
「粘って、諦めずに、勝ちを信じる。」
それは、今年の関西大学アメリカンフットボール部「KAISERS」が辿り着いた答えだ。
全日本大学選手権・準々決勝、明治大学グリフィンズとの一戦。試合開始早々に「一発タッチダウン」を奪われるという、誰も予想しなかった苦しい幕開けだった。
スタンドがどよめき、ベンチに緊張が走る。昨年までなら、そのまま相手に流れを渡して崩れていたかもしれない。だが、今年の彼らは違った。焦りを飲み込み、仲間を信じ、泥臭く食らいつく。リーグ戦終盤の引き分け、そこから見えた慢心と挫折。それら全てを糧にして、チームは「逆境を楽しむ」強さを手に入れていた。
「自分たちのチームを好きになること」。和久憲三監督がシーズンを通して植え付けてきたその哲学が、土壇場で結実した瞬間だった。
本インタビューでは、明治大学戦の激闘の裏側にあった緻密な準備と心の変化、そして次なる宿敵・関西学院大学戦へ向けた、選手たちの「人生を懸けた覚悟」に迫る。
【監督・和久憲三:逆境で崩れない「愛されるチーム」へ】
━━明治大学戦、開始早々に先制される展開でした。率直な心境はいかがでしたか
(和久監督)
正直、最初は焦りましたね。「またか」という空気が一瞬よぎりました。
いきなり一発タッチダウンを取られてしまった。去年であれば、あそこでガクッと膝をつき、そのまま相手のペースに飲まれてズルズルといってしまったかもしれません。ベンチの雰囲気も「どうしよう」と浮足立っていたでしょう。
しかし、今年の選手たちはそこからの“反発力”が違いました。
「大丈夫だ、ここからだ」と声を掛け合い、すぐに点を取り返して流れを渡さなかった。あの瞬間、彼らの成長を確信しましたね。

━━その強さの源泉は何なのでしょうか
「自分たちのチームを好きになること」。今年一年、徹底して取り組んできたのはこの一点に尽きます。
昨年、逆境で脆くも崩れてしまった原因を突き詰めた時、技術以前に「チームへの誇り」や「仲間への理解」が足りていないのではないかと感じました。
だからこそ今年は、仲間と話し、仲間を深く知り、互いの背景まで理解するような泥臭いコミュニケーションを積み重ねてきました。
「こいつのためなら体を張れる」「このチームのために勝ちたい」。
そんな目に見えない絆こそが、逆境という土壇場で踏ん張るための、最強の杭になるんです。そうやって作り上げた「愛されるチーム」の強さが、あの苦しい立ち上がりを救ってくれました。
━━アウェーでの試合でしたが、準備面での手応えは
言い訳の材料をすべて潰し、万全の状態で送り出せました。
昨年の遠征では、朝食会場が狭く時間がバラバラだったり、移動でバタついたりと、小さなストレスがありました。ですが今回は、全員揃ってゆったりと食事を摂り、品川から川崎への移動もスムーズで、予定通りの時間に球場入りできた。
「コンディションは最高だぞ、何の言い訳もできへんぞ」と選手を鼓舞しました。
そして何より、スタンドを見た時の感動です。「アウェーだから」と覚悟していましたが、蓋を開ければほぼ満員。我々のスタンドが関大カラーで埋め尽くされている光景は、選手たちに凄まじい勇気を与えてくれました。
━━今年の関大の戦い方を一言で表すと?
「粘り抜いて勝つ、泥臭いチーム」ですね。
我々はスマートに勝てるチームではありません。ですが、ODK(オフェンス・ディフェンス・キッキング)すべてが融合し、全員が諦めずに1プレーに食らいつく執念があります。
格好悪くてもいい。最後にスコアボードで1点でも上回っていればいい。その「泥臭さ」こそが、今年のKAISERSの最大の武器であり、誇りです。

【MVP DB#1 吉田優太:リベンジへの執念と準備】
この日、守備で圧巻のパフォーマンスを見せたのが、DB(ディフェンスバック)#1 吉田優太(よしだ ゆうと)だ。相手のエースRBを封じ込める鋭いタックルを連発し、チームのピンチを何度も救った。

