
近年、インドは世界有数のスタートアップ大国として急速に成長しています。シリコンバレーに次ぐイノベーション拠点として注目され、ユニコーン企業(評価額10億ドル以上の未上場企業)の数も増加の一途をたどっています。
本記事では、インドのスタートアップエコシステムの現状、成長の要因、そして今後の展望について詳しく解説します。
1. インドのスタートアップエコシステムの現状
1-1. 急成長するスタートアップ市場
インドは約10万社以上のスタートアップを抱え、うち111社(インド政府の発表)がユニコーン企業に成長しています。これは米国と中国に次ぐ世界第3位の規模です。
特に注目すべきは市場の勢いです。スタートアップを所管する商工省産業貿易促進局(DPIIT)によると、2016年の時点で登録されていたスタートアップはわずか300社台でしたが、2023年には累計10万社超となっています。これは、スタートアップが8年間で330倍以上増加した爆発的な成長を示しています。
スタートアップが盛んな地域としては主にバンガロール、ムンバイ、デリー、ハイデラバードなどの都市が挙げられ、インドスタートアップのハブとして機能しています。

※DPIITのレポート「PRABHAAV: Powering a Resilient & Agile Bharat for the Advancement of Visionary Startups」を基にENRISSION INDIA CAPITALが作成
1-2. 政府の支援と規制緩和
インド政府は「Startup India」と呼ばれる起業促進政策を通じて、新興企業の支援を強化しています。このプログラムでは、法人税の優遇措置、特許申請の迅速化、資金調達支援などが提供されています。
また、外国直接投資(FDI)の規制緩和も進み、多くの海外投資家がインド市場に注目しています。
2. インドのスタートアップ成長の背景
2-1. デジタル化の加速
インドではスマートフォンとインターネットの普及が急速に進んでいます。特に2016年のリライアンス・ジオ(Reliance Jio)社によるスマートフォンの低価格データプランの提供が大きな転機となり、デジタル経済の拡大を後押ししました。
この結果、Eコマース、フィンテック、ヘルステックなどの分野が成長しました。
Reliance Jio:インド最大級の通信会社であり、正式名称は Jio Platforms Limited。2016年に商業サービスを開始して以来、インドの通信業界に大きな変革をもたらした。Relianceはインドの大手財閥のひとつ。
2-2. 豊富な人的資源
インドは世界最大規模のITエンジニア人口を誇り、多くの優秀な技術者がスタートアップ業界に流入しています。
IIT(インド工科大学)やIIM(インド経営大学院)といった世界的に評価の高い名門校からは、数多くの起業家が誕生しており、スタートアップ・エコシステムの持続的な発展を支える大きな原動力となっています。

※株式会社ヒューマンリソシアが国際労働機関(ILO)や各国の統計データを基に調査・推計し、2023年12月に発表したものをベースにENRISSION INDIA CAPITALが作成
2-3. ベンチャーキャピタル(VC)とエンジェル投資の拡大
ソフトバンク、セコイア・キャピタル、タイガー・グローバルなどのグローバルVCがインド市場に積極的に投資しており、国内の投資環境も改善されています。
また、インド国内でもBlume Ventures、100XVC、Kalaari Capital といった地場VCが台頭している他、アクセラレーターやエンジェル投資家のネットワークが拡大し、スタートアップの資金調達が容易になっています。
3. 成長を支えるスタートアップ・イノベーション拠点
3-1. T-Hub(ティーハブ)
インド国内ではスタートアップ企業の成長に資する様々な施設が誕生しています。特にハイデラバードに位置する「T-Hub」は、いまやインド最大級のスタートアップ・イノベーション拠点として、世界から注目を集めています。
T-Hubは2015年、テランガーナ州政府がインド工科大学ハイデラバード校(IIT Hyderabad)などと連携して設立した官民連携型インキュベーション施設であり、スタートアップの創業支援、資金調達、企業との連携などを一気通貫で支援する「スタートアップのエコシステムの心臓部」として機能しています。
特筆すべきは、2022年にオープンした「T-Hub 2.0」。約37,000平方メートルという東京ドームと同等の規模の巨大な施設には、2,000社以上のスタートアップや、投資家、メンターが活動しており、まさにインド版「Y Combinator(※)」とも称されています。
※Y Combinatorは、AirbnbやDropboxを輩出した米国発の世界有数のスタートアップ支援プログラム。選ばれた起業家に資金・メンタリング・投資家との出会いの場を提供し、急成長を後押しする。

