スポーツ

河田剛インタビュー前編「仕事も競技も一流」日米の経験から語るスポーツの価値

「仕事も競技も一流でやる。」

その言葉は、河田剛のキャリアを一貫して貫いてきた哲学だ。大学から始めたアメリカンフットボール。社会人として働きながら競技を続け、やがて渡米し、世界最高峰の環境で選手と向き合う――その歩みは、常に「中途半端であること」を拒み続ける選択の連続だった。

日本では当たり前とされてきた「多少の無理」や「我慢」に疑問を投げかけ、選手を“アセット(資産)”として捉える合理的な育成思想。ケガへの向き合い方、専門家の分業、ROI(Return On Investment:投資利益率)を前提とした大学スポーツの構造。河田の言葉は、スポーツの枠を超え、組織論や人材育成、さらにはビジネスにも通じる視座を持つ。

本インタビューでは、社会人選手として競技を続けた理由、アメリカで学んだ「やれば分かる」文化の本質、スタンフォードで実践される育成と投資の思想、そして日本社会が抱える構造的課題までを、河田剛の原体験からひも解いていく。


【仕事も競技も一流でやる】

━━大学進学後にアメフトを始めた経緯は何ですか

高校生の頃、日本テレビで深夜に放送されていたアメフトの番組を見て、純粋に「かっこいいな」と思ったのがきっかけでした。

当時はラグビーもブームだったので、アメフトかラグビーのどちらにするか迷ったのですが、最終的にはアメフトを選びました。理由はシンプルで、グラウンドが近かったのでアメフトを選びました。

━━社会人になってからも競技を続けられましたが、仕事との両立で苦労した点はありますか

リクルートの関連会社に就職しました。リクルートの選手たちは水曜、土曜、日曜に練習していたのですが、僕は仕事の関係で土日しか練習に参加できなかったんです。最初はそこが一番大変でしたね。

ただ、「仕事と競技の両立」は特別なことではなく、やって当たり前だと思っていました。

例えば試合の翌日は誰よりも早く出社するとか。そうした意識は常に持っていましたし、それはチームのフィロソフィーでもありました。「仕事も競技も一流でやる」という考え方です。

━━会社員として働きながらアメフトを続けることの難しさ、そして楽しさはどこにありましたか

難しさでもあり、楽しさでもありましたね。正直、仕事と競技の両方をやっている自分に、どこか酔っていた部分もあったと思います。今振り返ると、ですが。

忙しい中でも続けていること自体に達成感がありましたし、「両立している自分」に価値を見いだしていたところもあったと思います。

━━アメリカでも社会人として働きながら競技を続けるケースはあるのでしょうか

僕の周りでは、ほとんどいないですね。アメフトが好きで、クラブチームで楽しんでいる人はいるかもしれませんが、日本のような形で続けている人は見たことがありません。


【選手はアセットである】

━━ケガをした際に意識していたこと、またケガで離脱している選手にどのような声をかけていますか

ケガも競技の一部だと思っています。その中で大事なのは、「今できることを100%やる」ことです。

よく選手たちに伝えているのは、例えば下半身をケガしている選手には、「今は上半身を鍛えるチャンスだ」と伝えています。

80%や90%の状態で無理に戻ってこなくていい。ケガをする前より強くなって、110%の状態で戻ってこよう、と言っています。

━━日本では「多少痛みがあってもプレーする」という文化がありますが、アメリカとは考え方が違うのでしょうか

全く違います。僕はよく「日本ではスポーツが社会的に軽く見られている」と言うのですが、その象徴がケガへの向き合い方だと思っています。

アメリカでは、ケガをケアするプロフェッショナルの数が圧倒的に違います。チームドクター、アスレチックトレーナー、ストレングスコーチ。この3つの組織が連携して、どうすれば1日でも早く復帰できるかというプログラムを組みます。

さらにフィジカルセラピストも加わります。それぞれの専門家たちが知見を持ち寄ることで、質はどんどん上がっていきます。彼らは英知を結集して対応しています。

一方で日本は、それらがすべて一緒になってしまっている。プロフェッショナルの数が多いほど、質は上がるんです。

━━ストレングスコーチは、具体的にどのような役割を担っているのですか

例えば、NFLのスカウトがグラウンドに来たとき、彼らがまず話を聞きに行くのはストレングスコーチなんです。

なぜかというと、選手と一番長い時間を一緒に過ごしているのが彼らだからです。

1日1~2時間、週5日一緒に過ごしていて、フィジカルだけでなくメンタル面も含めて、選手のことを一番よく分かっている存在です。チームによっては、ストレングスコーチのチームだけで10人以上います。

一方で、日本には数えるほどしかいません。僕はよく「大谷翔平は日本のシステムでは生まれない」と言っています。メジャーリーガーは年間160試合を戦っていますが、その中で3日に1回はウエイトトレーニングを行わなければなりません。

アメリカでは競技のコーチとは別に、ストレングス&コンディショニングコーチがいて、競技指導とは完全に役割が分かれています。疲労が回復してきた段階、ケガが治ってきた段階で「次に何をやるべきか」を設計してくれる存在です。

例えば、試合の翌日はウエイトトレーニングを行い、その次の日をオフにする、といった具合にスケジュールを組んでくれます。

ストレングスコーチとメディカルチームが何をやっているかを一言で言うと、「よってたかってケアする」です。

大学からすると、選手はチームにとってのアセット(資産)であり、僕ら自身も投資対象でもあります。ROIを最大化するために、パフォーマンスを著しく下げる要因は排除していく。その考え方が徹底されています。


