※本ページ内の情報は2026年4月時点のものです。

川崎市溝の口。都心へのアクセスに恵まれたベッドタウンとして知られるこの街で、創業52年の老舗不動産会社・丸貞が、異色の挑戦を続けている。
プロダンスリーグ「D.LEAGUE」のチーム・KADOKAWA DREAMSの運営支援、ウォールアートによるランドマーク創出、地域特化型アプリの開発、行政と連携した遊歩道化構想。その仕掛けは、不動産会社の枠を大きく超えている。
しかし、これらは決して趣味やボランティアではない。その根底にあるのは、「地域が発展すれば、不動産価値も上がる」という極めてロジカルな経営判断だ。
祖父が興した会社を三代目として受け継いだ持田裕司社長は、安定期に入った老舗企業だからこそ取れるリスクを武器に、「エンタメ」で街そのものの価値を書き換えようとしている。
まちづくりのROIをどう設計し、組織をどう変え、次の10年に何を見据えているのか。持田社長の戦略と葛藤に迫った。
1.「建物」だけではなく「エンタメ」で街を変える。三代目が描いた逆転の発想
――創業52期を迎えた丸貞ですが、一般的な不動産会社とは異なり、「まちづくり」から事業を組み立てています。三代目として、なぜこの方向に舵を切ったのでしょうか。
持田裕司(以下、持田): 丸貞は祖父が起業した会社で、おかげさまでずっと溝の口一本でやってきました。
3代目の私としては、すでに事業基盤がある。だからこそ、僕らの代でしかできないことがあると考えたんです。
地域が発展すれば会社も成長していく。その視点から、地域と共に歩むまちづくりをもっとオープンにやっていこうと決めました。

――「エンタメの街」というコンセプトは、どこから生まれたのでしょうか。
持田: 川崎って、東京タワーのようなキャッチーな建物があるわけではないですし、溝の口はどちらかというとベッドタウン的なイメージが強い街です。
人は多いんですが、皆さん「程よく良い」くらいの感覚でしか見ていない。
でも、逆にそれを利用できるんじゃないかと考えました。 建物だけで勝負するのではなく、ダンスやスポーツといったエンタメで人を呼び込む。
溝の口にはB級グルメや裏路地の飲み屋街といった面白いコンテンツがすでにあるので、エンタメで人を集めて、食事も楽しんでもらう。そうすると各事業者が潤い、結果として家賃も上げていける。そういう循環を作りたいというのが出発点です。

――実際に、そのコンセプトが本業に繋がった事例はありますか。
持田: 一つの通りの話なんですが、もともと夜道が暗く、飲食店もほとんどないエリアがありました。
ただ、その通り沿いの物件を一定数管理していたことで、「点ではなく面でコントロールできる余地」があると判断しました。
そこでオーナー様にご理解いただきながら、意図的に飲食店を誘致していきました。
単にテナントを埋めるのではなく、「夜間の光量」「滞在時間」「人の回遊」を設計するイメージです。
結果として、人の流れが変わり、通り全体の視認性と安心感が向上しました。
さらに重要なのは、我々が関与していない周辺物件にも同様の動きが波及し、エリア全体の用途転換が自然発生的に進んだ点です。
これはいわゆる“エリア価値の連鎖的上昇”が起きた状態だと捉えています。
当然ながら、店舗が入ることで住宅用途よりも賃料水準は上がり、オーナー様の収益性改善にも繋がりました。
ただし、この手法は万人にとって最適解ではありません。
地域特性や住民ニーズ、オーナー様の資産方針によっては、静けさや住環境を重視すべきケースもあります。
だからこそ我々は、いきなりエリア全体を変えようとするのではなく、自社でコントロールできる範囲において先行投資し、成功確率の高いモデルを実証することを重視しています。
2. KADOKAWA DREAMSと「点を線にする」挑戦。ダンス×アートで街にランドマークを作る

――まちづくりの中核にKADOKAWA DREAMSの存在があります。スポンサーでありながら運営にも関わるという、独自の立ち位置ですが、どのような経緯で始まったのでしょうか。
持田: きっかけは、地域の方々との繋がりの中から生まれたものです。
プロダンスリーグ「D.LEAGUE」のチームであるKADOKAWA DREAMSに対して、スポンサーという立場だけではなく、チームとしてスポンサーを募る窓口や、川崎市の行政との連携役を担っています。
今3年目になりますが、東急さんがスポンサーについてくださったり、上場企業が興味を持ってくださったり。それ以上にありがたいのは、周辺地域の中小企業さんが協力的にスポンサーになってくださっていることです。
大きな企業の名前も大切ですが、地域の企業が一緒に動いてくれるというのは、まちづくりとしては何より心強いですね。

