
のれん償却は買収後の利益をどれだけ減らすか|償却期間の決め方と非償却の議論
M&Aで企業の買収や合併を行うと多くの場合「のれん」が発生します。日本の会計基準では、このれんを毎年少しずつ費用として計上します。現金は出ていかないのに、営業利益は毎年減ります。
買収計画を考えるとき、この負担をどう見積もるかは避けて通れません。この記事では、のれんが何から生まれ、どれだけ利益を圧迫し、期間の決め方でどう変わるのかを整理します。あわせて、日本基準の定期償却を見直すべきかという議論の現在地も扱います。
1. のれん償却は買収後の営業利益を毎年減らす
1-1. のれん償却費は営業費用として計上される
のれんは、買収した会社の純資産を上回って支払った金額のうち会計上、無形固定資産として計上したもののことです。ブランド力や顧客基盤、従業員の技能など、単独では貸借対照表に載せにくい価値がまとめて計上されます。
日本の会計基準では、のれんを20年以内のその効果の及ぶ期間にわたって、定額法その他の合理的な方法により規則的に償却します。そしてのれんの当期償却額は、販売費及び一般管理費の区分に表示されます。
ここが重要です。販売費及び一般管理費は営業費用なので、のれん償却費は営業利益の段階で差し引かれます。営業外費用でも特別損失でもありません。
たとえば100億円ののれんを10年で償却する場合、毎年10億円が販管費に計上されます。買収先の営業利益がそれを補わない限り、親会社の連結営業利益は10億円分押し下げられます。
このようにM&Aを重ねる会社ほど、償却費が積み上がり、本業の利益を圧迫するリスクが高まります。
1-2. 現金の支出はないが利益は減る
のれん償却費が計上される各期に、現金は動きません。買収の対価は買収時点で支払い済みで、償却はその支払いを効果が及ぶ期間に配分し直す会計上の処理です。
キャッシュ・フロー計算書では、営業活動によるキャッシュ・フローを計算する際に税金等調整前当期純利益に足し戻されます。減価償却費と同じ扱いです。
ただし、だから影響がないことにはなりません。理由は2つあります。
ひとつは、営業利益や当期純利益が実際に減少することです。これらは業績評価や株価の判断材料として使われ、役員報酬の算定基礎や財務制限条項の対象になっていることもあります。
もうひとつは税務との関係です。第3章で扱いますが、株式を取得する形のM&Aでは、会計上は費用が計上されるのに税務上は損金になりません。
現金は動かないが、利益は減り、税金も減らない。だからこそ、M&Aによってどれだけのれんが計上されるのかを理解しておく必要があります。
2. 買収価格のうち、いくらがのれんになるのか
2-1. のれんは買収価格と純資産の差額
買収による利益圧迫リスクを防ぐためには、そもそも「のれんがいくら発生するのか」を正確に把握する必要があります。 のれんの金額は、買収価格と純資産の差額によって決まります。
ただし純資産とは、対象会社の貸借対照表に載っている純資産ではなく時価純資産です。
会計基準では、まず取得原価を被取得企業から受け入れた資産及び負債のうち企業結合日時点で識別可能なものの時価を基礎として配分します。この配分は企業結合日以降1年以内に完了させます。
そして取得原価が、配分された純資産価額を上回る場合に、その超過額がのれんになります。この「取得原価の配分」のことをPPA(Purchase Price Allocation)といいます。
つまり、買収価格を決め、対象会社の資産と負債を時価に評価し直し、その純資産価額を買収価格から差し引いた残りの金額がのれんとなります。
土地や有価証券に含み益があれば純資産価額は大きくなり、のれんは小さくなります。逆に含み損があればのれんは大きくなります。簿価上の純資産だけを見て考えると、実際の金額とズレが生じます。
なお、この差額が逆方向、つまり買収価格が純資産価額を下回る場合は、負ののれんとなり原則として特別利益に表示されます。
2-2. 無形資産を識別するとのれんは小さくなる
会計基準では、受け入れた資産に法律上の権利など分離して譲渡可能な無形資産が含まれる場合、当該無形資産は識別可能なものとして取り扱うとされています。特許権、商標権、顧客との契約に基づく権利などがこれにあたります。
かつては無形資産に配分することが「できる」という選択的な扱いでしたが、識別可能と判断された以上その取扱いに選択肢を残すべきではないとして、原則として識別して資産計上することを求める形に改められています。
