
「ビットコインは怖い」——その直感は正しい
「ビットコインに興味はあるけど、あの値動きが怖くて……」
これは、非常に理性的な反応です。実際、ビットコインは2~3か月にして30〜50%の価格下落を経験することがあります。世界最大の株式市場であるS&P500が年間で10%下落すれば「暴落」と報道されますが、ビットコインはその3〜5倍の振れ幅を、時として四半期で経験します。
なぜ、これほどまでに価格が不安定なのか。
その答えは「投機的な商品だから」という単純な話ではなく、市場の「構造」そのものに起因しています。
株式市場と比べた「市場の薄さ」という問題——そして、水面下の巨大な取引網
まず、数字で現実を確認しましょう。
米国株式市場の年間売買回転率は2024年時点で約68%です。つまり、約50兆ドルの時価総額に対して、年間で約34兆ドル分が売買されている計算になります。
一方、ビットコインの時価総額は約2兆ドル(2025年末時点)ですが、2024年後半の時点でビットコインの1日あたりの取引量は一貫して330億ドル超を記録しています。単純に年換算すると12兆ドル超——時価総額の約6倍以上に相当します。
これを株式市場の68%という回転率と比べると、ビットコイン市場の売買の「濃さ」がいかに突出しているかが一目瞭然です。
| 比較項目 | 米国株式市場 | ビットコイン |
| 時価総額(目安) | 約50兆ドル | 約2兆ドル |
| 年間売買回転率 | 約68% | 推計600%超 |
| 主な保有者 | 年金・機関・個人 | 個人・短期トレーダー中心 |
| 取引時間 | 平日のみ(休場あり) | 年中無休・24時間 |
この数字が意味するのは、同じ1ドルの資金が、株式市場よりも何倍もの頻度でビットコイン市場を行き来しているということです。言い換えれば、大きな売り注文が入った時に、それを受け止める「長期保有の厚み」が圧倒的に薄い。
少ない水に石を投げると、大きな波が立つ。ビットコインの急落は、多くの場合この「水の浅さ」から生まれています。
取引所(CEX)——氷山の水面上の部分
私たちが目にするビットコインの取引量の大半は、中央集権型取引所(CEX: Centralized Exchange)を通じたものです。
Binanceが約52%の市場シェアを持ち、月間4,250億ドル超を処理しているのをはじめ、米国ではCoinbaseが個人・機関投資家向けの主要インフラとして機能しています。2024年10月だけでCoinbaseの取引量は625億ドルに達し、規制整備の進展とともに機関投資家の参入窓口として急速に存在感を高めています。
これらCEXの特徴は、身元確認(KYC)が義務付けられており、規制当局の監視下に置かれている点です。ある意味で「見えている市場」と言えますが、それは氷山の一角に過ぎません。
DeFi——誰の許可もいらない分散型の市場
CEXの「外側」には、DeFi(分散型金融)とDEX(分散型取引所)と呼ばれる市場が広がっています。
Uniswap、dYdX、Hyperliquidなどのプラットフォームがその代表例です。これらは、銀行口座も身元確認も不要で、インターネット接続とウォレットさえあれば誰でも取引に参加できる仕組みです。第三回でお伝えした「価値のインターネット化」を、最も純粋な形で体現したものと言えます。
2025年第2四半期だけで、DEX上での永久先物取引量は8,980億ドルに達し、そのうちHyperliquidが約73%のシェアを占めているという規模感は、多くの人が想像する以上の水準です。
DeFiの市場は規制当局の目が届きにくく、その取引量の全容は公式統計に反映されていません。つまり、公表されているビットコインの取引量は、実際の市場活動のごく一部に過ぎない可能性があります。
P2P取引——「水面下」の世界規模の売買
さらにその下層には、P2P(個人間直接取引)が存在します。
LocalBitcoinsやPaxfulといったプラットフォームを通じて、あるいはプラットフォームすら介さず、個人間でビットコインが直接やり取りされています。中国、ナイジェリア、ロシア、トルコ、アルゼンチンなど、暗号資産に厳しい規制をかけている国々でも、P2P取引を通じたビットコインの流通が継続しており、国家の監視が届かない取引が世界規模で行われています。
取引所のデータは全体のほんの一部に過ぎず、実際の総取引量はそれよりはるかに大きく、OTC(相対取引)市場での取引も相当量存在するという指摘もあります。
整理すると、ビットコインの「市場」は三層構造になっています。
| 層 | 主な形態 | 特徴 |
| 表層(見える市場) | Binance、Coinbase等のCEX | KYC義務あり、規制下、公式データに反映 |
| 中間層 | Uniswap、Hyperliquid等のDEX・DeFi | 許可不要、ブロックチェーン上で透明だが規制外 |
| 深層(見えにくい市場) | P2P・OTC・個人間取引 | 統計に現れにくい、世界規模で継続 |
この三層すべてを合計した時の実際の売買量は、公式統計の数倍に達する可能性があります。つまり、ビットコイン市場の「薄さ」は見かけよりも深刻であると同時に、その流動性の広がりは見かけよりも大きいという二面性を持っているのです。
これが、価格急落時の衝撃波が大きく、かつ市場が完全に止まることもない——ビットコイン特有の構造的な理由です。
金にあって、ビットコインにないもの——「主体性を持つホルダー」
ここで、金(ゴールド)との比較が参考になります。