――ダンスの文脈から、ウォールアートや新ビル計画にまで展開されています。「点を線にする」とはどういうことでしょうか。
持田: JR武蔵溝ノ口駅の近くに、ブレイキンの練習場があるんです。オリンピックで金メダルを獲ったAMI選手もそこで練習していて、ブレイキンの世界では超メジャーな場所なんですが、地元の人たちにはあまり知られていない。
その価値に可能性を感じ、川崎市政100周年記念事業における関係者間の調整役としてプロジェクトに関わることになりました。ヒップホップカルチャーとの親和性を踏まえ、発信手法としてミューラルアートに着目し、コンセプトの整理、関係各所との調整を担いました。
奉仕団体等および川崎市の支援によって進められ、駅近くにミューラルアートが設置されることで、これまで見えづらかったカルチャーの価値が、街の中で“可視化”される形になりました。
さらに現在は、そのアーティストの方との関係性を活かし、 新たに建設するビルの壁面にもミューラルアートを取り入れる計画を進めています。
そのビルが、溝の口で若い子たちが集まるランドマークになってくれればいい。 ブレイキンの聖地としての側面、ウォールアート、新しいビル。
一つ一つは「点」ですが、それを繋いで「線」にしていく段階にようやく入ってきたという感覚です。

――地域特化型アプリの開発も進められています。不動産会社がアプリを作るというのは珍しい判断ですが、なぜ、そしてなぜ別会社で取り組むのでしょうか。
持田: 昔、タウンページってありましたよね。
あれを開けば歯医者さんや飲食店など、地域のあらゆる情報が一覧で見られた。
でも今はネット社会になり、情報は便利になった一方で、飲食店は食べログ、美容室はホットペッパービューティーと、ジャンルごとに分断されてしまっている。
その結果、溝の口に住んでいる方でも、「ここにこんなお店あったんだ」と、地域の情報を十分に把握できていない状況が生まれています。そこで私は、「現代版タウンページ」をつくる発想で、溝の口のあらゆる業種を横断して見られるアプリを構想しました。
飲食店だけでなく、ゴルフレッスン、美容室、ピラティスなど、あらゆるBtoC事業者が一つのプラットフォーム上に集まることで、地域の情報を“点ではなく面”で捉えられる状態をつくる。
そしてこのアプリの特徴として、単なる掲載にとどまらず、クーポンサブスクリプションモデルを採用しています。
ユーザーは定額で様々な店舗の特典を受けられ、店舗側にとっては新規顧客との接点創出や来店頻度の向上につながる。現在、5月のローンチに向けて準備を進めています。
また、この事業を別会社として立ち上げた理由はシンプルで、より多くの方々に使っていただくためです。街を最も行き来しているのは不動産会社ですが、これが「丸貞の事業」だと、同業他社が関わりづらくなってしまう。
だからこそ独立した事業体とすることで、 他の不動産会社さんともフラットな立場で「一緒に街を盛り上げていきましょう」と言える環境を整えました。
ただ正直なところ、このモデルが本当に利用者にとって価値があるのか、まだ確信があるわけではありません。サブスクで料金をいただく以上、その対価として継続的に価値を提供できるのか。
また加盟店さんにも特典提供という形で協力いただく中で、 新しい価値をきちんと生み出せるのか。
慈善事業ではないからこそ、ユーザー・加盟店・運営の三者にとって成立するバランスをどう作るか。その難しさと向き合いながら、一つの街でモデルを実証していきたいと考えています。

3. 一気通貫から分業へ。「社長がいなくても回る組織」を3年かけて作った
――三代目として就任された時、最初に「変えなければ」と感じたことは何でしたか。
持田: 特に賃貸部門のテコ入れが必要だと感じていました。当時は「一気通貫」の体制で、入居者の募集から対応、退去、修繕まで、一人の担当者がオーナーさんを丸ごと受け持っていたんです。
一見すると効率的に見えるかもしれませんが、担当者が休めばそのオーナーさんへの対応が止まりますし、報告の仕組みも整っていなかったので、人によってサービスの質がバラバラでした。
そこで、入居希望者のリーシング(仲介)を行う部署と、オーナーさんを対応する部署に分けました。昔からいる社員にとっては、自分の裁量で自由にやれていたものにルールが入るわけですから、正直やりづらさはあったと思います。
ただ、新しく入った社員は最初からその体制なので、当たり前のものとして受け入れてくれています。時間はかかりますが、組織の基準を上げていくにはこの方法しかないと思っています。