3-2. 起業家のハブとして機能するIIT(インド工科大学)
IITは、単なる教育・研究機関にとどまらず、スタートアップの支援やベンチャー投資にも積極的に取り組んでいます。各キャンパスはそれぞれ独自の支援機関を有しており、それぞれの強みを活かして起業家を後押ししています。
たとえば、IITボンベイではハードウェア系スタートアップをはじめ多く分野を支援する「SINE(Society for Innovation and Entrepreneurship)」が活動しており、インドでも初期からの大学系インキュベーターとして知られています。
IITマドラスで学内外の学生・研究者に広く門戸を開き、ディープテック分野などを中心に支援する「IIT Madras Incubation Cell(IITMIC)」が中心的な役割を担っています。
IITデリーでは産学連携や商業化に特化した「FITT(Foundation for Innovation and Technology Transfer)」が企業との橋渡しや技術移転を積極的に進めています。
これらの機関は、起業を志す学生や研究者に対して、シード資金や助成金といった資金的支援を行うほか、技術や研究面でのサポート、ラボやオフィスといったインフラの提供、そしてメンタリングやネットワーキングの機会を通じた成長支援など、スタートアップの立ち上げから拡大に至るまで、包括的な支援体制を整えています。
ENRISSION INDIA CAPITALはIITのトップ校とされる上記3校の各機関と連携して成長性の高いスタートアップへ積極的に投資を行っています。そのうちボンベイ校やデリー校にはカフェ形式の拠点「SHIRU STARTUP CAFE」を構え、学生起業家との接点や現地の情報収集に活用しています。

ENRISSION INDIA CAPITALがIITボンベイ校で運営する「SHIRU STARTUP CAFE」
4. 今後の展望
インドのスタートアップエコシステムは、今後もさらなる成長が予想されています。急速に発展する技術分野と積極的な政府の支援により、インドのスタートアップは新たな市場へ進出し、次世代技術を駆使してさらなる発展を遂げることでしょう。
ここからは、インドのスタートアップが今後直面する展望について詳しく見ていきます。
4-1. グローバル市場への進出
インド国内での競争が激化する中、多くのスタートアップが海外市場への進出を積極的に進めています。特に注目すべき市場は、東南アジアや中東などの新興市場です。
東南アジアでは、インターネット普及率が高まり、デジタル経済が急成長しているため、インドのスタートアップにとっては非常に魅力的な市場です。また、中東諸国では高い購買力を背景に、フィンテックやEコマース分野での需要が急速に拡大しています。
さらに、インドのスタートアップはアフリカ市場にも進出の兆しを見せており、特にインフラの未整備地域において、インド発の低コストで高機能なテクノロジーが求められています。このようなグローバルな視野を持つスタートアップが今後の成長を牽引していくでしょう。
4-2. 政府のさらなる支援
インド政府は、スタートアップエコシステムの発展に向けて、引き続き強力な支援を行っていく予定です。Startup India政策をはじめ、スタートアップ向けの支援策は今後も拡充される見込みです。
特に、資金面では政府系VC(ベンチャーキャピタル)の拡充や、スタートアップに向けた助成金の支給が強化されるとともに、税制優遇措置や特許手続きの迅速化も進められています。さらに、政府はインフラ整備にも力を入れており、デジタルインフラやスマートシティ構想を進めています。
これにより、地方でもスタートアップを立ち上げやすい環境が整備され、地域間の格差を縮小する助けとなるでしょう。インド政府の支援と規制緩和が、スタートアップの成長を一層促進し、インドのエコシステムは今後も世界の注目を集め続けることが予想されます。
5. まとめ
インドのスタートアップエコシステムは、デジタル化、人材、資金調達といった要素が相互に作用しながら急成長しています。
そして今後もグローバル市場への進出、政府の強力な支援といった要素を背景に、引き続き成長することが予想されています。
これらの要因が組み合わさることで、インドは世界のスタートアップ大国としての地位を確立し、革新的な技術とビジネスモデルで新しい未来を切り開くことが期待されるでしょう。