター資格を取りました。16人の先生と出会いましたが、その大学のプロパーは1人だけ。あとは、その分野のプロフェッショナルが教えに来る。スポーツ法務、エージェント、マネジメント、スタジアムデザインなど、それぞれ現場の人たちです。単位を取れば、すぐにビジネスの世界で働けると言っていいくらい、かなり実践的な内容でした。

日本も、そろそろ新卒一括採用をやめる時期じゃないかと思います。準備ができていない人にお金を払って研修をするのは、正直おかしい。

だからこそ教育を変えるしかない。もしそう簡単に変えられないなら、積極的に外に出るしかないと思います。

━━選手時代とコーチでは、重圧の種類は違うと思いますが、向き合い方に違いはありますか

あまり感じたことはないですね。壁にぶつかったり、疑問が出てきたときの答えは一つです。「好きなことをやっている」ということだけ。厳しい試合があっても、割と楽観的です。何時間か経てば答えは出る、と思っています。

ちなみに今のヘッドコーチやGMも、もともとは僕の教え子だったりします。

━━相談したり、助言をもらう存在はいますか

この人、という特定の存在はいないですね。物事によって、相手は変わると思っています。


【毎日の積み重ねが、差になる】

━━アメフト以外だったら、どんなキャリアを歩んでいたと思いますか

正直、あまり考えたことがないです。リクルートにずっといる、という選択肢も考えたことはなかったですね。

━━座右の銘があったら教えてください

「No men become suddenly different」 。
急にうまくなったり良くなったりする人間はいない、という意味です。結局は毎日の積み重ねです。

━━ご自身の今後のビジョンはありますか

できるところまではスタンフォードにいて、歳を取ったら日本に帰りたいですね。

今、すごく面白い場所にいるので、そこで得たものを日本のスポーツ界に還元したいと思っています。

━━アメリカはやはり勢いがありますか

簡単に色々なことを変えられる国だと思います。

スタンフォードは1891年設立ですが、例えば京都の薬師寺は1300年以上の歴史がある。歴史や伝統は素晴らしい反面、変えにくさもある。アメリは大統領が変わるだけで、法律が変わる国ですからね。

━━大学のアメフト選手のお金の管理は、どうしているのでしょうか

エージェントがファイナンシャルアドバイザーをつけるケースが増えています。

アメリカでは、4大スポーツで上位指名された選手の70%が5年以内に自己破産すると言われています。アメリカ人は後先考えずにお金を使ってしまう人も多い印象ですね(笑)。だからエージェント側も、専属アドバイザーを抱えてサポートするようになっています。

━━投資への意識も高いですよね

高いと思います。というより、「特別なこと」ではなく、日常の延長ですね。

だからこそ、スタンフォードにいる日本人にも、「もっとクラスメイトとコミュニケーションを取れ」とよく言っています。

NFLのスター選手で、レコードを塗り替えたクリスチャン・マキャフリーがいます。彼はいつも称賛される側の人間ですが、ある日、寮に帰ったら、アジア人のオタクっぽい学生に「今日は1日天気が良かったけど、何してたの?」と聞かれたそうです。その瞬間、クリスチャンは「俺もまだまだだな」と思ったらしい。その学生は、トニー・シューという、ドアダッシュ(アメリカの大手フードデリバリー)の創業者でした。

もう一つ象徴的な話があります。ドラフト1位指名だったソロモン・トーマスが、人生で初めてミリオン単位の投資をした相手も、スタンフォードの仲間でした。

スタンフォードでは、「誰が将来どんな存在になるか分からない」という前提で人と付き合う。だから、投資もビジネスも、特別なイベントではなく、日常の人間関係の延長線上にあるんです。

スタンフォードはそういう場所なんです。


〈プロフィール〉


河田 剛(かわた つよし)

1972年埼玉県生まれ。アメリカンフットボール指導者、解説者。

城西大学卒業後、リクルートシーガルズ(現オービック)で活躍し、選手として4回、コーチとして1回の日本一を達成。1999年の第1回W杯優勝メンバー。 2007年に渡米し、米名門スタンフォード大学で日本人初のコーチングスタッフに就任。

2011年からはフルタイムのコーチとして正式採用され、16シーズンにわたり本場の最前線で指導に当たった。2018年にはサンフランシスコ大学にてスポーツビジネスマネージメント修士号を取得。

現在は、Xリーグ「ノジマ相模原ライズ」のヘッドコーチとして現場の指揮を執る傍ら、母校・城西大学の客員教授、日米のスタートアップ支援のアドバイザー、NHKでのNFL解説など幅広く活動。著書に『不合理だらけの日本スポーツ界』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)がある。

FPメディア編集部

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