
ユニコーン企業数で世界第3位の地位を確立したインド。2025年上半期には新たに5社がユニコーン入りを果たし、リテール、決済、ペットケア、物流、AIなど多様な分野で急成長を遂げています。こうした背景には、政府の起業支援策やデジタルインフラの整備に加え、「実装力」「収益性」「グローバル志向」といった評価軸の進化が見られます。
本記事では、注目スタートアップ5社の概要と、インドのスタートアップエコシステムにおける最新の潮流を読み解きます。
1. 世界的インパクトを誇るユニコーン大国インド
ユニコーンとは、時価総額10億ドル(約1,500億円)以上の未上場スタートアップを指します。短期間で急成長を遂げる希少性から、伝説の生き物であるユニコーンに例えられ、現在では多くのスタートアップが目指す到達点であり、投資家にとってもスタートアップがユニコーンになり得るのかという観点は一つの投資基準となっています。

現在、インドにおけるユニコーンの数は、日本の15倍である120社に到達しています[*1]。
インドは米国、中国に続くユニコーン大国として、2023年にユニコーン数世界第3位に浮上しました。現在もその地位を維持し、世界的にも存在感が高まっています。
この背景には、以前のインドのスタートアップエコシステム解説記事でも触れた、政府による起業家支援政策「Startup India」や、ベンチャーキャピタルからの資金流入の活発化、デジタルインフラの充実などが挙げられます。ユニコーン創出は一過性の現象ではなく、インドにおけるスタートアップエコシステムの成熟を示しています。本記事では、2025年新たにユニコーンとなったスタートアップの概要と、急成長を遂げるスタートアップに共通する特徴について紹介していきます。
2. 2025年インドで新たに誕生したユニコーン5社

インドのスタートアップメディアTICEによると、2025年上半期は57億ドル(約8,300億円)の資金がスタートアップに流入し、5社のユニコーンが誕生しました[*2]。
2-1. Jumbotail|“キラナ革命”を支えるリテールB2Bプラットフォーム
インドには約1300万件の「Kirana(キラナ)」と呼ばれる小規模小売店が存在し、食料品や日用品を販売しています[*3]。これらの店舗は、非効率な仕入れや価格のばらつき、在庫・販売管理のマーケティング手段の不足などの経営課題を抱えています。

(出典:Jumbotail, 閲覧日 2025/07/22)
Jumbotailは、こうしたキラナ店舗を支援するB2Bマーケットプレイスを提供し、仕入れから在庫管理、デジタル発注までを一気通貫でサポート。生産性の向上と競争力を高めるための支援を行っています。2025年には、スタンダードチャータード銀行のCVCであるSC Venturesがリード投資家となり、1.2億ドル(約174億円)を調達、ユニコーンに成長しました[*4]。
2-2. Juspay|複雑化する決済の壁を取り払うグローバル決済インフラ
複数の決済手段をAPIで統合管理し、決済の最適化やUX改善、セキュリティ対応までを一括で提供する決済インフラを構築しています。インドのECやフィンテック業界の急拡大に伴い、決済の信頼性とエラー処理が重要な課題となる中、Juspayは1日2億件以上の決済を処理し、AmazonやSwiggyなどの大手企業にも採用されています。

(出典:Juspay, 閲覧日 2025/07/22)
2025年4月には、ムンバイを拠点とするPEファンドKedaara CapitalがリードするシリーズDラウンドで6,000万ドル(約87億円)を調達し、ユニコーンとなりました。 既にアジア、北米、欧州、南米に事業を拡大していますが、今後さらなるグローバル市場での活躍が期待されています[*5]。
2‑3. Drools|インド国内初のペットケアD2Cユニコーン
Droolsは、犬や猫向けのペットフードを製造・販売するインド発のD2Cブランドです。
インドのペット市場は、都市部の中間層とミレニアル世代の消費者層の高まりによって急成長を遂げています。2028年までに70億ドル(1兆150億円)規模まで拡大すると予測され、市場成長とともに質の高いペットケア製品へのニーズが高まっています。

(出典:Drools, 閲覧日 2025/07/22)
Droolsは、栄養価と味を追求した製品と自社工場での製造と全国規模の流通網を活かして、2025年5月にNestlé S.A.から出資を受け、インド国内において初のペット業界におけるユニコーンとなりました[*6]。
2-4. Porter|都市物流のラストワンマイルを変革するEV配送プラットフォーム
Porterは、都市部におけるラストマイル配送に特化したB2Bロジスティクスプラットフォームです。

