スポーツ

武田美保インタビュー前編 メダリスト光と影|限界のシンクロ人生、どん底から這い上がった本当の強さ

「表現者としての覚悟」

それは武田美保の競技人生を支え続けた情熱の源泉だ。

小学2年生で競技に出会い、1988年ソウル五輪での小谷実可子さんの姿に衝撃を受け「これで生きていく」と決意。名門・井村シンクロクラブへの移籍を経て、若くして日本代表の座を掴み取った。しかし、その華やかな経歴の裏側には、常に「自分自身」との熾烈な闘いがあった。

身長差のあるパートナーとのペアリング、名将・井村雅代コーチからの限界を超えた要求。一時は「逃げ出したい」と心を閉ざした時期もあったが、家族の支えと「積み上げてきた自分を否定したくない」という意地が、彼女を再びプールへと向かわせた。

3度のオリンピック出場、そして日本初の世界水泳金メダル獲得。数々の栄光を手にしながらも、彼女が探し求めていた「足りないもの」とは何だったのか。本インタビューでは、競技の原点から、苦悩の末に辿り着いた指導者との対等な関係、そして長く世界の第一線で輝き続けるための「自己変革術」に迫った。


【競技との出会いと「これで生きる」という決意】

1988年のソウルオリンピックで、当時のシンクロナイズドスイミングに小谷実可子さんが出場しているのを見たことがきっかけです。

当時はまだマイナースポーツでしたが、小谷さんがテレビなどで特集され、競技の知名度が一気に高まったと思います。自分たちが経験したことのないくらい多くの観客の前で泳ぎ、メダルを獲った姿を見て、「これで生きていきたい」と心に決めました。

競技自体は小学校2年生から続けていました。

そうです。今でも珍しいと思いますが、そのスクールにはシンクロのコースがありました。

そこでたまたまシンクロの先生が声を掛けてくださったのがきっかけです。今でこそ男子もやる競技になりましたが、当時は女子だけの競技でした。

井村先生が独立されたばかりの頃で、練習拠点がいくつかあり、私が通っていたスイミングスクールのプールがその一つで、そこで指導をされていました。

私が競技を始めた頃から井村先生は全日本のコーチでもあり、そこにいろいろなクラブから選手が集まるようになって、気づけば日本代表を次々と輩出するクラブになっていきました。

私はもともと通っていたスクールから移籍した選手の3世代目にあたります。1つ上の世代には奥野史子さんもいらっしゃいました。

一緒に練習していた仲間が移籍の話をしていた際に、たまたま近くにいた母に先生から「あなたのところはどう?」と声を掛けてくださったことがきっかけで、私も移籍することにしました。先輩方がすでに移籍されていたことも決め手でしたね。


【進路選択と基礎づくりの時代】

はい。最優先に考えていたのは、練習時間を確保することと、選手としてのキャリアの道筋を描けることでした。

その環境を確保できる私学やスポーツ推薦のある学校を選びました。

小学生6年生で、シンクロを進路にすると決めたとお話ししましたが、競技に出会った当初からシンクロがとにかく好きでした。うまくなりたい、そのためにはどうすればいいのか、、を考えること自体が好きでした。

「あの技術ができれば、もっと動けるはず」とか「手の角度はこうやって水をかいているんだな」と、周りの上手な選手を見て研究していましたね。

どの競技もハードですが、この競技は特に過酷ではないかと思っています。練習時間は長く、息を止めながら演技をしなければなりません。持久力だけでなく、表現力、柔軟性、音感といったセンスも求められます。

ひとつの技術を身に着けるには、反復練習以外に方法がありません。レベルが上がるほど求められる技術も増えて、より過酷になります。

最初は「好き」という気持ちで頑張れていましたが、高校生くらいになると、レベルもさらに上がってきて、息も苦しくて、正直逃げ出したいと思うほどしんどかったです。好きなだけでは続けられない競技なので、そこを乗り越えることが大前提。

さらに乗り越えた先では自分と向き合うことが必要でした。子供の頃から考えることが好きだったのは、活きたと思います。

もうひとつは、母とのコミュニケーションです。日頃から、母がうまく質問を投げかけてくれて、それに答えることが習慣になっていました。そのやりとりの中で自分の中で考えが整理され、自分とうまく向き合う力が育ったのだと思います。


【メダルの先にあった葛藤】

初めてのオリンピックでは、メダルが獲れたら、(競泳・平泳ぎのバルセロナオリンピック金メダルの)岩崎恭子ちゃんの言葉じゃないですけど「今まで生きてきた中で一番幸せ」になるのではないかと夢を描いていました。でも実際は、全然違いました。

