
「変化の時代にどう組織を導くか」——経営の最前線に立つ二人が語る、挑戦と信頼のマネジメント論。
今回は、FC東京 会長・大金 直樹氏と、同クラブのオフィシャルスポンサーである株式会社ファーストパートナーズ 代表取締役・中尾 剛による特別対談をお届けします。
対談のテーマは、「変化の時代にどう組織を導いていくか」。Jリーグクラブの経営というダイナミックな現場を率いる大金会長と、証券・M&Aの分野で企業価値の本質に向き合ってきた中尾。異なるフィールドに立ちながらも、組織を成長に導くという共通の命題に挑む両者が、経営の判断軸、挑戦と守りのバランス、そして人と人のつながりについて熱く語ります。
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1. 経営者としての判断軸
━━まずは、経営者としての「判断軸」についてお伺いします。これまで数多くの困難な局面を乗り越えてこられたお二人ですが、そうした状況で最も大切にしてきた基準や視点とは?
大金会長:
私たちはスポーツ事業を生業にしているので基準となるのは、やはりファン・サポーター。応援してくれている人たちの存在です。その方々がどう感じるかが私の判断基準でした。
クラブの成績や勝敗は、どうしても浮き沈みがあるもの。しかし経営はそれとは別の視点も必要です。
私は、勝っても負けても応援してくれる人たちをどう増やすか。クラブを支えてくれる“土台”をどう築いていくかを常に意識してきました。その結果、観客動員数は毎年少しずつ増え、今では年間33万人を超えるまでになっています。本当にありがたいことです。
「東京」という大きな都市にクラブがあると、恵まれているように見えるかもしれませんが、実際には“人口が多い=観客が増える”というわけではないので決して簡単ではありません。これまで積み重ねてきたクラブとしての“価値”が、観客動員数増加という結果につながったと思っています。
また、スポーツは数字だけでは測れないものでもあります。もちろん、定量的な指標も必要ですが、それ以上に重視すべきは、人の心を動かす“非日常の空間”をどれだけ提供できるか。私たちはエンターテインメントの領域に身を置いています。だからこそ、単なる結果や数字にとどまらず、観る人、応援する人に感動を届けられるかを常に大切にしています。
中尾:
私の経営における判断軸は、「そのビジネスが長期的に残っていくことができるかどうか」です。これは経営判断にも、投資判断にも共通して言えることだと思っています。
特に証券会社にいた頃から感じているのは、短期的な上下に一喜一憂しても本質は見えてこないということ。直近(※)だと、トランプ大統領の関税の話題が世界経済を動かしているんですが、それに過度に振り回されてしまうと、軸のある判断ができなくなる。
そんな中でも環境変化に対応しながら、柔軟に事業を進化させ、売上や利益を積み重ねていっている企業は多く存在します。だからこそ私は、目先の変動ではなく、長期的な目線でしっかり見るようにしないといけないと考えています。
(※対談日:2025年5月23日)
━━中尾社長は、どうやってお客様に外的要因による変化を伝えたり、対応したりしているのですか?
中尾:
とても難しいテーマですね。お客様に対しては、あくまで誠実に、長期的な視点で情報を提供することを心がけています。とはいえ、早期の挽回策は必要です。また、経営面でも売り上げが低迷している状況を「外部要因だし仕方がない」と放置するわけにはいきません。
ですので、常に次の打開策を模索し、挑戦を繰り返す。その中で、挑戦と守りのバランスをどう取るか。そこに経営者としての胆力が試されていると感じます。
━━中尾社長のビジネスで新しいお客様の開拓の仕方を知りたいです
中尾:
まず既存のお客様に満足してもらうことで、そこから紹介を頂けるケースはすごく多いです。
それと、もう1つM&A仲介のビジネスをしておりますので、証券のビジネスとM&A仲介のビジネスで相互にシナジーが出るようにしています。

2. 挑戦と守りのバランス
━━変化の激しい時代、経営において「挑戦と守りのバランス」についてのようにお考えでしょうか?
中尾:
非常にバランス感が大切だと思います。「挑戦しなければ、次の時代をキャッチできない」と感じています。だからこそ、リスクを取ってチャレンジする姿勢は必要不可欠です。ただし、仮説が間違っていたときに、いかに早く冷静に“引く”判断ができるか。これもまた重要な経営判断です。
私自身、証券業界出身ということもあり、「損切り」という考え方に馴染みがあります。ビジネスでも、迷うよりも早く手を打った方が傷は浅くて済む。冷静な判断力が求められると感じます。
とはいえ、実際は簡単ではありません。たとえば、経済が停滞しているときに「今年は攻めるぞ」と言っても、なかなか上手くいきません。株式市場の変動、自社の体力、タイミング、複合的な要因が絡み合う中で、どの局面でチャレンジするかは非常に難しい。だからこそ、戦略的な挑戦と、現実的な守りの両立が求められるのだと思います。
大金会長:
スポーツ業界では、一般の企業と違って、経営において「利益の最大化」が望まれていると思っていません。むしろ、「強いチーム」「東京に相応しいチーム」みたいなものが求められているので、そこに挑戦が必要かなと思っています。
その1つとして、選手の育成や獲得といった“強化”の部分。ここには当然、資金的な負担も伴いますが、やはり強いチームを作る上で重要なので挑戦する必要があります。
一方で、どうしても守らなければならないのが「応援してくれる人の信頼」です。どんな時でもファン・サポーターの方々との関係性や、クラブの理念、姿勢などFC東京として一貫して守るべき価値観は、揺らがないようにしています。
━━中尾社長からご覧になって、FC東京の挑戦はどのように映っていますか?
中尾:
FC東京をスポンサードして、もう2年半〜3年になりますが、「挑戦する姿勢」が確実に伝わってくるようになりました。たとえば、国立競技場での試合が増えたことや、花火などを使った演出の強化。以前よりも、観戦する側が“ワクワクする”体験を得られるようになってきていると感じます。
実際、観客動員数も増加しており、新たなファン・サポーターの獲得にもつながっているのではないでしょうか。
大金会長:
ただ、まだまだ「挑戦の余地」はあると思っています。たとえば、スタジアムの新設や、選手のトレーニング環境の整備などは、今後の大きなチャレンジの一つです。また、FC東京は“東京”をホームタウンとしていますが、スタジアムのある多摩地域が中心のクラブという印象を持たれている部分があるので、23区内での認知度向上にはもっと挑戦していくべきだと思っています。