(出典:Porter, 閲覧日 2025/07/22)
急成長するEコマースとクイックコマースにおいて、配送効率の向上が求められる中、Porterは独自の配送パートナー網を活かして中小企業(SME)や個人事業主がトラックやバイク配送をアプリで簡単に手配できる仕組みを提供し、ハイパーローカルやラストワンマイル配送の即時性・コスト最適化を実現。
EV配送車両の導入やサステナブルな配送網の構築も評価を高め、Kedaara CapitalとWellington Managementをリード投資家に、シリーズFラウンドにおいて2億ドル(290億円)規模の資金を調達し、ユニコーン入りを果たしました[*7]。
2-5. Netradyne|ドライバーのリスクをAIで可視化
物流・輸送業界では近年、急増する商用車の稼働とドライバー不足により、安全運行の維持が深刻な課題となっています。特に都市部での過密走行や、地方での長時間勤務により、事故リスクや保険料の増加、コンプライアンス違反の監視負荷が高まり続けています。一方で、走行中に発生する現場のリスクは従来の車載GPSや帳票による管理では不十分とされてきました。
Netradyneは、AIと映像解析を活用し、走行中のドライバー行動をリアルタイムに可視化・解析する技術を提供しています。走行状況を常時モニタリングし、危険運転のリスクを即座に検知。管理者への即時通知とドライバーへのフィードバックを通じて、事故率の低減、稼働効率の向上、保険料の削減、そして労働環境の改善に貢献しています。

