※本ページ内の情報は2026年4月時点のものです。

不動産業界の「決済」を支えるインフラ企業がある。
株式会社シック・ホールディングス。子会社インサイトが提供する家賃決済代行サービスを軸に約80万世帯の決済基盤を担い、不動産管理会社の業務負担を根本から変えようとしている。
しかし、現在の姿に至るまでには大きな転換があった。前身であるアクトコールは、多角経営を広げた結果、「自分たちは一体何屋なのか」という迷いが社内に充満していた。
2019年に代表に就任した福地泰社長が最初にやったのは、社員の話を聞いて回ること。そして下した決断は、不採算事業の売却など「選択と集中」だった。
約2年半かけて事業を整理し、2021年4月には持株会社体制へ移行。同年9月にはコールセンター事業を含むアクトコール・TSUNAGUの全株式を譲渡し、決済ソリューション事業への一本集中を完了させた。
さらに1年をかけてMVV(ミッション・ビジョン・バリュー)を策定。社名に込めた「粋(CHIC)」という言葉を旗印に、自律的に動く組織へと生まれ変わった。
「社長なんてただの役割。小学校の学級委員みたいなもの」と語る福地社長は、どのようにして組織を一つにまとめたのか。
そして、不動産×決済という独自のポジションから、どんな未来を描いているのか。その戦略と哲学に迫った。
1. 「自分たちは何屋なのか」。多角経営の疲弊から始まった、選択と集中
――2019年にアクトコールの代表に就任され、2021年にシック・ホールディングスの代表に就任。就任後すぐに事業売却や持株会社化といった大きな決断をされています。当時、会社をどういう状態だと認識していましたか。
福地 泰(以下、福地): 代表を引き受けるにあたって、まずは社員の話を聞いて回りました。その中で感じたのは、やはり「選択と集中」が必要だということです。
当時はかなりの多角経営をやっていまして、レストラン、パン屋、キャンプ場、AI、 音楽、不動産フランチャイズと、本当に多岐にわたる事業を展開していた。第二創業、第三創業とよく言われますが、まずは「自分たちは何で飯を食わせてもらっているのか」という原点に立ち返ろうと。
お客様としっかり向き合えているかを確認したところ、長くやればやるほど「暗黙の了解」のようなルーズさが出ていました。
そこで一旦、不採算事業を整理し、自分たちの核である事業に集中することにしたんです。
――かなりの数の事業を抱えていたと思いますが、売却にはどのくらいかかりましたか。
福地: 全部売却するのに2年半くらいかかりました。
単に「利益が出ていないから売る」というだけではなく、そこで働いている社員のことも考えなければなりません。コールセンターの人間が営業ができるか、内勤の人間が外回りできるかというと、必ずしもそうではない。
彼らの将来を見据えたとき、今の仕事に満足であれば、それを継続できる環境を提供することがベストだと考えました。
ですから、既存の事業を継続できる新しい企業を探し、ビジョンが一致するかを慎重に見極めて譲渡していきました。
一部はMBOという形も取っています。事業を切るのではなく、社員の幸せと両立する形で手放す。それが僕の中での判断基準でした。
2021年4月には持株会社体制へ移行し、同年9月にはコールセンター事業を担っていたアクトコールとTSUNAGUの全株式を譲渡。
決済ソリューション事業を中心としたグループ体制に再編しました。