━━素晴らしい活躍でした。勝負所でのキックオフリターンTD、振り返っていかがですか
(吉田選手)
ブロックする選手がいい景色を見せてくれたんで、やるべきことをやったという感じです。ただ、その瞬間を呼び込めたのは準備のおかげだとも思っています。
練習通りのイメージをみんなで再現できたので、やるべき事をみんながやったタッチダウンです。
キックオフリターンTDをきっかけに相手にも精神的なダメージを与えることができ、その後のプレーにもいい影響を与えることができたと思います。
そして、今シーズン、自分の中で「タックル」が最大の課題でした。ずっとタックル練習を繰り返してきて、今日の相手も強力なランナーがいることは分かっていたので、絶対に自分が止める場面が来ると想定していました。
練習でやってきたことが、試合という一番大事な場面でいい形に出せた。まさに「練習の賜物」だったかなと思います。
━━次戦はおそらく宿敵・関西学院大学です。特別な思いはありますか
僕はこの1年間、関学の6番・五十嵐選手のことだけを考えてやってきました。
昨年、彼に決定的なタッチダウンを決められて負けてしまった。その悔しさがずっと消えていません。だからこそ、次は絶対に「最後は自分が勝った」と言わせるようなプレーをしたい。
今日の試合、勝ちはしましたがDBユニットとしては失敗したプレーも多かった。次は個人的なリベンジも含め、「DBの力で勝った」と胸を張れる試合にします。

【主将 RB#6 山㟢紀之:「綺麗に勝つ」を捨てた覚悟】
チームの精神的支柱、主将 RB(ランニングバック)#6 山㟢紀之(やまざき のりゆき)。彼はリーグ戦終盤の苦悩を赤裸々に語ってくれた。挫折を知ったリーダーは、チームをどう立て直したのか。

━━10月の苦戦から、今日の勝利まで。チームに何が起きていたのでしょうか
(山嵜主将)
正直に言うと、「慢心」と「勘違い」がありました。
関学と引き分けた当時、立命館にも負けておらず、無敗という状況でした。そこで勝手に「自分たちは強いんだ」というレッテルを貼り、変な余裕が生まれてしまった。あってはいけない緩みでした。
特に反省しているのは神戸大学戦です。僕自身が「圧勝、圧勝」と言い過ぎてしまった。
「綺麗に勝つこと」「大差で終わること」にこだわりすぎて、目の前の1プレーへの執着が薄れていました。結果、やろうとしたことが全て空回りしました。
━━そこからどう切り替えたのですか
立命館にボコボコにされて、目が覚めました。今日の試合結果は、僕たちが「綺麗に勝つ」ことよりも「泥臭く勝つ」ことを選び、本当に変われた証だと思っています。
━━次戦、そして甲子園ボウルに向けての決意をお願いします
あと2回勝てば日本一です。でも、勝っても負けても、シーズンはあっという間に終わります。
準備できる時間はわずか3日ほどしかありません。だからこそ、もう一度すべてを出し切る。学生スポーツは最後は「気持ち」次第で大きく変わります。
やってきたことだけに自信を持ち、隣の仲間を信じて、それぞれの役割を全うする。僕たちには実力がある。あとはそれを出し切るだけです。
【チームマネジメント:主体性を育む「仕掛け」】
逆境でも崩れない強固なチーム。その背景には、和久監督が実践する独自のマネジメント手法があった。
━━トップダウンではなく、学生主体の組織作りをされているそうですね
(和久監督)
はい。今年から「チーム理念」についても、私から下ろすのではなく、学生たち自身に考えてもらいました。
「みんなが誇りに思えるチームを作るためにどうするか」。一人一人が主体的に考えて行動することを理念の一つとして掲げています。ポジションごとにリーダーを配置し、小さなユニットの集合体としてチームを機能させる。
監督の役割は、彼らが道に迷った時に少しサポートする程度。「自分たちで決めたことだから責任を持つ」という自覚が、今の強さにつながっています。