無形資産として切り出した分だけ、のれんの金額 は小さくなります。ただし、識別した無形資産にも耐用年数に応じた償却が発生するため、企業全体の費用総額が消えるわけではありません。 これにより内訳と期間は変わりますが、費用の総額は変わりません。
2-3. 純資産を上回る価格で買うほどのれんは膨らむ
買収価格が対象会社の時価純資産を上回る部分は、そのままのれんとして残ります。将来の収益力に期待して上乗せした金額が、そのまま毎年の償却負担になる構造です。
ここで注意したいのが、上乗せが大きいほど別のリスクも生じることです。
会計基準の結論の背景では、取得原価のうちのれんやのれん以外の無形資産に配分された金額が相対的に多額になるときには、企業結合年度においても減損の兆候が存在すると判定される場合があると述べられています。
被取得企業の時価総額を超えて多額のプレミアムが支払われた場合や、取得時に明らかに識別可能なオークション又は入札プロセスが存在していた場合も同様に取り扱われることがあるとされています。
つまり高い価格で買えば、毎年の償却費が増えるだけでなく、買収した年度から減損の検討対象になる可能性があります。
3. 償却期間の決め方で毎年の負担が変わる
3-1. 会計上は20年以内で効果の及ぶ期間に応じて決める
会計基準は、のれんを資産に計上し、20年以内のその効果の及ぶ期間にわたって、定額法その他の合理的な方法により規則的に償却すると定めています。ただしのれんの金額に重要性が乏しい場合には、発生した事業年度の費用として処理することもできます。
上限は20年ですが、20年が原則ではありません。会計基準が求めているのは「その効果の及ぶ期間」に合わせることです。買収で見込んだ効果が何年続くと考えるのか、その見積もりが期間の根拠になります。
なお会計基準は、規則的な償却を行う方法と、償却せずに価値が損なわれた時に減損処理を行う方法との選択適用については、利益操作の手段として用いられる可能性があることから認めないとしています。
償却するからといって減損がなくなるわけでもありません。のれんは固定資産の減損に係る会計基準の適用対象資産であり、規則的な償却を行う場合でも同基準に従った減損処理が行われます。
3-2. 期間を短くすると利益への影響が集中する
同じ金額ののれんでも、期間の取り方で毎年の負担は大きく変わります。
| 償却期間 | 年間の償却費 | 買収前の営業利益が50億円だった場合の影響 |
|---|---|---|
| 5年 | 20億円 | 40%相当 |
| 10年 | 10億円 | 20%相当 |
| 20年 | 5億円 | 10%相当 |
※のれん100億円を定額法で償却した場合。買収した事業自体の損益は考慮していない
ファーストパートナーズ作成
期間を短くすれば早く償却が終わる代わりに、その間の利益は大きく圧迫されます。長くすれば毎年の負担は軽くなりますが、圧迫される期間が延びるため総額は変わりません。
ただし、期間は経営判断の余地として使えるものではありません。会計基準が求めているのは効果の及ぶ期間に合わせることであり、利益への影響を調整するために選ぶことは想定されていません。
発生したのれんについては金額、発生原因、償却方法及び償却期間を注記することが求められ、選んだ期間とその根拠は外部から確認できる形で開示されます。
3-3. 税務上は期間を選べない
会計と税務では、扱いが別々に決まります。しかもその前に、そもそも税務上ののれんが生じるかどうかという分岐があります。
法人税法では、非適格合併等により交付した対価の額が、移転を受けた資産及び負債の時価純資産価額を超える場合に、その超える部分の金額を資産調整勘定として計上します。
この資産調整勘定は、当初計上額を60で除して各事業年度の月数を乗じた金額を減額する形で、5年間にわたって均等に損金に算入されます。
ここで重要なのは「非適格合併等」という限定です。これにあたるのは、非適格の合併や会社分割、事業の譲受けなど、資産と負債を直接移転する形態です。
株式を取得して子会社にする形のM&Aでは、連結財務諸表上ののれんは計上されますが、税務上の資産調整勘定は発生しません。
| 取引形態 | 会計上ののれん | 税務上の資産調整勘定 |
|---|---|---|
| 株式取得(子会社化) | 連結上で計上・20年以内で償却 | 発生しない |
