通貨価値低下リスクとどう向き合うか「ディベースメント・トレード」の本質と実践法

近年、円やドルといった主要通貨についても、その価値が将来にわたりどの程度維持されるのかを巡り、さまざまな見方が議論されるようになっています。財政赤字の拡大や金融緩和の長期化を背景に、通貨そのものの価値が徐々に薄まる可能性が意識されているためです。

本記事では、こうした環境下で注目される「ディベースメント・トレード」の考え方を整理し、通貨安から資産を守るための基本的な視点について解説します。

1. 通貨価値の下落に備える「ディベースメント・トレード」の正体

通貨の価値が長期的に下がる可能性を前提に、資産配分を見直す―これが「ディベースメント・トレード」と呼ばれる考え方です。

近年はインフレの進行や財政赤字の拡大を背景に、単に価格の上下を追うだけでなく、「どの通貨の価値が相対的に下がるか」に着目した投資戦略が注目されるようになっています。

特に、円やドルといった主要通貨であっても、その価値が将来にわたり安定するとは限らないという見方が広がる中で、資産の持ち方を見直す動きが見られます。

この戦略の本質は、「どの資産が上がるか」を当てることではなく、「どの通貨の価値が相対的に下がる可能性があるか」を見極め、その影響を受けにくい資産へ分散することにあります。また、株式や債券といった伝統的な資産の枠を超えて、実物資産やコモディティなども含めた広い視点で資産を考えることが重要とされています。

 1-1. 財政悪化による通貨価値低下のリスクに備える

財政赤字の拡大は、長期的に通貨価値の低下の一つの要因になり得ると指摘されることがあります。

多くの先進国では、景気対策や社会保障費の増加などにより、政府債務の規模は拡大傾向にあります。このような状況が続くと、将来的に通貨の信認に影響を与える可能性があります。

政府債務が増えると、その利払い負担も増加します。仮に金利が上昇すれば、利払い費はさらに膨らみ、財政の自由度が低下する可能性があります。

その結果、中央銀行による金融緩和や通貨供給の拡大が選択される局面も想定されます。こうした政策対応は短期的には景気を支える一方で、長期的には通貨価値の低下につながる可能性もあるのです。

ディベースメント・トレードでは、このような構造的なリスクを踏まえ、通貨の価値が相対的に下がる局面に備えることを重視します。具体的には、インフレ耐性のある資産や、通貨の影響を受けにくい資産をポートフォリオに組み入れることが検討されます。

たとえば、金や資源、あるいはインフレ連動債などが候補として挙げられることがありますが、それぞれの特性やリスクを理解したうえで判断することが重要です。

 1-2. 古代ローマの「貨幣の悪鋳」と同じ現象が現代でも起きている

貨幣価値の希薄化という現象は、決して現代特有のものではありません。歴史を振り返ると、古代ローマ帝国では「貨幣の悪鋳」と呼ばれる政策が行われていました。

これは、銀貨に含まれる銀の純度を徐々に下げることで、実質的な通貨供給を増やし、結果として貨幣価値が低下したという過去の事実があります。

当時の政府は財政負担の増加に対応するため、このような方法で資金を捻出しましたが、その結果、貨幣の実質的な価値は低下し、物価の上昇を招いたとされています。

つまり、表面的には同じ「1枚の貨幣」であっても、その裏付けとなる価値が希薄化していったのです。

現代においては、金属含有量を減らす形ではありませんが、中央銀行が通貨供給量を増やすことで、似たような構造が生まれることがあります。

量的緩和などの政策により市場に供給されるマネーが増えると、相対的に貨幣の価値が薄まる可能性があると考えられているからです。

もちろん、現代の金融システムは当時よりもはるかに複雑であり、単純に同一視することはできません。しかし、「通貨の供給量が増えすぎると価値が下がる可能性がある」という基本的な考え方は、時代を超えて構造は共通しています。