(出典:Netradyne, 閲覧日 2025/07/22)
米国に本社、インドに技術開発拠点を有するNetradyneは、Amazon、Shellといった大手企業にも導入され、すでに世界10カ国以上で約45万台の商用車両に搭載されています。Netradyneは2025年1月、Point72 Private Investmentsをリード投資家とするシリーズDラウンで9,000万ドル(約131億円)を調達し、ユニコーンとなりました[*8]。
3. インドユニコーンから読み解く3つの構造変化と成功法則
急成長を続けるインド発ユニコーンは、これまでのフィンテックやリテール中心から、D2Cや物流、EVなど新たな分野へと領域を広げています。市場の多様化とともに、ユニコーンの成長モデルや投資家の目線も大きく変化してきました。本章では、最新ユニコーン動向から見えてきたスタートアップの特徴の変化について解説していきます。
3-1. 本質的な課題解決と「実装力」で勝負する
インドのスタートアップは、人口の多さや都市化、未整備なインフラという社会課題に応じた解決策として成長してきました。
従来のインド発ユニコーン企業は、急成長するEC市場やモバイル決済といった、これまでになかった市場のニーズを捉えたビジネスモデルが主流でした。しかし、最近のユニコーンに見える傾向として、従来のマーケットプレイスを越えて、B2Bインフラ構築・現場オペレーションの再構成など、本質的な業界課題の解決を重視する傾向が強くなっています。
たとえば、Jumbotailは、インドの小規模小売業(キラナ店舗)を支援するB2Bマーケットプレイスの提供に加えて、在庫管理や仕入れ、販売支援を一元管理できる仕組みを武器に、従来のプラットフォームでは解決できなかった小売業界の非効率な構造改革に取り組んでいます。
このように、単に実需を満たすだけではなく、現場で運用可能なかたちに落とし込み、業界構造を改善する「実装力」が求められるようになっています。
3-2. 黒字化が“前提条件”に 収益性重視モデルへの転換
インドのスタートアップエコシステムは、赤字を拡大しながらユーザーを獲得する旧来型の成長モデルから、「収益性の見える成長」へと明確にシフトしています。世界的にも、2021〜2022年のスタートアップ投資バブル期を経て、黒字化の見込みがあるスタートアップが優先的に評価される傾向にあります。特にインドでは、LTV(ライフタイムバリュー)(※)の低さを前提とした市場環境において、ユニットエコノミクス(※)を徹底する文化が根づきつつあります。このため、少額取引でも利益を確保できる事業設計が求められ、収益性重視のモデルへのシフトがより顕著となっています。
ZomatoやPaytmのIPO後の株価低迷は、この収益性重視の新しい流れに対する市場の反応を示しています[*9][*10]。これらの企業の株価の低迷は、「黒字化の見込みがなければ市場で評価されない」という認識が広がる中で、投資家が収益性を重要視するようになったことを反映しています。たとえば、都市物流スタートアップのPorterは、高稼働率と効率的な運用構造を武器に、2025年にユニコーン到達時には明確な黒字化を達成。安定した収益基盤と持続的成長のモデルとして、従来のビジネスモデルとは一線を画す評価を獲得しています[*11]。
※LTV(ライフタイムバリュー)とは?
LTV(ライフタイムバリュー/顧客生涯価値)とは、顧客一人(または一社)が企業と取引を開始してから終了するまでの期間に、その企業にもたらす総利益を数値化した指標。インドは物価水準や平均購買力が比較的低いため、平均顧客単価が他地域よりも低くなりやすいことからLTVも低くなる傾向があります。
※ユニットエコノミクスとは?
ユニットエコノミクスとは、ビジネスにおける1単位(例:1人の顧客、1件の商品・サービスなど)ごとの収益性を表す指標です。顧客獲得コスト(CAC)やライフタイムバリュー(LTV)といった指標を用いて、個々の取引や顧客が会社にもたらす価値を把握します。事業の成長性や健全性、投資判断の合理性を数値で分析しやすくなり、特にサブスクリプションモデルのサービスで活用されることが多いです。
3-3. グローバル市場でのEXITを見据えた越境分野の多様化
2023年以降にユニコーン入りしたスタートアップを見ると、FinTechやD2Cに加え、生成AI、エネルギー、ヘルスケア、B2B SaaSなど分野の多様化が見られます。
かつては高成長が見込まれるインド市場そのものが資金流入の大きな要因となっていましたが、特に生成AI、エネルギーといった国際的な共通課題を抱える分野では、初期段階から海外市場を視野に入れたプロダクト開発や国際標準に対応した事業設計などが評価される傾向にあります。
こうした潮流を背景に、グローバル規模でEXIT可能な成長設計や市場接続が、今や資金調達やバリュエーションの評価軸の中心となっています。「世界で勝てる設計」を持つことが、インド・ユニコーン新世代の必須条件となりつつある状況です。
4. まとめ:インドユニコーンのさらなる成長を支える今後の展望
スタートアップに求められる要素は、実装力、収益性、そしてグローバル展開を前提とした事業設計へと進化しています。こうした変化に呼応するように、インド国内の投資環境も変化を続けています。
2025年には、海外投資家による出資登録プロセスの簡素化や税負担の軽減など、税制・規制面での受け入れ体制が整備され、海外資本の流入を後押しする環境が本格的に整いつつあります[*12]。その結果、ユニコーンを含む成長企業の間では、国際的な資金循環や提携の動きがさらに加速する兆しが見えています。
今後は、グローバルVCとの接続やM&Aを通じた連携を軸に、インド発スタートアップの事業成長と資本拡大がより一層進展していくと考えられます。次回の記事では、この変化を支える現地VCやグローバル投資家の戦略とプレゼンスに焦点を当て、インドのスタートアップ・エコシステムを支える力学について掘り下げていきます。
出典:
*1 Tracxn“Unicorn ClubーList of all Unicorns created”
*2 TICE(Talent, Ideas, Capital, Entrepreneurship)“India’s Startup Funding Roars in H1 2025: $5.7 Billion Raised, 5 Unicorns Emerge”
*3 All India Consumer Products Distributors Federation (AICPDF)“About AICPDFーUniting Distributors, Empowering Growth”
*4 The Times of India“Jumbotail raises $120mn, becomes 5th unicorn in ‘25”
*5 moneycontrol“Juspay raises $60 million in series D round led by Kedaara Capital”
*6 The Economic Times“Pet food brand Drools turns unicorn after Nestlé SA picks up minority stake”
*7 Inc42“Porter Becomes Second Unicorn Of 2025”
*8 Netradyne“Netradyne® Raises $90 Million in Series D Funding Led by Point72 Private Investments”
*9 The Economic Times“Zomato shares drop below Rs 200 after 12% slide in four consecutive sessions”
*10 Samco“Paytm Share Price: Institutional Stake Rises Despite 18% Year-to-Date Decline”
*11 Entrackr“Exclusive: Porter turns profitable with over Rs 4,000 Cr revenue in FY25”
*12 India Briefing from Dezan Shira & Associates“Navigating Venture Capital Investment Trends in India”