【「やれば分かる」文化が、成長を加速させる】

━━選手引退後、まずは国内で指導者としてのキャリアをスタートされました。完全にアメフトから離れることは考えませんでしたか

考えなかったですね。シンプルに、アメフトが好きでしたから。選手生活が終わる頃には、「アメフトで飯を食っていけたらいいな」と思っていました。

━━2007年に退職して渡米されましたが、アメフトの本場を目指した経緯を教えてください

一番のきっかけは、「やりたいことをやろう」と思ったことです。自分が何をやりたいかは分かっているのに、それに向かってまっすぐ努力できていない時期がありました。

2007年2月にNFLヨーロッパのチームのキャンプがフロリダで行われると聞いて、「参加したい」と思ったんです。

前年の暮れに仲の良かったアメリカ人コーチに相談したら、「いいよ、来いよ」と言ってくれて、行くことになりました。

ところが、その後メールを送ってもまったく返信がない。休みも飛行機も取っていたので、とりあえず現地に行ったら、「ごめん、連絡できなくて」と満面の笑みで向こうから近づいてきたんです。

その時に、「彼らにとって優先順位が高くないと、メールは返ってこないんだな」と理解しました。今思えば、キャンプ準備で一番忙しい時期だったはずです。だから「来るなら勝手に来い、用意はしておくから」ということだったんでしょうね。実際、行ってみたら泊まる場所も含めて、全部準備してありました。

その日の夜、リクルート時代の先輩に電話して「いい加減ですよね」と言ったら、「俺にはその気持ちが分かる」と言われたんです。

その先輩はエージェントのような仕事もしていて、アメリカでスポーツビジネスを学びたい若者からインターンの申し込みが山ほど来るらしいんですが、「面倒なことを言ってくるのは日本人だけだ」と言われました。

━━その”面倒なこと”とは、どういった内容なのでしょうか

「どこに泊まればいいですか」「車は借りられますか」「保険はどうなりますか」といったことです。日本人からすると、当然の確認ですよね。

でも振り返ると、僕自身も「自分のやりたいことをやりに行く」のに、保証ばかり求めていたなと思ったんです。

翌日、僕の面倒を見てくれたインターンのコーチに質問したら、「いろいろ聞いてくるけど、お前の言ってることの99%はやれば分かる」と言われました。前日の話と全く同じだな、と。

もちろん、女性が危険な国にバックパックで行くのとは話が違います。でも日本人は、全部順序立てて整えてから動こうとする。だから投資でも、チャンスを逃してしまうんだと思います。

これまで19年間、「河田さんみたいにアメリカでやりたいんです」と言ってくる選手やコーチはたくさんいました。でも大半は”やるやる詐欺”、”来る来る詐欺”で終わってしまっていますね(笑)。

こうした「やる前に保証を求めすぎて動けなくなる」構図は、アメフトの世界に限った話ではありません。行動できる人と、できない人の差は、能力よりもむしろ意思決定と動き出しの早さにあると感じています。

━━それは他の競技や、他の業界でも同じかもしれませんね

そうですね。できる人ほど、メールは短いです。必要なことのみ。

アメリカでは「ディストラクション(distraction)」という言葉をよく使いますが、「一旦、全部ぶっ壊せ」という考え方です。よく聞く言葉ですよね。

━━日本では現場では優秀でも、マネジメント側になると難しくなるケースが多いと感じます。その点はいかがでしょうか

日本は終身雇用がベースにあります。だから失敗が許されにくい。「俺が責任を持つからやれよ」と言えるリーダーが少ないんです。

アメリカの場合は、ダメだったら辞めればいい、という感覚の人が多い。もちろん、とんでもない失敗もたくさん起きているとは思いますよ。ただ、表に出てこないだけで。

━━アメリカにいて、日本の文化が活きたと感じる場面はありますか

細かいことを順序立ててやる、というのはみんながやらないことですね。仕事の進め方という部分ですね。

リクルートでは印刷工程の関連会社にいましたが、単なるスケジュール表だけでなく、その先を見据えて動けることは重宝されました。

━━「その先を考える」という点について、もう少し具体的に教えてください

例えば飛行機で移動する時ですね。着陸したら、荷物の搬出をスタッフ任せにせず、自分たちも一緒に手伝います。

それから、ワシントンのように雨が多い場所に行くときに「レインギアがあったほうがいいんじゃないか」と提案すると、「そうだな」と感心されることもあります。

そういう一歩先を想像するということです。自分がどうか、ではなくて、「みんながどうか」を考えるということですね。

河田剛インタビュー後編「仕事も競技も一流」日米の経験から語るスポーツの価値は、1月〇〇日公開予定


〈プロフィール〉


河田 剛(かわた つよし)

1972年埼玉県生まれ。アメリカンフットボール指導者、解説者。

城西大学卒業後、リクルートシーガルズ(現オービック)で活躍し、選手として4回、コーチとして1回の日本一を達成。1999年の第1回W杯優勝メンバー。 2007年に渡米し、米名門スタンフォード大学で日本人初のコーチングスタッフに就任。

2011年からはフルタイムのコーチとして正式採用され、16シーズンにわたり本場の最前線で指導に当たった。2018年にはサンフランシスコ大学にてスポーツビジネスマネージメント修士号を取得。

現在は、Xリーグ「ノジマ相模原ライズ」のヘッドコーチとして現場の指揮を執る傍ら、母校・城西大学の客員教授、日米のスタートアップ支援のアドバイザー、NHKでのNFL解説など幅広く活動。著書に『不合理だらけの日本スポーツ界』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)がある。

FPメディア編集部

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