| 事業譲受・非適格合併等 | 計上・20年以内で償却 | 計上・60ヶ月で均等に損金算入 |
※会計は企業会計基準第21号、税務は法人税法第62条の8による
出典:企業会計基準第21号、法人税法第62条の8を基にファーストパートナーズ作成(URLは記事末尾の出典一覧を参照)
株式取得の場合、会計上は毎年費用が計上されるのに、税務上はその分だけ課税所得が減るわけではありません。第1章で触れた「現金は動かないが、税金も減らない」という状態は、この形態で生じます。
なお資産調整勘定の逆方向にあたる差額負債調整勘定も、同じく60ヶ月で取り崩し、益金に算入されます。
会計上は効果の及ぶ期間を自分で見積もり、税務上は60ヶ月で固定される。同じ買収でも、2つの数字が別々に動きます。
4. のれんの会計処理を巡る議論と決着
4-1. なぜ「のれん非償却案」が提案されたのか
日本基準がのれんを償却する一方、国際的な会計基準は償却しません。この差が、日本企業の買収行動に影響しているという指摘が出ています。
2025年5月30日、経済同友会がスタートアップ有志および企業経営者有志との連名で「のれんの非償却の導入及びのれん償却費計上区分の変更」に関するテーマ受付表を、企業会計基準委員会(ASBJ)を運営する財務会計基準機構に提出しました。
提案は2点で、のれんの償却だけでなく非償却も認める選択制の適用と、のれん償却費を営業費用ではなく営業外費用か特別損失に計上することです。
背景として挙げられている論点は3つです。
定期償却を求める日本基準は有形資産中心のビジネスモデルを前提としているが、企業価値の決定因子は無形資産へ移り変わっていること。
IASB(国際会計基準審議会)およびFASB(米国財務会計基準審議会)で償却の再導入が否決され、日本基準は国際的に少数派であること。
そして、のれん償却に伴う営業利益の減少を懸念して競争力のある買収価格を提示できず、他国企業のM&Aに競り負けることがあるという指摘です。
同じ会社を同じ価格で買っても、日本基準の企業とIFRS(国際財務報告基準)適用企業では、その後に見える営業利益が変わります。
4-2. 会計基準によるアプローチの違い(日本基準 vs 国際基準)
両者の違いを整理すると次のようになります。
| 項目 | 日本基準 | 国際財務報告基準(IFRS) |
|---|---|---|
| のれんの償却 | 20年以内の効果の及ぶ期間にわたり規則的に償却 | 償却しない |
| 減損テスト | 減損の兆候がある場合に実施 | 兆候の有無にかかわらず少なくとも年1回実施 |
| 償却費の計上区分 | 販売費及び一般管理費 | 償却しないため計上なし |
※日本基準は企業会計基準第21号、IFRSの減損テストの頻度については企業会計基準諮問会議の資料による
出典:企業会計基準第21号、第54回企業会計基準諮問会議資料を基にファーストパートナーズ作成(URLは記事末尾の出典一覧を参照)
実務上の差もあります。のれんが非償却であるIFRSでは、のれんと識別可能資産との区別が重要になるため、評価の専門家に依頼するなどより厳格に行われていると言われています。
4-3.「償却」と「非償却」それぞれのメリット・デメリット
この論点は新しいものではありません。会計基準の結論の背景に、両論が整理されています。
償却する方法の論拠は3つです。企業結合の成果である収益と、償却という費用の対応が可能になること。のれんは投資原価の一部であり、規則的な償却は投資原価を超えて回収された超過額を利益とみる考え方と一貫すること。
そして、企業結合により生じたのれんは時間の経過とともに自己創設のれん(買収後に企業が自ら生み出した超過収益力)に入れ替わる可能性があるため、その実質的な資産計上を防げることです。
非償却の問題点としては、のれんが超過収益力を表すとみると、競争の進展によって通常はその価値が減価するにもかかわらず、その過程を無視することになる点が挙げられています。
超過収益力が維持されている場合も、それは買収後の追加的な投資や努力によって補完されているため、償却しないことは自己創設のれんを計上することと実質的に等しくなる、という指摘です。
一方、償却する方法の弱点も認められています。効果の及ぶ期間及び減価のパターンは合理的に予測可能なものではない、という点です。