――社長自身がKADOKAWA DREAMSや行政との連携に時間を使うには、現場を離れられる体制が必要です。それをどう作りましたか。
持田: ここは正直、今でも課題で難しさを感じている部分です。ただ、3〜4年かけて、ようやく自分が外に出ても大丈夫だと思えるところまで来ました。
やったことはシンプルで、まず部署をテコ入れして、そこに役職をつけて、責任感をしっかり持たせるようにしました。社員一人一人が意識を持ってくれるようになったことが一番大きいです。
あとはLINEなどで出先でもやり取りできる体制にして、緊急のことがあればすぐ連絡が取れるようにしています。
もう一つ意識していることは、私が関わっている活動がすべて地域のものなので、物理的に遠くに行かないんですよね。距離が近いからこそ、会社に顔を出してから外出するという動き方ができる。
それまでの間は会社のことを第一優先にしていましたし、いきなり飛び出したわけではありません。地道に体制を整えた上で、少しずつ外に出るようになったという流れです。
4. ベッドタウンから「わざわざ来たい街」へ。トラベルツーリズムという次の一手
――溝の口駅南口の遊歩道化という壮大な構想も進めていると伺いました。
持田: 溝の口駅の南口に、バス通りの大通りとは別に、昔使われていた道路がもう一本あるんです。
車は通れるんですが、ほとんど使われていない。飲食店も1階にはほとんどないし、緑も少ない。
また、町会の方々にも直接ご説明を重ねる中で、「すごくいい取り組みだね」と共感の声をいただくだけでなく、町会としても主体的に関わっていこうという動きが出てきています。
単なる賛同にとどまらず、地域として一緒にこの構想を形にしていこうという機運が高まってきていると感じています。
このように、行政・地域・民間がそれぞれの立場で連携しながら進められていること自体が、このプロジェクトの大きな価値だと捉えています。

――大手旅行代理店や銀行とも連携した「トラベルツーリズム」構想についても教えてください。
持田: エンタメを通じて街の価値を高めていくという取り組みの延長線上で、もう一つ実現したいと考えているのが、溝の口における「ツーリズム」の仕組みづくりです。
溝の口は、ブレイキンの練習拠点があり、KADOKAWA DREAMSというトップチームも活動している、“カルチャーとしての強み”を持った街です。
この価値を一過性のイベントではなく、人が訪れる理由=目的地として設計できないかと考えています。
例えば、ダンスの聖地としての文脈を活かし、 ワークショップや体験コンテンツを通じて、実際に身体を動かしながらカルチャーに触れてもらう。その流れの中で、溝口神社のような地域の文化資源とも掛け合わせながら、これまでにない“カルチャーと地域文化が融合した体験”をつくっていく。
具体的な表現方法については、現在さまざまな可能性を検討している段階ですが、アートやデザインの力も取り入れながら、溝の口ならではの象徴的なコンテンツに昇華できればと考えています。
そして最後は、溝の口の飲食店や街の中を回遊してもらうことで、カルチャー体験がそのまま街の消費や賑わいにつながる導線をつくる。一つ一つの要素を単体で終わらせるのではなく、「体験として編集する」ことで、溝の口という街全体を目的地にしていきたいと思っています。
外国の方をインバウンドで呼び込んだり、ダンス好きな若い子たちを全国からこっちに集めたり。 ただ住むための街ではなく、溝の口に「わざわざ来たい」と思ってもらえるような街にしていきたいんです。
今、大手旅行代理店さんや銀行さんにも相談しながら、補助金の活用も視野に入れてスタートさせているところです。
――最後に、持田社長が描く丸貞と溝の口の5年後、10年後の姿を教えてください。
持田: ベッドタウンだった街が、エンタメを介して「賑わいの街」へと変わっていく。
それが、5年後、10年後に実現したい姿です。
今はまだ、「点」を一つ一つ打っている段階です。KADOKAWA DREAMSの支援、ミューラルアート、地域アプリ、遊歩道構想。
一見するとバラバラの取り組みに見えるかもしれませんが、これらはすべて、「エンタメで人を呼び込み、回遊を生み、地域経済を動かし、不動産価値を引き上げる」という一本の戦略で繋がっています。
重要なのは、最初から街全体を変えようとしないこと。まずはコントロールできる範囲で、小さくても確実な成功事例をつくる。実際に、一つの通りを明るくしたとき、周囲のオーナー様が自発的に追随してくれた。
あの経験を通じて、「成功は連鎖する」という確信を持つようになりました。だからこそ今も、点を打ち続けています。やがてそれが線になり、面となり、街の価値そのものを変えていく。
小さな成功を積み重ねれば、街は変わる。そのプロセスを、溝の口というフィールドで実証し、再現性のあるモデルとして確立していくこと。
それが、丸貞の三代目としての自分の役割だと考えています。
〈プロフィール〉

持田 裕司(もちだ・ひろし)
株式会社丸貞 代表取締役社長。
祖父が創業した丸貞の三代目として代表に就任。創業以来の拠点である川崎市溝の口を軸に、不動産管理・新築戸建て分譲・仲介事業を展開する一方、プロダンスリーグ「D.LEAGUE」のKADOKAWA DREAMSの支援、地域特化型アプリの開発、行政と連携した遊歩道化構想など、「エンタメ×不動産」で地域価値を高めるまちづくりエコシステムの構築に取り組む。