メダリストという肩書きは得られましたが、心の中には後悔や不完全さが残っていたからです。その「何か足りないもの」を探し求めていたら、結果的に3回オリンピックに出た、という感覚ですね。

1997年から、2歳上の立花美哉さんとデュエットを組ませてもらうことになった時期です。

選考会で1位、2位だったこともありペアを組むことになりましたが、世界的に見ても身長差があって、タイプの異なる選手が組むことは珍しく、難しさを感じていました。

中国の選手は3、4代続けて双子ですし、最近ではオーストリアやパリオリンピックで銅メダルを獲ったオランダの選手も双子でした。この競技は、似ていることが有利なんです。

私は立花さんより身長が5センチ低くて動きも直線的。一方で、立花さんはしなやかに動くタイプで、体格も表現もまったく違いました。自分の体格以上の高さを出さなければいけないなど、世界一を目指すには、自分の実力以上のものを求められました。

井村先生は私の性格をよく理解されていたので、私は発破をかけられながら、常に限界以上を求められていました。今振り返ると、その時期が一番苦しくて、井村先生に対しても心を閉ざしてしまって、ネガティブなことばかり考えていました。

「立花さんが2人欲しい」と言われているように感じてしまっていたこともあります。自分にしかない持ち味や魅力が分からなくなっていた時期でしたね。

正直に言うと「もう無理だ、辞めたい」と思いました。でも、これまで私だけではなく家族の時間も含めて、人生で尋常ではない時間をシンクロに注いできました。

もし私が要求に応えられずに辞めたら、これまで積み重ねてきた全てを否定することになってしまいます。自分が否定したまま終われるのか、と考えた時に、それは嫌だと思ったんです。

そこで、「どうすれば少し楽になれるか」を考えました。気づいたのは、クラブに行っても、代表に行っても井村先生がいて、苦しいと感じていたけれど、実は自分自身が変わろうとしていなかったということでした。

「認めてもらえていない」と感じていることが、一番苦しかったんだと気づいたんです。

それまで心を閉ざしていたので、まずは返事のトーンを変えよう、目に力を宿そう、と小さなことから変えようとしました。すると鋭い井村先生がすぐに気が付いて、「あなたが変わろうとするのを待ってたよ」と声をかけてくださったんです。そこから、少しずつ状況が好転していきました。


【対等な関係へ──指導者との関係性の変化】

2000年のシドニーオリンピックまでは、アドバイスや指導を全て受け入れる立場でした。転機は2001年に福岡で開催された世界水泳ですね。

テーマがロボットやパントマイムで、カチカチした動きや顔の表情を取り入れる演目でした。その時に「私が楽しいと感じるのはこういう表現なんだ」と立ち返ることができました。

この大会では、私と立花さんはチーム演技からは外れて、ソロとデュエットに集中しました。私は器用さも強みとして持っていたので、「どんな相手でも合わせられることが私のプロフェッショナルだ」と思えるようになりました。

立花さんのクローンではなく、私なりの取り組みが出来るようになったと思えた時期でした。当時25歳で、「こういう練習をやってみたい」と自ら井村先生に提案できるようになって、すると先生も「いいよ、やってみて」とか「どう思う?」と意見を聞いてくださるようになりました。

演目や練習メニューについても「これやってみようと思うけど、どう思う?」と相談し合える関係になったのが、2001年でしたね。

「武田美保インタビュー後編 メダリスト光と影|限界のシンクロ人生、どん底から這い上がった本当の強さ」は3月16日公開


〈プロフィール〉

〈プロフィール〉

武田 美保(たけだ みほ)

1976年9月13日生まれ。日本の元アーティスティックスイミング選手(デュエット・チーム)。京都府京都市出身。

四天王寺高校、立命館大学を経て、13歳でジュニア日本代表に選出され井村シンクロクラブへ入部。シニア代表入り後は立花美哉とのペアで中心選手となり、抜群の同調性と豊かな表現力から繰り出す力強く美しい演技を武器に、世界屈指のスイマーへと成長した。

1996年アトランタ五輪から3大会連続で日本代表に選出され、日本のメダル獲得にも貢献。2000年シドニー五輪で銀メダルを獲得した後も主力として日本を牽引し、2001年には世界水泳で日本史上初の金メダルを獲得。2004年には日本女子選手で当時最多となる通算5個目の五輪メダルを獲得するなど、世界の第一線で輝き続けた演技でファンを魅了した。

FPメディア編集部

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