※本ページ内の情報は2025年12月時点のものです。

B.LEAGUE(Bリーグ)において、観客動員数、売上高ともにトップクラスを誇り、日本バスケットボール界を牽引する千葉ジェッツふなばし。
2024年に開業した「LaLa arena TOKYO-BAY」は連日1万人もの観客で埋め尽くされ、その熱狂はスポーツの枠を超えたエンターテインメントとして注目を集めている。
しかし、その道のりは決して平坦ではなかった。
2020年のコロナ禍、危機的状況に陥っていた。 その窮地を救い、現在の繁栄の礎を築いたのが、親会社である株式会社MIXIから千葉ジェッツふなばしの代表取締役就任へした田村征也氏だ。
「情熱だけでは飯は食えないが、論理だけでも人は動かない」 MIXIでのヒットゲーム『モンスターストライク』や店舗事業で培った「データドリブンな経営」と、スポーツならではの「泥臭い熱狂」。
この相反する要素をどう融合させ、組織を再生させたのか。田村社長の経営哲学と、次なる10年のビジョンについてうかがった。
1.「融資」ではなく「出資」を選んだ経営判断のロジック
ーー就任直後の2020年、コロナ禍で経営危機に直面されました。「経営の独立性」にこだわる選択肢もあった中で、なぜあえて親会社(MIXI)からの「増資(子会社化)」を選ばれたのでしょうか。
田村征也(以下、田村): 当時はコロナ禍で、正直に言えば先行きは全く見通せない状況でした。
しかし、私の中に「事業を縮小する」や「止める」という選択肢はありませんでした。これまで熱狂的に支えてくださったファン・ブースターの皆様や、パートナー企業の皆様の存在があったからです。
むしろ、この苦境を乗り越えた先には、計画していた新アリーナ(LaLa arena TOKYO-BAY)や新たなサービスで、お客様の期待を遥かに超える感動を届けなければならない。そう強く思っていました。
そのためには、一時的な延命措置ではなく、未来に向けて思い切った投資ができる「強固な財務基盤」が不可欠です。ジェッツが提供できる価値を最大化することこそが誠意だと考え、親会社からの「増資」という道を選びました。

2.「熱狂」と「規律」の融合。組織を強くするKPIマネジメント
ーー組織体制の変革にも着手されました。どのような変化をもたらしたのでしょうか。
田村:就任当時、ジェッツのスタッフは本当に優秀で情熱的でしたが、組織としては「個のマンパワー」に依存しすぎていました。
当時は、部署や役割に関係なく「社員全員で設営や準備」を行い、とにかく全員でやり切るのが当たり前でした。一見すると「チームワークが良い」とも言えますが、経営視点で見れば、これは大きな機会損失を生んでいました。
本来一番力を注ぐべき「どうすればお客様にもっと喜んでもらえるか?」という企画や戦略を練る時間が取れていませんでした。
ーーそこで、あえて体制を変える決断をされたと。
田村: はい。当時は決して余裕のある財務状況ではありませんでしたが、経営判断として「人材採用」に踏み切りました。
個のマンパワーで凌ぐのではなく、人を増やして役割分担を明確にする。そうすることで、各スタッフが「自分の専門領域」にフルコミットできる環境を整えました。
その上で、MVV(ミッション・ビジョン・バリュー)を再定義し、部門ごとに明確なKPI(重要業績評価指標)を導入しました。
「汗をかいて頑張ること」も大切ですが、それ以上に「プロとして役割を果たし、数字で成果を出すこと」へ意識を変革しました。
情熱をエンジンの燃料にするなら、役割分担とKPIは目的地へ迷わず進むためのハンドルです。この両輪が噛み合ったことで、組織として一段高いレベルへ成長できたと感じています。