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2. 「値切りという概念がない」世界へ。不動産×決済に賭けた理由
――事業を整理した後、決済ソリューション事業に注力されることになります。なぜ不動産×決済だったのでしょうか。
福地: 緊急駆けつけのコールセンター事業は、24時間365日の即応体制が求められる極めて公共性の高い仕事です。
この大切な事業をさらに発展させ、現場で奮闘する社員の安定した雇用と成長を守るためには、自社で抱え込むよりも、この分野の先駆者であり豊富な知見を持つ企業に託すべきだと決断しました。
専門集団のプラットフォームであれば、社員もより高い専門性を磨け、お客様にも高品質の安心を届け続けられる。それが関わる全員にとっての最善の選択だと思い、譲渡を決意しました。
一方で決済事業は、トランザクションこそ月に数回と限られていますが、一つひとつの決済データの蓄積が、事業の堅牢な資産となり、継続的な成長を支えてくれます。しかも、家賃決済に特化した企業は当時、当社しか存在しませんでした。
僕がよく口にするのは、『1,000円は、シワくちゃでも新札でも、等しく1,000円の価値がある』ということ。
金融の世界はこの絶対的な基準がある領域です。恣意的な値下げ交渉に振り回されることがなく、仕組みとデータの価値で勝負できる。それがこの事業に舵を切った理由です。
――現在、グループ会社のインサイトが約80万世帯規模の家賃決済基盤を持っていらっしゃいます。さらに入居者向けアプリ「Rireki」や退去立会アプリ「Prop Photo」といったDXプロダクトも展開されていますが、なぜ入居者と直接つながるサービスを作ろうと考えたのでしょうか。
福地: 決済基盤だけでは、僕たちはあくまで裏方の「BtoB」です。
でも決済データと入居者との接点を掛け合わせれば、入居者の行動に新たな付加価値を付与する「BtoBtoC」のプラットフォームが作れる。今まさにその領域に初めて踏み出しているところです。
たとえば「Rireki(リレキ)」は家賃保証会社の問い合わせ対応の負担を大幅に減らしています。
Prop Photo(プロップフォト)」は、退去立会をスマホで完結させることで、現場に出向く工数をなくしている。
不動産業界は紙文化やアナログな商習慣がまだ根強いですが、入居者がスマホ一つで手続きを完結できれば、管理会社の業務負担も大幅に減る。
また、「Rentalk(レントーク)」は業界を問わず、LINEを活用したスムーズなコミュニケーションを実現します。あらゆる契約や各種手続きの工数を削減し、利用者と運営者双方の負担を軽減します。
2024年には新たにインサイトログとprooflab(プルーフラボ)という2つのグループ会社も設立しました。不動産業界は慢性的な人手不足を抱えています。そこをテクノロジーで解決する。
決済のインフラを持っているからこそできる展開だと考えています。
3. 1年かけてMVVを作り、喋らないことで組織を変えた
――持株会社化を機に、役員・社員混成プロジェクトで1年以上かけてMVVを策定されました。そのきっかけは何だったのでしょうか。
福地: 当時は多角経営による疲弊が社内に充満していました。「自分たちは一体何屋なんだ?」という迷いの状態です。
経営陣の間でも、意見を率直に言い合えるような空気ではなかった。もう一度同じ方向を向くための「旗印」が必要だと感じたんです。
ただ、社長が気持ちよくなるための組織を作りたかったわけではありません。自分たちが主役となって動ける組織にしたかった。
だから外部のプロにも入ってもらい、主要メンバーで1年かけて徹底的に話し合いました。単なるお題目ではなく、関係構築のプロセスとしてMVVを作ったんです。

MVV策定プロジェクト言語化合宿
――MVVの浸透において、工夫されたことはありますか。
福地: 朝礼で語るのはもちろんですが、一番大きかったのは、主要メンバーが1年かけて自分たちの手で作ったという事実そのものです。
上から降ってきた言葉ではなく、自分たちが議論して生み出したもの。だから自分ごとになる。
評価制度とも連動させました。「美しい言葉」にすることが目的ではなく、「行動を超えた振る舞い」になることを目指した。
社名の「CHIC(粋)」に込めた4つのバリュー、Commitment(決意)、Hospitality(共創)、Integrity(真摯)、Challenge(挑戦)。これが日常の判断基準になっている状態を目指しています。