━━モチベーションを高めるために、どんな工夫をされていますか
「見せ方を変える」ことですね。具体的には「プライドドリル」と「千人プロジェクト」です。
これまでは各ユニット内で黙々とやっていた1対1の対決練習を、チーム全員の前で行う「プライドドリル」に変えました。みんなに見られている緊張感、代表して戦う責任感を持たせることで、同じ練習でも選手の熱量が劇的に変わります。
また、春の初戦は例年スロースタートになりがちなんですが、今年は「千人プロジェクト」として多くの観客を動員しました。満員のスタンドという環境を作ることで、選手のスイッチを入れる。やることは同じでも、演出を工夫することでモチベーションは大きく引き上げられます。
━━短期決戦のトーナメントを勝ち抜く鍵は何でしょうか
「一戦必勝」の徹底です。
昨年、我々は10年以上負けていなかった近畿大学に敗れ、逆に圧倒的な力を持っていた立命館大学に勝ちました。学生スポーツは本当に「心の持ちよう」で結果が左右されます。
だからこそ今年は、先のことは一切考えさせず、目の前の試合だけに集中させる。キャプテン中心に「一戦必勝」という言葉が浸透し、一試合ごとに成長していくチームになりました。
【大学スポーツの真価:仲間と成し遂げる「非日常」の達成感】
フィールド上の勝利だけでなく、人間的成長こそが学生スポーツの本質であると和久監督は語る。
━━大学スポーツの経験は、社会に出る学生たちに何をもたらすと思いますか
(和久監督)
「本気で努力すれば、一人では到底届かない場所に到達できる」という実感ですね。
青春のほとんどを費やし、一つの目標を決めて真剣に向き合う。それは一人では絶対にできません。同じ目標を持った仲間と協力し、ぶつかり合い、支え合うからこそ成し遂げられる「大きな結果」があります。
大学という環境が用意してくれた舞台で、自分一人では見ることのできない景色を、仲間と一緒に見る。そのプロセスを体感している人間とそうでない人間とでは、社会に出た時の「目線」や「目標に対する努力の質」が全く違うはずです。この経験こそが、彼らの一生の財産になると信じています。

(昨年まで現役プレーヤーとして活躍し続けた 和久憲三監督)
━━キャリア形成や就職活動に向けて、具体的なサポートはされていますか
OBの方々を通じた自己分析の機会や、企業との接点を増やす取り組みを行っています。
また、今年から新しく始めたのが「チームビルディング・ミーティング」です。様々なテーマについて、チーム全員で議論し、自分の意見をしっかりと言う場を作りました。
ありそうでなかった取り組みですが、自分の考えを言語化し、他者と議論する経験は、社会に出てから最も必要とされるスキルの一つです。こうした活動が、結果として彼らのキャリアにつながっていくと考えています。
【金融・経済セミナー:社会を知り、選択肢を広げる機会】
━━監督は野村證券のご出身ですが、ご自身の経験と照らし合わせてどう感じますか
私自身、証券会社へ入ることが決まっていた学生時代でさえ、「株を売るんでしょう?投資信託って何?」くらいの浅い知識しかありませんでした。
入社するまで具体的なイメージが湧いていなかったのが正直なところです。もし学生時代に、今回のようなセミナーで「具体的な銘柄の動き」や「ビジネスの仕組み」を聞いていたら、もっと入りが深かっただろうし、スタートダッシュが違っていたと思います。
社会を知ることは、自分の可能性を広げることです。
アメフトで培った「やり切る力」に加えて、こうした学びで「広い視野」を持つこと。それができれば、彼らは社会でも間違いなく活躍できる人材になれるはずです。
━━9月には株式会社ファーストパートナーズによるセミナーを実施されたそうですね。学生の反応はいかがでしたか
(和久監督)
「すごく楽しかった」とみんな言っていましたね。非常に良い機会でした。
どうしても社会に出るにあたって「お金」や「経済」の話は避けて通れない道です。それを学生のうちから、プロの方から教えていただけるというのは、本当に羨ましい限りです。

(山嵜主将)
はい。非常に刺激的で、僕たち学生にとって必要な時間でした。
僕たちアスリートは、普段どうしても競技中心の生活になり、視野が狭くなりがちです。今回のセミナーでは、単なる資産形成の話だけでなく、「世の中にどんな業界があり、ビジネスがどう動いているのか」という、社会の仕組みそのものについて幅広く学ぶことができました。
「社会を知ることは、自分たちの将来のフィールドを知ること」。そう気づかされました。
対戦相手を分析して準備するのと同じように、社会に出る前に広い視野を持ち、様々な業界を知っておくことの重要性を痛感しました。金融リテラシーだけでなく、ビジネスパーソンとしての視座を高めるきっかけになったと思います。
(吉田選手)
自分の知らない世界がたくさんあると知り、ワクワクしました。アメフトで培った泥臭さと、広い視野を併せ持った社会人になりたいです。人間力でも「一流」を目指します。
フィールドでは泥臭く勝利をもぎ取り、フィールド外では冷静に未来を見据える。心身ともに成長を遂げたKAISERS。次戦、因縁の相手に関西の覇権を懸けて挑む。
