
1. 「配当のない資産は持てない」——機関投資家の論理
「ビットコインには興味があるが、うちのファンドには組み入れられない」
これは、世界中の年金基金や保険会社の運用担当者が、長年口にしてきた言葉です。理由はシンプルです。利回りがないからです。
年金基金や保険会社は、将来の給付や保険金という「約束された支出」を抱えています。そのため、資産運用においては定期的なキャッシュフロー——配当・利息・分配金——を生む資産が基本となります。値上がり益だけを期待する資産は、どれほど将来性があっても、投資委員会の承認を通りにくい。
ビットコインもイーサリアムも、従来はこの「利回りがない」という壁に阻まれ、機関投資家の本格的なポートフォリオへの組み入れが難しい状況が続いていました。
その壁を、BlackRockが一つ崩しました。
2. ETHBとは何か——BlackRockが作った「利回り付きETH」
2026年3月、BlackRockはNASDAQに新しいETFを上場しました。正式名称はiShares Ethereum Staked Trust、ティッカーシンボルはETHB。
BlackRockは、運用資産残高が約14兆ドルに達する世界最大の資産運用会社です。ETF市場における同社の存在感は絶大で、その判断は業界全体のスタンダードを動かす力を持っています。
そのBlackRockが、BTCではなくETHに「利回り商品」を設計した。これが今回の出来事の核心です。
既存ETF「ETHA」との決定的な違い
| 比較項目 | ETHA(既存) | ETHB(新型) |
| リターンの源泉 | ETH価格の値上がりのみ | ETH価格の値上がり+ステーキング利回り |
| 利回り | なし | 年率約3〜4%(ETH建て)、手数料控除後約2.46% |
| 分配金 | なし | 毎月ドルキャッシュで支払い |
| 機関投資家の組み入れ | 困難(利回りなし) | 可能性が大きく拡大 |
*数字は全て2026年3月段階での推定値
同じETHへの投資でも、ETHBはまったく異なる投資商品として設計されています。
3. ステーキングとは何か——「利回り」の仕組みを解剖する
ETHBの利回りの源泉は、「ステーキング」と呼ばれる仕組みにあります。
Ethereumは、2022年に「プルーフ・オブ・ワーク(PoW)」から「プルーフ・オブ・ステーク(PoS)」という方式に移行しました。この変化は、ビットコインのマイニング(採掘)に相当するプロセスを根本的に変えるものでした。
PoS方式では、「バリデーター」と呼ばれる参加者がETHを担保として預け入れ(ステーク)、ネットワーク上の取引を検証します。正しく検証を行ったバリデーターは、その報酬として新たに発行されるETHと、取引手数料(ガス代)の一部を受け取ります。
これは、「資産を預けて、その対価として収益を得る」という点において、銀行に預金して利息を受け取る行為や、国債を保有してクーポンを受け取る行為と、構造的によく似ています。
現在のステーキング利回りは年率3〜4%(ETH建て)。ETHBはこのプロセスをBlackRockが代行し、報酬をドルに換算して投資家へ分配します。
分配金を受け取るまでの流れ
① ETHBがETHをステーキング → ② バリデーター報酬をETHで受け取る → ③ BlackRockがドルに換算 → ④ 投資家へ月次で現金分配
受け取るのはETHではなくドルキャッシュです。まるで株式の配当と同じ感覚で、証券口座に現金が振り込まれます。
報酬の内訳と実質利回り
| 項目 | 配分 |
| 投資家へ(NAV増加+四半期分配) | 82% |
| BlackRock・Coinbaseへ(運用手数料) | 18% |
| 手数料控除後の実質利回り(参考試算) | 年率約2.46% |
*数字は全て2026年3月段階での推定値
年率2.46%という数字を、他の資産と比べてみましょう。米国10年国債の利回りが4〜5%台で推移する中では控えめに見えますが、ETHの価格上昇という「キャピタルゲインの可能性」が加わることを忘れてはなりません。
4. なぜBlackRockはBTCではなくETHを選んだのか
ここで一つの疑問が生まれます。ビットコインETF(IBIT)をすでに運用しているBlackRockが、なぜ次の一手をETHにしたのか。
答えは、ビットコインの設計思想にあります。
ビットコインは、その発行量が2,100万枚に固定されており、「誰にも操作されない希少性」こそがその価値の核心です。ネットワークに参加する報酬(マイニング報酬)は存在しますが、ETHのような「保有者への継続的な利回り」という概念は、ビットコインの哲学とは相容れない部分があります。
一方、EthereumはPoSへの移行によって、保有者がネットワーク運営に参加し、その対価を受け取るという仕組みを内包しています。これはまさに、機関投資家が求める「インカムを生む資産」の条件を満たすものです。
| 比較項目 | BTC(ビットコイン) | ETH(イーサリアム) |
| 設計思想 | デジタルゴールド・価値の保存 | 分散型コンピューター・利回りを生む |
| 利回り | なし | ステーキングで年率3〜4% |
| 機関投資家への訴求 | 希少性・インフレヘッジ | 利回り資産・インカム投資 |
| 位置づけ | BTC = デジタルゴールド | ETH = デジタル債券 |
*数字は全て2026年3月段階での推定値
「BTC=デジタルゴールド、ETH=デジタル債券」という整理は、これからの暗号資産投資を考える上での重要な座標軸になります。
5. ETHBがもたらす構造変化——新たな「買い手」の登場
ETHBの登場が持つ最大の意義は、ETHに対する機関投資家の「買える理由」を生み出したことにあります。