 1-3. インフレは「通貨供給」の影響も大きい

一般的にインフレというと、資源不足や供給制約によって物価が上がるイメージが持たれがちです。確かに、エネルギー価格の上昇や物流の停滞などが短期的な物価上昇の要因となることはあります。しかし、長期的なインフレの背景には、通貨供給の増加が大きく関係しています。

経済の規模に対して通貨の供給量が増えると、同じ量のモノやサービスに対して、より多くの通貨が必要になります。その結果、物価が上昇しやすくなると考えられています。これは、貨幣数量説と呼ばれる考え方に基づくものです。

近年は、各国の中央銀行が大規模な金融緩和を実施してきました。低金利政策や資産購入を通じて市場に資金を供給することで、景気を下支えしてきた側面があります。

一方で、このような政策が長期化することで、将来的なインフレ圧力につながる可能性も議論されています。

ディベースメント・トレードの視点では、このような通貨供給の拡大が資産価格や物価に与える影響を意識し、現金や預金だけに資産を集中させないことが重要です。通貨の価値が緩やかに低下する環境では、実質的な購買力が目減りする可能性があるためです。

ただし、インフレは単一要因ではなく、供給制約や需要増加、政策要因など複数的に決まります。そのため、「すべてのインフレが通貨供給によって説明できる」と断定することは難しく、あくまで一つの視点として捉えることが現実的でしょう。

2. なぜ今、ドルや円が売られるのか?市場が懸念する「3つの不安」

近年の為替市場では、「ドルも円も同時に弱い」という一見矛盾した現象が見られています。本来であれば、どちらかの通貨が相対的に強くなるのが基本ですが、現在は主要通貨全体に対する信認そのものが揺らいでいる可能性が指摘されています。

その背景には、単なる金利差や景気動向では説明できない「構造的な不安」が存在します。本章では、市場が注視する3つの要因を整理します。

 2-1. 日米仏の借金拡大により、主要通貨の信認が揺らいでいる

まず押さえておきたいのは、先進国における債務拡大が通貨の信認に影響を及ぼし得るという点です。

通貨の価値は、その国の経済規模だけで決まるものでなく、「将来にわたって価値を維持できるか」という信用に支えられています。そのため、政府債務が増え続ける状況では、将来的にインフレや通貨価値の希薄化によって調整されるのではないかという見方が生まれやすくなります。

日本、米国、フランスといった主要国では、コロナ後の財政出動や社会保障費の増加を背景に、政府債務が高水準にあります。こうした環境下では、財政に対する懸念が為替市場でも意識されやすく、通貨への積極的な買いが入りにくい状況につながることがあります。

実際、為替市場では財政懸念が通貨安の要因として意識されており、積極的な財政政策による赤字拡大が通貨売り圧力につながる可能性が指摘されています。

また、2026年の為替見通しでも「財政懸念がくすぶる中では通貨への強い買いが入りにくい」との見方が出ており、これはドル・円双方に共通する構造的な弱点といえるでしょう。

このような状況から、現在は「どの通貨が強いか」を選ぶのではなく、「どの通貨も相対的に不安を抱えている」という構図になりつつあると考えられます。

 2-2. 政治的な行き詰まりが財政規律を緩め、通貨安を招く

次に重要なのが、政治の影響です。多くの先進国では、選挙や支持率を意識した政策運営が強まり、財政規律よりも短期的な景気対策や給付が優先される傾向が見られます。

このような状況は、結果として財政赤字の拡大を招き、通貨の信認に影響を与える可能性があります。

たとえば米国では、減税や歳出拡大が繰り返されており、同時に「強いドルは望まない」といった発言が市場心理に影響を与える場面もあります。こうした政治的な意思が、通貨安誘導の期待を生むケースもあると考えられます。

