歯科医院の増加による競争の激化や後継者不足などにより、昨今の歯科業界では、歯科医院のM&A(合併・買収)は増加傾向であり、その重要性が高まっています。
M&Aは事業規模の拡大や経営基盤の強化などのメリットがあり、歯科業界でもM&Aを実施する経営者は増えています。
一方で、歯科医院の増加による競争激化や、歯科医師の高齢化による後継者不足、特に地方や町の小さな歯科医院では、後継者が見つからず廃業を余儀なくされるケースも少なくありません。
歯科医院のほか、機器や設備関連のサービスを提供する医療機器メーカー、流通業者も歯科業界の主体でありますが、本記事では、歯科業界の中でも歯科医院のM&Aにおける市場動向、そしてメリットやデメリットを詳しく解説します。
1.歯科医院のM&Aとは

近年、歯科医院の増加による競争の激化、また後継者不足や経営難などの理由から、歯科業界でも歯科医院のM&Aが注目されています。
歯科医院のM&Aは、問題点に対して売り手と買い手の双方にメリットを見い出せる可能性が多くあり、患者様や従業員への影響を最小限に抑えながら医院を存続させることが可能といえるでしょう。
1-1.歯科医院のM&Aのプロセス
歯科医院のM&Aとは、歯科医院の所有権や経営権が他の個人や法人に移転する取引のことです。
基本的なプロセスは、まず売却希望の医院が仲介会社などに相談し、買い手候補を探します。候補が見つかった後は、売り手と買い手は条件を交渉して、合意に至れば契約を締結します。
その後、医院の財務状況や患者数、設備などの詳細な調査(デューデリジェンス)を経て、適正な価格や条件が決定します。
1-2.歯科医院におけるM&Aの役割
歯科医院M&Aでは、後継者不足に悩む医院にとって、長年築いてきた患者様との信頼関係や優秀な従業員を守りながら医院を存続させたいという経営者の想いをつなぐことが可能です。
売り手側としては、後継者がいない場合でも医院の価値を適正に評価してもらえるため、従業員の雇用や地域医療の継続に配慮しつつスムーズに経営を引き継ぐことができます。また、売り手側の理由として経営難であった場合、資金力のある医院に買収されれば、安定した財務基盤のもとで事業を継続できるというメリットがあります。
一方、買い手側にとっては、新規開業よりも低リスクで事業拡大が可能になる点が挙げられます。既存の患者基盤や従業員をそのまま引き継ぐことができるため、経営の安定化や成長スピードを高めることが期待できます。
2.歯科医院のM&Aを取り巻く要因

歯科医院におけるM&Aの動向は、近年活発化しています。その背景には、歯科医師の高齢化や後継者不足、医院数の増加による経営環境の変化があります。
また、大手歯科医療チェーンの拡大戦略や投資ファンドの参入も、歯科医院のM&A市場を活性化させるきっかけとなっています。
2-1.経済環境の影響
歯科医院のM&A動向は、経済環境や政策によっても大きな影響を受けます。景気変動は歯科医院の経営状況に直接影響を与え、M&Aの需要を左右します。
好景気時には投資意欲が高まり、M&Aが活発化する傾向にあります。不景気時には、経営難に陥る歯科医院が増加し、売却を検討するケースも増えていくでしょう。
政策面においては、医療制度の見直し、税制優遇措置、クリニックの統合を促す政策など規制環境の変化も、クリニックの統合や再編において重要な役割を果たしています。
2-2.技術革新とデジタル化の影響
歯科医療における技術革新とデジタル化の進展は、M&Aの動向にも大きな影響を与えています。デジタル歯科技術の導入やAI診断システムの開発により、高度な設備投資が必要となる一方で、診療の効率化や品質向上が可能です。
このような技術革新は、大規模な資本を持つ企業や医療グループにとって有利に働き、中小規模の歯科医院の買収を加速させる要因となっています。
また、電子カルテシステムやオンライン予約システムの普及により、医院運営のデジタル化が進んでいます。これらのIT投資や運用ノウハウの獲得も、M&Aを検討する際の重要な要素となっています。
2-3.消費者ニーズの変化
歯科医療に対する消費者ニーズの変化も、M&Aの動向に影響を与える重要な要因です。予防歯科への関心の高まりや審美歯科の需要増加、高齢化に伴う訪問歯科診療の必要性など、患者様のニーズは多様化しています。
これらの変化に対応するため、専門性の高い診療科目の強化や新たなサービスや機器の導入が求められ、M&Aによる経営資源の獲得や事業拡大が選択肢となっています。
さらに患者の利便性を重視した立地や診療時間の拡大、接遇の向上など、サービス面での競争も激化しています。このような状況下で、経営基盤の強化や競争力向上を目指す歯科医院にとって、M&Aは有効な戦略のひとつといえます。
3.歯科医院のM&Aを実施するメリット