金の時価総額は約30兆ドルと、ビットコインの約15倍。しかし規模だけでなく、誰が持っているかという点に、より本質的な違いがあります。
金の保有者の内訳を大まかに見ると、各国の中央銀行が約3割、機関投資家・ETFが相当部分を占め、宝飾品需要も下支えとなっています。
中央銀行は、国の外貨準備として金を保有します。これは政策的な意図に基づいた長期保有であり、価格が10%下落したからといって売却するような存在ではありません。むしろ、地政学リスクが高まるほど買い増す傾向があります。
この「意志を持って売らない大きな手」の存在が、金の価格を一定の水準に下支えする構造的な安定剤となっているのです。
翻ってビットコインの現在地はどうか。
機関投資家によるETFを通じた保有は着実に増加していますが、中央銀行レベルの「国家的な保有主体」はまだほぼ存在しません。米国のビットコイン戦略備蓄構想(2025年)や、一部の小国による法定通貨採用事例はありますが、グローバルな中央銀行が金を保有するような規模・安定性には、いまだ遠い状況です。
売らない理由を持つ大きな保有者が少ないほど、市場は外部ショックに対して脆弱になります。
急落の「構造的なトリガー」——なぜ下落が下落を呼ぶのか
ビットコインの急落は、多くの場合いくつかの要因が連鎖することで増幅されます。
一つはレバレッジの強制清算です。暗号資産取引所では、自己資金の数倍〜数十倍のレバレッジ取引が可能です。価格が一定割合下落すると、取引所が強制的にポジションを決済する(ロスカット)ため、その売りがさらなる下落を招き、次の強制清算を引き起こすという連鎖が起きます。株式市場にも信用取引はありますが、規制や市場規模の大きさがこの連鎖を緩和しています。
もう一つはセンチメントの伝染速度です。SNSとグローバルな24時間取引の組み合わせにより、ネガティブなニュースへの反応速度が極めて速い。株式市場には取引時間という「冷却期間」がありますが、ビットコインに休場日はありません。
しかし、これは「成熟途上」の問題である
ここまで読んで、「やはりビットコインは危険だ」と感じた方もいるかもしれません。しかし、視点を変えると全く異なる景色が見えてきます。
かつての株式市場も、同じ道を歩んでいたからです。
20世紀初頭のニューヨーク株式市場は、現在とは比較にならないほど薄く、投機的でした。1929年の大恐慌や、その後の数十年間における乱高下は、市場が「成熟していなかった」ことの証左です。それでも、機関投資家の参入、規制整備、ETFの普及、インデックス投資の浸透——こうした変化を経て、市場は現在の安定性を獲得しました。
ビットコインにも、同じメカニズムが静かに働き始めています。
| 成熟の指標 | 現在の状況 |
| 現物ETFの承認・普及 | 米国で2024年に承認、急速に残高増加中 |
| 機関投資家の参入 | ブラックロック、フィデリティ等が本格関与 |
| 国家レベルの戦略備蓄 | 一部の国で検討・実施段階 |
| カストディ(機関向け保管)整備 | 大手金融機関が参入 |
| 規制の明確化 | 米国・EU・日本で整備が進行中 |
これらの変化は、「売らない理由を持つ大きな保有者」を増やしていくプロセスに他なりません。
流動性と安定性は、信頼の蓄積とともに育つ
金融の世界において、安定した価値保存機能を持つ資産に共通するのは、「多様で大規模な保有者基盤」です。
これは鶏と卵の関係に似ています。安定しているから大きな資金が入り、大きな資金が入るから安定する。
ビットコインは現在、その循環の入口に差し掛かったところです。まだ「安定している」とは言えませんが、安定への道を歩み始めていると見ることはできます。
10年後、中央銀行がビットコインを外貨準備に組み込み、年金基金がポートフォリオの一部として保有し、一般の金融機関がカストディを提供する——そのような世界では、現在私たちが目にしているような急落の頻度と深度は、確実に変わっているはずです。
「荒れた海」で船を出すための知恵
では、この成熟途上の資産とどう向き合えばよいのか。
前回お伝えした「資産の0.5〜1%だけを持つ」という戦略は、この文脈でも有効です。
急落局面での心理的な揺れを最小化するためには、「なくなっても構わない」と心から思える金額しか投じないことが鉄則です。そして可能であれば、一度にまとめて購入するのではなく、定期的に一定額を積み立てる(ドルコスト平均法)ことで、価格変動リスクを時間軸で分散することができます。
ビットコインの急落を恐れることは正しい。しかしその恐れが、「構造的な理由のある一時的な不安定性」への理解と組み合わさった時、それは賢明な判断の基盤になります。
嵐の中でも沈まない船の乗り方を知っていれば、荒波は脅威ではなく、むしろチャンスに変わるのです。
〈執筆者プロフィール〉

Kazutoshi Shidehara
Penguin Securities
シニアリレーションシップマネシャー
英国国立大学を卒業後、コカ・コーラやGEでデータサイエンティストとして活躍。その後、運用額1,500億円規模のファミリーオフィスや日本株ファンドにてCIO/COOを務め、約9年間にわたり本格的な資産運用業務に従事。「資産を守り、増やす」ことに本気で向き合ってきたプロフェッショナルとして、投資の現場と舞台裏を知り尽くす。
現在は自らの資金を運用しながら、ヨーロッパやアジアを飛び回り、現地のプロジェクト視察や経済の肌感覚を大切にした資産運用を実践中。
YouTubeチャンネル【シンガポール投資家KAZ | 資産運用する個人の味方】にて、市場動向や国際投資に関する知見も発信している。