また、日本においても政権の政策スタンスや政治不安が円売り圧力につながる場面があり、政治と為替の関係は以前よりも強まっていると見られています。

さらに、2026年の市場では「政治イベントが為替の変動要因になる」との指摘もあり、政策の不確実性そのものが通貨の不安定化につながっている可能性があります。

このように、財政問題に加えて政治の不透明さが重なることで、将来の見通しが読みづらい通貨は敬遠されやすくなり、結果として売り圧力が強まる構図が生まれています。

 2-3. 国の利払い負担が重く、景気対策にお金を回せなくなる

3つ目の不安は、金利上昇による利払い負担の増加です。各国でインフレ対応として金利が引き上げられた結果、政府が抱える債務の利息支払いが急増しています。

これにより、税収の多くが利払いに充てられ、教育やインフラ、成長投資などに回せる資金が圧迫される可能性が指摘されています。

この状況は、企業でいうところの「借金の返済に追われて投資できない状態」と似ています。経済成長のための投資が滞れば、長期的な成長力が低下し、通貨の魅力も相対的に低下していきます。

さらに、この利払い負担の増加は、「財政悪化→通貨安→インフレ→さらなる金利上昇」という循環を生むリスクもはらんでいます。

実際、積極財政による利払い費の増加が通貨安圧力につながるとの見方もあり、これは円安の構造的要因の一つと考えられています。

また、金利上昇と通貨安が同時に進む状況は、本来であれば新興国で見られるような現象であり、先進国でも同様の兆候が意識されている点は、市場における警戒感を強める要因となっています。

3. 資金の逃避先となる「金」の優位性

金融市場が不安定になる局面では、投資資金がどこへ向かうのかが重要な論点になります。株式や不動産といったリスク資産は、景気や金利の影響を強く受けるため、価格変動が大きくなる傾向があります。

そのような環境下で、相対的に価値の保存手段として注目されやすいのが「金」です。

金は古くから価値の裏付けとして利用されてきた資産であり、現代においても資産防衛の観点から一定の役割を果たしています。特に、通貨の信用が揺らぐ局面やインフレが進行する局面において、価値の保存手段として注目されることがあります。

ただし、これはすべての市場環境や投資家に当てはまるものではなく、価格変動リスクも伴います。

 3-1. 「金は、中央銀行が発行量をコントロールできない「無国籍通貨」として機能する」

金の本質的な特徴は、特定の国家や通貨体制に依存しない点にあります。紙幣は各国の中央銀行によって発行され、その価値は金融政策や財政状況に左右されます。

例えば、景気対策として金融緩和が行われると、市場に供給される通貨量が増え、結果として通貨価値の希薄化が意識される局面も生じます。

一方で、金は中央銀行が発行するものではなく、供給量にも限りがあります。そのため、政策的な判断によって供給が急増する性質のものではなく、通貨と比較した場合、価値の希薄化リスクが相対的に限定される資産と位置づけられます。

また、世界各国の中央銀行が外貨準備の一部として金を保有している点も重要です。これは、特定の通貨への依存を避ける分散手段として金が活用されていることを示唆しています。

近年では、地政学リスクの高まりや通貨体制への不安を背景に、金の保有を増やす動きが見られるケースもあります。

さらに、金は国境を越えて価値が認識される資産です。特定の国の通貨価値が大きく変動した場合でも、金そのものの価値が急激に失われるとは考えにくいとされています。このような性質から金が「無国籍通貨」とも表現され、通貨の代替的な価値保存手段として位置づけられています。

 3-2. 通貨の価値が下がる局面では、相対的にモノの価値が上がる

通貨と実物資産の関係を考えるうえで重要なのは、「相対的な価値」という視点です。インフレとは、物価が上昇する現象ですが、見方を変えれば通貨の購買力が低下している状態と捉えることができます。

つまり、同じ商品であっても、より多くの通貨を支払わなければならなくなる状態です。

このような局面では、実物資産の価値が相対的に上昇する傾向があります。金もその代表的な存在の一つです。金は工業用途や宝飾需要を持つ実物資産でありながら、同時に価値保存の手段としても機能する特徴があります。

例えば、通貨の供給量が増加し続ける環境では、現金の購買力が徐々に低下する可能性があります。

その一方で、供給量が限られている金は、長期的に見て価値を維持しやすいと考えられる場面もあります。このため、インフレ局面や通貨安が進行する局面では、金への資金シフトが起こることがあります。