MVV策定プロジェクト言語化合宿
――福地社長ご自身は、組織の中でどのような役割を意識されていますか。
福地: 僕は「社長」という言葉をあまり使いたくないんです。社長なんてただの役割で、小学校の学級委員みたいなものです。
大切なのは「この集団で何をしていくのか」を全員が理解していること。
だから議論の場では、僕は最初は喋りません。僕が喋ると、みんなそれに忖度してしまうから。
あえて喋らないことで、みんなが自発的に「これは嫌だ」「こうしたい」と言えるような空気感を作っていきました。本気でぶつかり合わないと、次の10年20年を支えるものは作れません。
4. 2030年、そしてその先へ。「粋」に行動する次世代に託す未来
――今後の展望を教えてください。2030年に向けた計画があると伺いました。
福地: 2019年に立てた「2030年計画」では、月間取扱件数100万件、月間取扱高1,000億円を掲げています。
そこは見えつつあります。
決済データと入居者接点を掛け合わせることで、単なる家賃の集金代行ではなく、不動産管理のインフラそのものになっていきたい。
――新たにベンチャー企業も立ち上げられたと伺いました。
福地: はい、最近新しくベンチャーを1つ作りまして、そこで若いスタッフを採用しました。
彼女たちのエネルギーがすごいんですよ。
こういう若い世代が、自分らしさを出して「粋」に動ける環境を作ってあげたい。それが結果的に、お客様への付加価値に繋がると信じています。

グループ全体研修 課題発見力研修
――最後に、福地社長が描くシック・グループの未来像を教えてください。
福地: 2040年を見据えたとき、その未来を創り上げているのは、もはや僕ではないと考えています。
今の20代、30代のメンバーが、ミッション・ビジョン・バリューを土台にしながら、自分たちの色で『粋』に行動し、組織をアップデートしていく。その確信を得たのは、MVV言語化合宿での出来事でした。
壁一面の方眼紙に、旧アクトコールとインサイト、それぞれの幹部たちが過去の年表を書き出したんです。良かったことも、苦しかったことも、味わった感情もすべてをさらけ出した。
そのとき、『これらがあったから今があるんだ』と、互いの歴史をリスペクトし、ここからの新しい年表を創っていくのは我々であり、さらに次なる年表を創り出す人材を育てていく、その覚悟が決まりました。
僕が本当に残したいのは、単なる事業の成功ではありません。 企業のヒストリーが、そこに関わった一人ひとりの人生にとっても、輝かしい『個人のヒストリー』として刻まれる場所です。
このグループで成長した人間が、社内はもちろん、たとえ転職や独立という別の道を選んだとしても、ここで過ごした時間が人生の誇りとなり、その先で『粋な人間』として活躍し続けてほしい。
会社を去った後も、彼らの年表の中で『粋な時間だった』と思えるような、圧倒的な成長と情熱の土壌を、僕は残していきたい。そのためにも、まずは2030年までの確かな道筋を描き、その先のバトンを次世代に渡す準備を整えるつもりです。
社名に込めた『粋』という言葉が、単なる制度やスローガンとしてではなく、一人ひとりの振る舞いや生き方として、組織の隅々にまで息づいていく。そんな組織を創り上げることができたなら、経営者としてこれ以上の喜びはありません。
シック・グループという土壌から、多くの『粋な人生』が生まれていく未来を、僕は心から楽しみにしています。
〈プロフィール〉

福地 泰(ふくち たい)
株式会社シック・ホールディングス 代表取締役社長
1979年生(46歳)
2002年、株式会社リロケーション・ジャパン入社。2006年、株式会社インサイトの創業メンバーとして参画し、家賃決済代行サービスの企画・営業開発を牽引する。2013年に同社がアクトコール・グループ参画後は、決済ソリューション事業の責任者として事業拡大に貢献し、2016年3月にインサイト代表取締役に就任。 2019年、グループの大きな転換期にアクトコールの代表取締役に就任。混乱の渦中にあったアクトコールの組織再建という困難な局面において、「自律型組織」へと再生させるべく、1年以上かけて社員と向き合い、新たな旗印「CHIC(粋)」を掲げる。徹底したガバナンス強化と「原点回帰」を経て、現在は株式会社シック・ホールディングス代表取締役として、蓄積された現場知見とデジタルを融合させた新たな不動産DXビジネスの開発と市場開拓を先頭で牽引している。
