
2025年上半期、インドは世界第3位となるスタートアップ資金調達額5.7億ドル(約844億円)を記録しました[*1]。前回の記事『世界3位のユニコーン輩出国インド、2025年の注目スタートアップと新潮流』で触れた通り、インドは時価総額10億ドル(約1,480億円)を超えるユニコーン企業の輩出国としても世界3位に位置しており、米国やイギリス、中国に次ぐ成熟したスタートアップエコシステムとして注目が高まっています。
こうした成長の背景には、スタートアップにおける調達環境の成熟が挙げられます。本記事では、2025年の資金調達状況を振り返り、インドスタートアップの成長を支えるベンチャーキャピタル(VC)特徴について解説します。
1. インドスタートアップの資金調達に見るグローバル投資家の参入
インドのスタートアップに対する資金調達は、この10年で大型ラウンドの増加とともに質の向上を遂げてきました。2018年以降、1億ドル超のメガディールが年々増加し、海外投資家が主導する案件が資金調達の全体規模を押し上げる構造が定着しています。特に2021年の資金調達ピーク以降も、グローバル投資家によるレイターステージへの参加は堅調です。

2025年上半期には、インドのスタートアップは約57億ドル(約8,436億円)を調達調達し、前年同期比で約8%の増加となりました。その中でも注目すべきは1億ドル(約148億円)を超えるメガディールで、前年同期比57%増という急伸を見せています[*1]。Microsoft傘下のM12やシンガポール政府系ファンドGIC、米国のGeneral Catalystなど、グローバル投資家の積極的な関与が目立ち、資金流入の質を押し上げました。
2. 2025年上半期のメガディールを牽引したグローバルVC5社
2025年上半期に成立した11件のメガディールの多くには、グローバル投資家が関与しています。中でも最大規模のメガディールはヘルスケア/AI分野のInnovaccerによる2億7,500万ドル(約407億円)の資金調達で、米国大手のB Capital GroupやマイクロソフトによるM12などの著名グローバル投資家が参加しました[*2]。

全体としては、フィンテックとEコマースにおける大型調達が目立ち、日本からの資金流入も見られます。以下では、2025年のメガディールに参画した一部のVCを紹介していきます。
2-1. HSBC(イギリス)
世界有数の金融グループとして、グローバルなリスク管理や規制対応のノウハウを活かし、インドで急成長するフィンテック市場へ積極投資しています。特に、e-KYCやマネーロンダリング対策(AML)への対応力と、クロスボーダー決済やリテールバンキングのグローバル水準での導入支援などを通して、スタートアップの成長を支援しています。
2-2. GMO Venture Partners(日本)
GMO Venture Partnersは、日本のIT大手グループ「GMOインターネットグループ」に属するベンチャーキャピタルです。主にアジアを中心に、フィンテック、AI、Eコマース、SaaSなどの領域のスタートアップへ投資し、インドでは18社のポートフォリオを有しています。HSBC、GMO Venture Partnersはネオバンクを運営するZolveのシリーズBラウンド(2億5,100万ドル/約371億円)に参加しました[*3]。
2-3. Accel(米国|旧Accel Partners)
Accelは、1983年に米国シリコンバレーで誕生した老舗VCです。2008年、Accel Indiaを立ち上げインドに進出し、インドEC大手Flipkartをはじめ、数々のスタートアップの飛躍的な成長を牽引しています。2025年1月には、インドスタートアップを対象とする6億5,000万ドル(約962億円)規模のファンド組成を発表[*4]。同年、中古車販売のプラットフォームを運営するSpinnyの1億3,100万ドル(約194億円)規模のラウンドを主導しました。
2-4. Tiger Global(米国)
Tiger Globalは2000年代からインドのインターネット分野に投資し、Eコマースの黎明期からユニコーン輩出に貢献してきました。2025年上半期もレイターステージの大型ラウンドを主導し、豊富なグローバルネットワークを活かしてスタートアップの海外展開もサポートしています。2025年には、ECプラットフォームを運営するMeeshoや、建築業界向けECサイトを展開するInfra.Marketのメガディールに参加しています。
2-5. Mars Growth Capital(シンガポール)
シンガポールに拠点を構えるMars Growth Capitalは、三菱UFJ銀行(MUFG)とイスラエルのフィンテック企業Liquidity Capitalの合弁会社で、主にアジアや欧州を中心とするミドル・レイタ―ステージのグローバル企業に出資するファンドを運営しています。2025年には、ECプラットフォームを運営するMeeshoによる2億5,000万ドル(約370億円)規模のラウンドにTigar Globalとともに参加しました。
3. 多様な資金調達手段を提供するインドの代表的なプレイヤー5社
インドのスタートアップエコシステムは、グローバルVCの大型資本によって大きく成長しています。これらの企業は、インドスタートアップの海外進出支援や国内経済活性化に貢献し、企業の多層的な成長機会を創出しています。しかし、国内からの資金流入もまた極めて重要であり、特にIPOやM&Aを通じたEXITにおいて大きな役割を果たしています。