3.「モンスト」の熱狂をアリーナへ。ITとリアルの結合
ーー現在のアリーナ戦略についてどのような体験設計を重視されているのでしょうか。
田村: 最も重視しているのは、やはり「コミュニケーション体験」です。
アリーナという場所を、単に試合を観戦する施設ではなく、そこでの会話や熱狂を通じて人と人が繋がる「コミュニケーションの場」にしたいと考えています。
そのために、私たちが徹底したのは「ノイズ(ストレス)の排除」です。 従来のスポーツ観戦では、飲食を買うために長い行列に並んだり、支払いに手間取ったりすることで、試合の大事な場面を見逃してしまうことがありました。
これはお客様にとって「試合も見れず、友人と会話もできない」という最大のノイズです。
そこで、ITを活用して購買フローをスムーズにするなど、お客様の「待ち時間」や「手間」を極限まで減らす工夫を取り入れました。
あくまで主役は「試合と会話」ですから、それ以外の時間をITで効率化し、熱狂に集中できる環境を作ることにこだわっています。
ーー田村社長は以前、リアル店舗「XFLAG STOREやPARK」の経営も経験されました。当時の経験は、LaLa arena TOKYO-BAYでのUX(顧客体験)設計にどのように活かされていますか?
田村:店舗経営での最大の学びは、「中途半端な体験では、お客様の心は動かない」ということです。
XFLAG時代、リアルな場でお客様と接する中で痛感したのは、こちらが「これくらいでいいだろう」と少しでも妥協すれば、それはすぐにお客様に伝わり、熱狂は生まれないという事実でした。
逆に、細部までこだわり抜き、お客様の想像を超えるような体験を提供できた時、初めて「感動」や「熱狂」が生まれます。
ーーその哲学が、アリーナ運営にも反映されていると。
田村: はい。だからこそ、アリーナ運営においては効率性よりも「体験の質」を最優先にしています。
判断に迷った時は、「これはお客様の期待を超えているか?」という基準で決める。 「迷ったら、お客様が喜ぶ方を選ぶ」。
このシンプルな、しかし最も重要な判断軸を持てているのは、過去のリアル店舗での経験があるからです。
4.渡邊雄太選手の加入と、チームにもたらした変化
ーー渡邊選手の加入は、ビジネス面でも大きなインパクトがありましたか
田村:はい、凄まじい反響がありました。
加入発表直後から、多くの反響があり、チケット販売も、これまで以上に手に入りにくい状況が続いています。
さらに、チーム全体の「基準」が一段引き上げられたと思います。
「良い選手を獲れば強くなる」だけでなく、「事業としても成長し、次の投資を生む」という好循環を作れたことは、クラブ経営において非常に大きな成果だと捉えています。
ーー長年チームを牽引してきた富樫勇樹選手の存在も大きかったのでしょうか。
田村: 非常に大きいです。富樫選手はジェッツの象徴であり、彼が10年かけて築き上げてきたチームカルチャーがあります。渡邊選手も日本代表で富樫選手と共闘しており、彼への信頼関係はすでにありました。
富樫選手が作ってきた土台があるからこそ、渡邊選手も安心してチームに入ることができた。
既存のカルチャーと、新戦力がスムーズに融合できたのは、間違いなく富樫選手の存在があってこそです。

5.看板を出すだけでは終わらせない。「イノベーションパートナー」という新常識
ーー2020年頃から提唱されている「イノベーションパートナー」について伺います。これは従来の「ロゴ露出」中心のスポンサーシップとは何が違うのでしょうか。
田村: 一言で言えば、「クラブのアセット(資産)を使って、御社の経営課題を解決してください」という提案への転換です。
従来のスポーツスポンサーといえば、「ユニフォームや看板にロゴを出して知名度を上げましょう」という広告モデルが主流でした。
そこで私たちは、看板を出すこと自体をゴールにするのではなく、「アクティベーション施策」「POC」「R&D」といった、企業の具体的な経営課題に直結するソリューションを提案するようにしました。
ーー具体的に、どのような活用事例があるのでしょうか。
田村:一つ目は「福利厚生(インナーブランディング)」としての活用です。
スポンサー特典の観戦チケットを、社員の皆様への還元として活用していただくケースです。
実際に社員の方々がアリーナへ足を運び、試合を楽しんでいただくことで、社内コミュニケーションの活性化など福利厚生の一環として役立てていただいています。
二つ目は「採用活動(リクルーティング)」です。
「千葉ジェッツのオフィシャルパートナー」であることを発信していただくことで、企業のブランディングに繋がり、結果として「採用活動が円滑になった」というお声をいただくことが増えました。
6.次なる10年への布石。「日本一」のその先へ
ーー最後に、今後のビジョンをお願いします。
田村: 2026年から始まる「B.LEAGUE PREMIER」は一つの通過点に過ぎません。私たちが目指しているのは「アジアNo.1」、そしてゆくゆくは「NBAを超える」というゴールです。
もちろん、これは千葉ジェッツ一社だけで実現できる話ではありません。 アジア中から人を呼び込み、世界と戦えるエンタメハブを作るには、インバウンド戦略を含め、自治体やパートナー企業、そして地域の皆様との強力な連携が不可欠です。
ーー「オール千葉」「オールジャパン」で挑む必要があると。
田村: その通りです。アリーナ単体で人を呼ぶのではなく、街全体でどうおもてなしをするか。
NBAは競技レベルでは世界最高峰ですが、「エンターテインメントとしての顧客体験」という点では、日本独自の細やかなおもてなしや地域の魅力、そしてITを融合させることで、まだ勝てる余地があると考えています。
私たちだけでは微力ですが、多くのパートナーと手を携えることで、日本から世界を熱狂させるコンテンツを生み出していきたいですね。
ーー最後に、不確実な時代を戦うリーダーたちへ、メッセージをお願いします。
田村: 私自身、MIXI時代から大切にしてきたマインドセットがあります。 それは、「信念(軸)を持って期待を超え続けること」、そして「来た球は全部打つこと」です。
変化の激しい現代において、「正解」など誰にも分かりません。どれだけシミュレーションをしても、やってみなければ分からないことだらけです。
だからこそ、目の前に来たチャンス(球)を選り好みせず、まずはフルスイングしてみる。
変化を恐れず、打席に立ち続けること。その泥臭い積み重ねの先にしか、まだ誰も見たことのない景色は広がっていないと信じています。
〈プロフィール〉

田村 征也(たむら・まさや)
株式会社千葉ジェッツふなばし 代表取締役社長。
2008年、株式会社ミクシィ(現MIXI)に入社。2019年よりスポーツ事業本部にて千葉ジェッツふなばしの経営再建に従事し、2020年7月、代表取締役社長に就任。IT企業で培った知見を活かし、チームの黒字化、リーグ優勝、新アリーナ建設など、数々のプロジェクトを成功に導く。