「お金の不安は、プレーに影響する」
華やかなスポットライトを浴びるプロサッカー選手。しかし、その現役生活は決して長くはない。怪我、契約満了、そして引退後の長い人生。ピッチ上の敵だけでなく、見えない将来の不安とも戦わなければならない。
「金融リテラシーを、もう一つの武器に」
そんな想いのもと、FC東京のクラブスポンサーである株式会社ファーストパートナーズが、若手選手を対象とした金融セミナーを開催した。講師を務めたのは、自身も元アスリートとしての経験を持つ同社代表の中尾剛氏だ。
ピッチ外でも“プロ”として自立するために。税金、資産管理、そしてクラブ経営の視点まで、選手たちが真剣な眼差しで学んだ「お金と未来の授業」に迫る。

税務・支出・将来設計の三本柱を意識する
━━現役時代から備えるべきこととは
大きくまとめると、プロ選手が意識すべきことは「税務・支出・将来設計の三本柱を意識する」ことです。
サッカー選手は個人事業主であり、一般的な企業に勤める同世代の友人と比べると収入の変動が大きく、手当の仕組みも複雑です。そのため、まずは「税務面でのリスクの管理」が重要となります。
次に、日々の支出を把握し、資産形成を視野に入れた管理を行うこと、そして早い段階から「引退後の生活設計」に取り組むことがポイントです。
現役の今こそ、将来の選択肢を広げるために「将来に強い土台づくり」を進める必要があります。

J1選手の「実例」から学ぶ資産形成
━━実際に始めている選手の事例はありますか
セミナーでは、実際に資産運用を行っている20代のJ1現役選手の事例が紹介されました。
その選手は、最初は「月10万円の積立投資」からスタートしました。そこで運用に手応えを感じた段階で、米国のIT関連企業の成長を見据えて400万円を追加投資。その結果、運用開始から約1年で「プラス100万円」の実績を実現したといいます。
いきなり大金を動かすのではなく、「少額で始める」→「結果を確認する」→「確信を得て追加する」というプロセスを踏むことが、失敗しないための重要なステップです。

━━具体的な制度活用とシミュレーション
制度面では、個人事業主の退職金代わりとなる「小規模企業共済」などの活用が有効です。
掛金が全額所得控除の対象となるため、税務メリットを受けながら将来に備えることができます。また、NISAを活用した長期シミュレーションも紹介されました。
例えば、現役中(22歳〜)に「毎月3万円」を積み立て、引退時(28歳想定)に退職金代わりの資金などから「240万円」を追加投資したと仮定します。それを70歳まで年利5%で複利運用し続けた場合、総資産は「1億円」を突破する計算になります。
「現役時代の資産」が時間をかけて成長し、老後の安心を支えてくれるのです。

クラブ経営の視点を持つ
━━FC東京の収益構造はどうなっているのか
「そもそも自分たちの年俸はどこから出ているのか?」を知ることは、プロとしての価値を高める第一歩です。
今回のセミナーでは、実際のFC東京の決算書を用いてワークショップを行いました。
多くの選手は「お客さんがスタジアムに来てくれるチケット代(入場料収入)」が一番大きいと考えていましたが、実際には「スポンサー収入」が最も大きな割合を占めています。
ユニフォームの胸スポンサーや、ゴール裏の看板など、多くの企業の支援によってクラブは成り立っています。
そして、支出の中で最も大きいのが「チーム人件費」、つまり選手や監督、コーチへの報酬です。

━━この事実を知った上で、選手は何をすべきか
選手たちはグループに分かれ、「スポンサーになりたいと思ってもらうには?」「観客を増やすには?」をテーマに議論しました。
「企業の宣伝にもなるような価値ある選手になる」「世界を知る指導者を招いてチームの底上げを図る」といった意見が出ました。
自分たちのプレーや振る舞いが、クラブの価値、ひいてはスポンサー企業の価値にどう繋がるかを考える良い機会となりました。

最後に
━━「お金の基礎体力」をつける
競技には怪我のリスクが伴い、将来への不安がプレーに悪影響を及ぼすことも少なくありません。だからこそ、若いうちから「お金の基礎体力」をつけておくことが重要です。
金融リテラシーという「守りの武器」を持ち、金銭面の不安を軽減できれば、より競技に集中できる環境が整います。
これからはAI(人工知能)の時代が来ると言われていますが、ピッチの上で皆さんが生み出すドラマや感動は、AIには決して代わることができません。アスリートとしての価値を最大限に発揮するためにも、金融というもう一つの武器を磨き、未来を切り拓いていってほしいと願っています。