3. お互いに聞いてみたいこと
━━ここまでお話を伺ってきましたが、改めてお互いに聞いてみたいことはありますか?
大金会長:
中尾社長は本当にスポーツ好きで、FC東京の試合にもユニフォームを着て来てくださっています。そこでお伺いしたいのですが、スポーツ観戦の際は、どんな気持ちで試合をご覧になっているのですか?
中尾:
実は、スポンサードする前と後で気持ちが全く違うんですよ。以前は「ただ観に行く」という感じだったのが、今では完全に“応援する側”として観ています。声も出しますし、選手の顔や背番号、名前まで自然と覚えるようになって、感情移入のレベルが全く違うんですよね。
大金会長:
それは嬉しいですね。まぁ、負けた時は中尾社長に会わないようにしているんですが(笑)。スポンサーという立場で、会社として何か変化はありましたか?
中尾:
そうですね、大きな変化がありました。まず、名刺に「FC東京のエンブレム」が入っているだけで、名刺交換の場で会話が弾むようになりました。たとえば、ゴール裏に出している看板を見てくださった方から、「ファーストパートナーズの会社ロゴを見たことがあります」と言われることがあったり、会社の認知度や信頼感にもつながっていると実感しています。
また、お客様をスポンサー席にご招待することでスポンサー特典を有効に活用できたり、単なる広告以上の“ビジネスの武器”が増えたなと感じています。何より、FC東京をきっかけに新たなネットワークが広がったことは、非常に大きいですね。
大金会長:
ありがとうございます。パートナーの方々とスタジアムでご一緒することもありますが、中尾社長のネットワークの作り方には感心しています。ビジネスになるか、ならないかにかかわらず、自然な関係性の中で信頼を築いていらっしゃるのが印象的です。
次に聞いてみたいことですが、クラブ経営と企業経営では決断のスピード感も違うと思うんです。金融の世界や経営の現場では、どれくらいのスピードで意思決定をされているのですか?
中尾:
金融の世界では、情報収集と判断のスピードが、会社の信頼に直結する世界ですので、常に経済動向や市場の情報を高速でキャッチして、できるだけ早く判断を下すようにしています。
経営においても同じで、現場の声を素早く吸い上げて経営に反映させ、社内の行動にまで落とし込む。このPDCAサイクルを常に意識しています。その結果として、創業から8年半でシンガポールに現地法人を設立するなど、海外展開も実現できました。
もちろん、細かいトライ&エラーは多くありましたが、大きな流れとしてはこのスピード感が成功のカギになっていると感じています。
━━中尾社長から大金会長に、お聞きしたいことはありますか?
中尾:
はい、ぜひお伺いしたいのが、クラブ経営と一般的な企業経営との違いについてです。たとえば、企業では売上や利益が大きな判断軸になりますが、クラブでは何が最も大切になるのでしょうか?
大金会長:
確かに、企業は数字やリターンが大きな指標になると思います。ただ、私たちにとって一番の判断基準は「応援される存在でいられるか」なんです。
利益を追いすぎてファン・サポーターや地域の声を軽視してはいけません。強いチームを作ること、育成に力を入れること、スタジアムで快適に観戦できる環境を整えることなど、そうした“応援されるための努力”がクラブ経営の本質だと思っています。
それを支えてくださっているのが、ファン・サポーター、そして中尾社長のようなパートナー企業の皆様ですので、一番大切だと思っています。
〈プロフィール〉

大金 直樹(OGANE NAOKI)
2001年より東京ガス(現・東京フットボールクラブ)に参画し、経営企画や事業推進の要職を歴任。2009年からは代表取締役社長としてFC東京の経営を牽引し、2022年より会長に就任。20年以上にわたり、クラブの成長と安定経営に尽力。
Jリーグの理念を重んじながら、地域密着型クラブのモデルケースとして、観客動員数や収益性、ファンエンゲージメント向上など、複数の指標で安定的な成果を上げる。
クラブ経営に求められる“公共性”と“経済性”のバランスを長年にわたり体現する、Jクラブ経営のフロントランナー。