基準はこれに対し、減価が全く認識されない可能性がある方法よりも規則的な償却のほうが合理的だとしています。なお、非償却を導入した場合には経営者による裁量の余地が拡大するとの懸念も挙げられています。
4-4. 議論の決着:「定期償却の維持」への決定(2026年)
国際基準と日本基準で分かれていたのれんの会計処理を巡る議論は、2026年に大きな節目を迎えました。結論から言えば、国際基準・日本基準ともに「現行の処理を維持する」ことで決着しています。
まず国際基準側では、IASB(国際会計基準審議会)およびFASB(米国財務会計基準審議会)でのれんの会計処理をめぐる長期の議論が終焉し、償却の再導入は否決されました。つまり、国際基準は「非償却」を維持する形で確定しています。
一方、日本基準側の経緯は次のとおりです。経済同友会などからの強い要望を受け、2025年半ばから財務会計基準機構(FASF)の企業会計基準諮問会議などを舞台に議論が重ねられてきました。
2026年7月の諮問会議において、ASBJ(企業会計基準委員会)に対して「のれんの非償却の導入」や「選択制の導入」を新規テーマとして提言しないことが正式に決定されました。
非償却を導入した場合、減損テストやPPAに関連する実務負荷やコストが膨大になること、基準改定に多大な時間を要し、M&Aを行わない企業への影響も広範に及ぶことなどが主な理由です。
ただし、非償却の導入が見送られた代わりとして、実務上の課題に対応するための議論は続きます。
諮問会議はASBJに対し、「のれんの償却期間や償却方法の考え方の明確化」や、代替案として要望されていた「のれん償却前営業利益」の表示の可否などについて検討を進めるよう提言しました。
買収を検討する立場からすれば、前提とすべきは引き続き現行基準です。20年以内の規則的な償却、販売費及び一般管理費への計上という扱いは変わりません。
今後は、制度そのものの変更を期待するフェーズから、「償却前利益の開示」など、ステークホルダーに対する柔軟な「見せ方」の工夫が実務上の焦点になっていくと言えます。
5. 買収を検討する段階で確認しておくこと
のれんによる利益圧迫 は、買収 契約を結んでから調整できるものではありません。買収 価格と取引形態(株式取得か事業譲渡か) が決まった時点で、その後最長 20年間にわたる自社の損益への影響がほぼ確定します。
経営者は契約前の 検討段階で以下の2点を押さえておくと良いでしょう、
5-1. 会計と税務それぞれの取扱い
第3章で見たとおり、株式取得では会計上の償却費が損金にならず、事業譲受では60ヶ月で均等に損金算入されます。
取引形態は税務だけで決まるものではなく、簿外債務の引継ぎや許認可の承継など多くの要素が関わりますが、税務上の扱いがこれだけ違う以上、形態を選ぶ段階で両面を並べて確認しておく必要があります。
実際の判断は対象会社の状況や取引の設計によって変わります。具体的な処理については、監査人や税理士に個別にご確認ください。
5-2. 償却費を織り込んだ後の利益計画
買収後の連結営業利益は、買収した事業が生む利益から償却費を差し引いた金額になります。
確認したいのは、償却費を吸収できる水準の利益が見込めるかです。100億円ののれんを10年で償却するなら毎年10億円。買収した事業がそれを上回る営業利益を生まなければ、連結の営業利益は買収前より減ります。
影響を懸念して価格を抑える判断もありえますが、交渉上の競争力との兼ね合いになります。第4章で見たとおり、これは制度そのものへの問題提起として議論されている論点でもあります。
6. まとめ
M&Aにおいて買収価格が対象企業の時価純資産を上回った際に生じる「のれん」は、日本基準では最長20年間にわたり規則的に償却されます。
この償却費は販売費及び一般管理費として計上されるため、現金の流出を伴わないものの、企業の稼ぐ力を示す営業利益を毎期確実に押し下げる要因となります。
さらに株式取得スキームの場合、会計上の費用になっても税務上の損金には算入されず、税負担を軽減する効果もありません。
買収を検討する企業は価格と純資産の差、識別できる無形資産、償却費を差し引いた後の利益計画、そして取引形態による会計と税務の違い。この4点を契約前に確認しておけば、買収後の損益やキャッシュフローを見通すことができるでしょう。
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