歯科医院におけるM&Aは、近年増加傾向にあり、重要な選択肢です。廃院を回避することや経営効率化などのメリットを具体的に見ていきましょう。
3-1.経済的利点
歯科医院M&Aの最大の経済的利点は、廃院に伴う多額の費用を回避できることです。
廃院の場合、医療機器の処分費用や建物の取り壊し費用、従業員の退職金など、想定以上の出費が必要となるかもしれません。一方でM&Aの場合、廃院費用を抑えられる他、退職金として創業者利益を得られるなど、経済的なメリットは大きいといえるでしょう。
また、既存の患者様や従業員の雇用を考慮して医院を存続させられることも売却側にとって重要な利点といえます。
3-2.経営効率化
M&Aによる経営効率化の可能性は高く、買収側にとっても大きなメリットがあります。
複数の医院を運営することで、医療機器や材料の共同購入によるコスト削減、地域ネットワークの強化、人材の効率的な配置、患者様や従業員の獲得により新たな広告宣伝費の節約などが考えられます。
他社のノウハウや技術を獲得でき、経営の効率化や競争力の強化が図れることは非常に大きなメリットといえるでしょう。
4.歯科医院のM&Aを実施するデメリット

次に、歯科医院のM&Aを実施するデメリットを見ていきましょう。
歯科医院のM&Aのデメリットとしては、売却側と買収側の双方に挙げられます。
1.売却側
売却後において新医院の方向性や診療方針が少なからず変わる可能性があり、長年築き上げてきた医院の理念や文化が失われる恐れがあります。
さらに、従業員の雇用条件や待遇面などが変わってしまうと、従業員の不安や反発を招くリスクは避けられません。患者様にとっても、慣れ親しんだ医院の雰囲気や担当医や従業員の変更は不安要素となり得ます。
買収側の経営方針と折り合いがつかない、期待していた相乗効果が得られないなどの問題が生じることもあります。M&A後の統合プロセスは慎重に行わなければ、文化の違いや経営方針の相違から生じる摩擦、従業員のモチベーション低下、患者様の不安などのリスクを招くおそれがあります。
2.買収側
歯科医院を新規で開業するよりも、M&Aによる医院開業または医院規模拡大を行う方が、最終費用は抑えられる可能性はありますが、M&Aの場合、成功報酬といった手数料がかかります。
さらに、M&A後に経営者が把握していなかった簿外債務が発覚し、トラブルに発展する可能性にも注意が必要です。例えば、従業員の未払い残業代や自由診療の前払いの債務などです。
また、従業員や医師が新院長の経営理念に反発し退職するなど、事業継続に影響を与えるリスクもあるでしょう。
これらのデメリットを回避するためには、M&A前の十分な調査と綿密な計画、そして買収後の慎重な統合プロセスが重要です。
5.歯科医院のM&Aの進め方