2025年上半期の市場動向を見ると、IPO件数は前年同期比で23%減少したものの、M&A取引件数は前年同期の37件から52件へと約40%増加しました[*1][*5]。本章では、インドでIPOやM&Aをリードする5つの有力VCを紹介していきます。
3-1. Alteria Capital
Alteria Capitalは、インド最大のベンチャーデットファンドとを運営しています。エクイティ投資を受けたスタートアップに対して貸付(デット)による資金を提供する仕組みで、主にシリーズA以降のスタートアップに数千万ドルの資金提供実績を有しています。スタートアップは株式の希薄化を抑えて資金を調達することができます。これまでに200社以上のポートフォリオを有し、これまでに約600億インドルピー(約9,500億円)を融資しています。
3-2. Blume Ventures
テクノロジー領域に特化するBlume Venturesは、運用資産総額が1,000億円を超えるインドで最もアクティブなVCの一社です。これまでにオンライン美容プラットフォームのPurplleや中古車取引プラットフォームのSpinnyなど、数多くのユニコーン企業を輩出。ENRISSION INDIA CAPITALは2024年12月、Blume Venturesとともに、クイックコマースに特化した物流サービスを展開するPicoXpressのプレシリーズAラウンドに参加しました。
3-3. LVX(旧:LetsVenture)
LVXはインドを中心とした新興経済国のスタートアップと投資家を繋ぐオンラインプラットフォームを運営しています。35,000社を超えるスタートアップと14,000名以上の投資家ネットワークを活用し、アーリーステージのスタートアップの資金調達を支援。2025年からはブランド名を「LVX」に変更し、起業家や投資家向けの教育ツールの提供準備を進めるなど、事業の戦略的拡大を目指しています[*6]。
3-4. Peak XV Partners(旧:Sequoia Capital India & SEA)
IPOやM&Aでインドにおけるトップレベルの実績と資金力を誇り、400社以上の投資実績を有するPeak XV Partnersは、世界で最も活発なVCの一社として知られる米セコイア・キャピタルのインド・東南アジア部門として設立されました。2023年にセコイア・キャピタルから独立しPeak XV Partnersに名称を変更しました。
3-5. Titan Capital
Titan Capitalは、インド最大級のEコマースプラットフォームSnapdeal創業者のクナル・バール氏とロヒット・バンサル氏により設立されました。主にシードおよびシリーズAのスタートアップに投資し、配車アプリのOlaやD2CスキンケアブランドMamaearthなど、300社以上に出資しています。ENRISSION INDIA CAPITALは2025年7月、Titan Capitalとともに、蚕を原料とした養殖・養鶏飼料用タンパク質を製造するLoopwormのシリーズAラウンドに参加しました。
4. まとめ:インドスタートアップへの投資機会の広がり
インドは現在、世界でも屈指のスタートアップ投資先としての存在感を強めています。
スタートアップメディア「Inc42」の調査によれば、2025年下半期は、既に資金流入が活発なフィンテック・EC分野に加え、ディープテックやハードウェア、AI分野への資金流入が加速すると予測され、年間資金調達額は14~15億ドル(約2,072~2,220億円)規模に達する見込みです[*7]。
海外からの資金流入と国内VCによる多様な資金調達手段の提供が並行して進むことで、EXIT環境を含めたインドスタートアップのエコシステムはさらなる成長を遂げることが期待されます。これにより、起業家は大型資金を活用したスケールアップが可能となり、投資家はリターン機会の拡大を享受できる好循環が強化されます。
また、M&A件数の増加も、資本回収へと繋がる好循環を促し、成長市場での新規事業創出など、投資家・創業者双方にとっての新たな市場機会の獲得を後押しする鍵となるでしょう。インドのスタートアップ市場は、今まさに次の成長ステージへと加速しています。
出典:
*1 Inc42 “Indian Startup Funding Jumps 8% YoY To $5.7 Bn In H1 2025”
*2 Inc42 “Healthtech Unicorn Innovaccer Bags $275 Mn To Expand AI Capabilities”
*3 THE TIMES OF INDIA “Zolve secures $251 million in Series B funding”
*4 Accel “Fueling the Future: Announcing our VIII Fund for India’s Boldest Founders”
*5 PwC “Global IPO Watch H1 2025”
*6 INDIA Entrepreneur “LetsVenture Rebrands as LVX”
*7 Inc42 “INDIAN TECH STARTUP FUNDING REPORT / H1 2025”