ただし、金価格も短期的には需給や金利動向などの影響を受けて変動します。そのため、常に価格が上昇するとは限らない点には注意が必要です。それでも、通貨価値の変動に対するヘッジ手段の一つとして、金が検討される理由はこの点にあります。

4. ウォール街でも賛否両論。「ドル離れ」に対する懐疑的な視点

近年、「ドル離れ」や「ドル崩壊」といった議論が注目を集めています。米国の財政赤字拡大や金融緩和の長期化を背景に、ドルの価値が将来的に下落するのではないかという見方があるためです。

一方で、ウォール街を中心とした金融市場では、こうした見方に対して慎重な意見も少なくありません。

実際の資本の流れや市場構造を踏まえても、ドルの基軸通貨としての地位が短期間で大きく揺らぐとは考えにくい側面があります。投資判断においては、こうした「強気」と「懐疑」の両面を冷静に捉えることが重要です。

 4-1. 米国株や米国債は依然として強く、ドル基軸体制崩壊論は時期尚早

ドルに対する懸念が語られる一方で、現実の資本の流れを見ると、依然として米国市場への資金流入は続いています。特に米国株式市場には、世界の中でも高い収益力と成長性を持つ企業が多く、グローバルマネーの主要な投資先となっています。

また、米国債市場は世界最大規模であり、流動性の高さや信用力の観点から、多くの投資家にとって重要な運用先とされています。金融市場が不安定になる局面では、むしろ資金が米国債に流入する「安全資産」としての側面も見られます。

さらに、ドルは国際決済や貿易の中心的な通貨として広く利用されています。エネルギー取引や金融取引の多くがドル建てで行われている現状を踏まえると、その基盤が短期間で大きく変化するとは考えにくいという見方もあります。

このように、ドルに対する懸念は存在するものの、現時点では代替となる通貨や仕組みが十分に整っているとは言い切れません。そのため、「ドル崩壊」がすぐに現実化するという見方には慎重な姿勢も多く見られます。

 4-2. 全資産の移動は危険。ポートフォリオの一部で備える

仮にドルの価値低下リスクを意識する場合でも、資産を一方向に大きく移動させる判断には慎重であるべきです。金融市場は常に不確実性を伴うため、特定のシナリオに過度に依存した投資は、大きな損失や機会損失を招く可能性があります。

例えば、「ドルは必ず下落する」との前提で資産をすべて他の通貨や金などに移した場合、想定と異なる市場展開となった際には、結果として資産全体のパフォーマンスを損なうことも考えられます。

市場は金利、景気、政策、地政学といった複数の要因が複雑に絡み合って動くため、単一の見方に基づく判断は偏りを生みやすいと考えられます。

こうした背景から、多くの専門家は「分散投資」の重要性を指摘しています。ドル資産を保有しつつ、一部を金や他通貨、株式などに分散することで、特定のリスクに対する耐性を高めるという考え方です。

これにより、どのシナリオが現実となった場合でも、資産全体の安定性を保ちやすくなります。

また、投資対象だけでなく、投資タイミングや保有期間の分散も有効です。一度に大きく資産配分を変更するのではなく、段階的に調整していくことで、市場の変動リスクを抑えることが期待できます。

5. まとめ

ディベースメント・トレードは、通貨価値の低下リスクを前提に、資産配分を見直すための一つの考え方です。財政悪化や通貨供給の拡大が続く環境では、現金の購買力が徐々に低下する可能性も指摘されています。

そのため、金などの実物資産や複数の通貨・資産への分散が検討される場面もあります。

一方で、ドルの基軸通貨としての地位や米国市場の強さを踏まえると、極端な資産移動には慎重な姿勢も重要です。将来の不確実性を前提に、バランスの取れた資産配分を考えることが、現実的なアプローチといえるでしょう。

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篠崎 勇一郎

保有資格:証券外務員一種、生命保険協会認定保険募集人、FP二級技能検定資格

資産・不動産・M&Aまで対応

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