年金基金、保険会社、インカムファンド、配当ETF、マルチアセットファンド——これらはいずれも、運用規約や投資委員会のガイドラインによって、「利回りのない資産」への大規模投資が制限されています。
前回の第五回でお伝えしたビットコイン急落の文脈を思い出してください。ビットコインが急落しやすい根本的な理由の一つは、「売らない理由を持つ大きな保有者」がまだ少ないことでした。
利回りがつくと、何が変わるのか。
利回り資産は、価格が下落局面でも「保有し続けるインセンティブ」が生まれます。配当を受け取りながら保有を続ける株式投資家がパニック売りを控えるように、毎月分配金を受け取るETHB保有者は、短期的な価格変動に対してより安定した行動をとりやすくなります。
つまり、利回りの付与は単なる収益の追加ではなく、市場の安定性そのものに寄与する可能性があるのです。
6. ETF浸透率から見る「余白」——どこまで伸びる可能性があるか
ETF浸透率という指標があります。暗号資産の総流通量のうち、ETFが保有している割合です。
| 資産 | ETF浸透率(現状) | 備考 |
| Bitcoin ETF(IBIT等) | 約6.1% | 2024年承認、急速に流入 |
| Ethereum ETF(ETHA等) | 約4.7% | 承認時期が遅く、利回りなしで伸び悩み |
*数字は全て2026年3月段階での推定値
ETH ETFがBTCと同水準の浸透率まで到達するだけで、約1.3倍の資金流入余地があります。さらにETHBによって「利回り資産」という新たな訴求点が加わることで、これまでETHへの投資が難しかった機関投資家層への扉が開かれます。
これは「BTCと同じ道をETHも歩む」という話ではありません。BTCが「金の代替」として機関投資家に受け入れられたとすれば、ETHは「債券の代替」として、まったく異なる投資家層を引き込む可能性を持っているのです。
金融機関が資産クラスとして認識する対象に「利回り付きのデジタル資産」が加わることの意味は、想像以上に大きいかもしれません。
7. リスクと留意点——冷静な視点も忘れずに
ETHBの登場は確かに画期的ですが、投資家として冷静に見ておくべき点もあります。
利回りはETH建てであることを忘れない
ステーキング報酬は本来ETH建てです。ETHBはそれをドルに換算して分配しますが、ETH自体の価格が大幅に下落した場合、ドル換算の分配金も連動して減少します。年率2.46%の利回りが、ETH価格の30%下落をカバーすることはできません。
利回りはあくまで「上乗せ」であり、ETH価格リスクは依然として残ります。
手数料構造の理解
BlackRockとCoinbaseが報酬の18%を受け取る構造は、ETHを自分でステーキングする場合と比べてコストが高いものです。ただし、それと引き換えに得られるのは、技術的な複雑さを完全に排除した「証券口座で買えるシンプルさ」です。
自分でウォレットを管理し、バリデーター運営のリスクを負う必要がない。このトレードオフをどう評価するかは、各投資家の状況によります。
規制・税務リスクは引き続き存在する
ETHBはNASDAQに上場した規制対応商品ですが、各国の規制環境の変化によって、ステーキング報酬の扱いが変わる可能性は排除できません。現行の日本税制では、暗号資産の売却益や受取報酬は「雑所得」として総合課税の対象となり、最大55%(所得税45%+住民税10%)の税率が適用されます。
ETHBからの四半期分配金についても、円換算での雑所得として申告が必要になる可能性が高く、具体的な取り扱いについては税理士への確認を強くお勧めします。
なお、2025年以降の税制改正大綱において申告分離課税への移行方針が明記されており(適用は金商法改正の施行後)、今後の動向を注視する必要があります。
8. 暗号資産投資は「価格だけの時代」から「利回りを生む時代」へ
第二回でお伝えした「通貨の宗教性」、第三回の「決済の民主化」、第四回の「金融機関の関与」、第五回の「急落の構造」——これらはすべて、暗号資産が「マニア向けの投機対象」から「グローバル金融の一部」へと移行していく物語の断片でした。
ETHBの登場は、その物語における重要な転換点です。
これまで暗号資産への投資は、基本的に「価格が上がることへの賭け」でした。値上がりを期待して買い、値上がりしたら売る。その構造は、本質的に投機と変わりません。
しかし、ETHが年率2〜3%の利回りを生む資産として機関投資家のポートフォリオに組み込まれる世界では、話が変わります。「保有し続けることで収益が得られる」という新しいロジックが、暗号資産市場に長期投資の文化を育てていく可能性があります。
BTC=デジタルゴールド、ETH=デジタル債券。
この二つの資産が、それぞれ異なる投資家層によって、異なる目的で保有される世界——それは、暗号資産市場が真に「成熟した資産クラス」として認められた証になるでしょう。
BlackRock × ETH × 利回り。このストーリーは、いま始まったばかりです。
〈執筆者プロフィール〉

Kazutoshi Shidehara
Penguin Securities
シニアリレーションシップマネシャー
英国国立大学を卒業後、コカ・コーラやGEでデータサイエンティストとして活躍。その後、運用額1,500億円規模のファミリーオフィスや日本株ファンドにてCIO/COOを務め、約9年間にわたり本格的な資産運用業務に従事。「資産を守り、増やす」ことに本気で向き合ってきたプロフェッショナルとして、投資の現場と舞台裏を知り尽くす。
現在は自らの資金を運用しながら、ヨーロッパやアジアを飛び回り、現地のプロジェクト視察や経済の肌感覚を大切にした資産運用を実践中。
YouTubeチャンネル【シンガポール投資家KAZ | 資産運用する個人の味方】にて、市場動向や国際投資に関する知見も発信している。