事前準備や仲介会社・アドバイザーの選定といった、歯科医院のM&Aの進め方を紹介します。
5-1.事前準備・検討
売り手側は、後継者不足の解消、廃院回避、ライフプランの変更など、売却したい理由・目的を整理します。過去の収支や来院数、保険点数の内訳、従業員数や設備状況などを整理し、医院の価値を大まかに把握します。
買い手側は、業拡大や新規参入、人材不足の補填など、M&Aを行う意義を明確にします。買収資金の調達方法(自己資金、融資、投資家など)、収益見込みを検討し、買収の妥当性を判断します。
5-2.仲介会社・アドバイザーの選定
歯科業界に精通したM&A仲介会社やアドバイザーを選定するにあたり、歯科医院の売買経験を多く持ち、実績が豊富なアドバイザーに依頼をするようにしましょう。適切なM&A仲介会社を選定した上で、売却・買付について相談し、医院の概要や条件をすり合わせ、正式に契約を行います。
5-3.相手探し・初期打ち合わせ
売り手側は、仲介会社を通じて複数の買い手候補を探し、売却条件に合う相手を選びます。交渉開始前に、お互いの情報を外部に漏らさないためのアドバイザリー契約および秘密保持契約を結ぶことが一般的です。
買い手側は、「ノンネームシート」と呼ばれる売り手側の個人情報を伏せた売却案件の情報を入手します。地域の人口推移や歯科医院の受給などの外部分析とともに、地域や条件を絞り込みます。この段階で信頼のおける仲介会社と専任契約を結び、本格的な交渉を始めます。
5-4.基本合意(LOI)の締結
買い手は選定した候補の案件に対して、買収の意思表示と情報提供を依頼します。提供された医院名や情報資料から、売り手医院の事業内容、財務状況、診療スタイル、従業員構成などの概要を把握し、企業評価や財務分析を行いましょう。
個別交渉に進んだら、おおまかな買収価格、譲渡スキーム、従業員の雇用継続方針などを提示し、売り手側と意見をすり合わせます。価格だけでなく、売り手医院の課題や、従業員、患者様にも配慮して条件の調整と、双方の要望を考慮した契約条件を見い出すことが重要です。
大枠の条件に両者が合意できれば、LOI(Letter of Intent)やMOU(Memorandum of Understanding)と呼ばれる基本合意書を締結します。
5-5.デューデリジェンス(DD:精査)
基本合意書の締結後、買い手もしくは買い手の依頼を受けた専門家(会計士・税理士・弁護士など)が、売り手の財務・税務・法務リスクを洗い出します。来院患者数や診療スタイル、従業員体制など、経営上の実態を調査します。医療機器の老朽化や保守状況、未払残業なども確認対象となります。
そしてDDの評価を元に、最終的な買収価格や詳細な条件を詰め、契約に向けて交渉を進めます。DDの結果、当初提示していた買収価格や条件の再交渉が行われる場合もあります。
5-6.最終交渉・契約締結
DDの結果を踏まえて、譲渡価格や譲渡スキーム(株式譲渡・事業譲渡)、従業員の処遇などを最終確定させます。売買契約書や各種付随契約(雇用継続に関わる合意書、役員就任契約など)を取り交わし、双方が納得したうえで正式契約にサインします。
5-7.クロージング(譲渡実行)
買収側が売却側に譲渡対価を支払い、株式や事業の実権が買い手に移ります。経営権移転を完了させるために、最終的な法的手続きや関係者との調整を行います。クロージングには、歯科医院の場合、保健所や法務局での法的手続きが必要です。。
6.歯科医院のM&Aをスムーズに進めるポイント

M&Aは単なる買収や合併ではなく、双方にとって価値を生み出す機会となります。
そのためには、財務状況や診療内容、患者層、従業員の状況など多角的な視点から医院を評価し、シナジー効果を最大化する方法を見出す必要があります。
6-1.効果的なM&A戦略の立案と実行
効果的なM&A戦略を立案するには、まず自院の強みと弱みを客観的に分析しましょう。
その上で、M&Aの目的を明確にし、どのような医院とのM&Aが最適かを見極めます。例えば、地域拡大を目指すのか、診療科目の拡充を図るのか、経営効率の向上を目指すのかなど。
また、M&Aの形態(完全買収、資本提携、業務提携など)も目的に応じて選びましょう。戦略立案後は、専門家のアドバイスを受けながら、交渉、契約締結、そして統合へと段階を踏んで実行していくことが大切です。
6-2.デューデリジェンスの実施
デューデリジェンスは、M&Aにおいて極めて重要なプロセスです。対象となる歯科医院の詳細な調査と評価を行うことで、潜在的なリスクや価値を明らかにする工程です。
財務面では、過去の収益状況や将来の収益予測、負債の状況などを精査します。
また、法務面では、訴訟リスクや契約関係、コンプライアンス状況などをチェックします。診療面においても、患者数の推移、診療内容の質、使用している医療機器の状態なども重要な調査項目となります。
このような多角的な調査を通じて、M&Aの適切な価格設定や統合後のリスクを管理しているのです。
デューデリジェンスを怠ると、予期せぬ問題が発生し、M&A後の経営に大きな影響を与える可能性があるため、専門家の協力を得ながら慎重に進めましょう。
6-3.統合後のマネジメント
M&A成立後の統合プロセス(PMI: Post Merger Integration)では、組織文化の融合、業務プロセスの統一、人事制度の調整などの課題に直面します。
特に歯科医院の場合、患者様との信頼関係や地域とのつながりが重要です。急激な変化は避け、段階的に統合を進めることが望ましいでしょう。
また、統合によるシナジー効果を最大化するためには、両院の強みを活かし、弱みを補完し合う戦略が欠かせません。
例えば、一方の医院の先進的な治療技術を他方の医院に導入したり、経営管理システムを統一して効率化を図ったりすることなどが挙げられます。
統合による従業員の不安や混乱を最小限に抑えるため、オープンなコミュニケーションと明確なビジョンの共有も大事です。
これらの課題に適切に対処することで、M&Aによる価値創造を実現し、より強固な歯科医療サービスの提供が可能となります。
7.まとめ
歯科医院のM&Aは、後継者不在や経営難の問題を解決し、患者様や従業員の継続的なケアを実現できます。M&A後のトラブルや従業員の処遇など課題もあるため、早めの準備と専門家のサポートを受けましょう。5年、10年先を見据えた医院経営を行うことが大切です。
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