特集

ステーブルコインが揺るがす、銀行の役割 ——「中抜き」の時代が、静かに終わろうとしている

1. 「お金の世界」だけが、置き去りにされていた

第三回でお伝えした「決済の民主化」というテーマを、もう一段掘り下げてみたいと思います。

インターネットの登場以降、私たちは「メディアの民主化」と「移動の民主化」を経験してきました。

新聞社やテレビ局という限られた存在が握っていた発信権は、SNSやYouTubeによって個人へと開かれ、タクシー会社や配車センターが独占していた移動の仲介機能は、UberやGrabといったアプリによって世界的に再構築されました。

しかしここで、一つ静かな違和感が残っていたはずです。情報も、移動も民主化されたのに、なぜ「お金」だけは銀行という枠組みの中にとどまり続けたのか。

その壁が、ステーブルコインの普及によって、いま静かに崩れ始めています。

2. ステーブルコインとは何か——「価格が動かない暗号資産」

ステーブルコインは、ブロックチェーン技術と、法定通貨の価格安定性を組み合わせたデジタル資産です。1コイン=1ドル、1コイン=1円といったかたちで、既存の通貨と価値が固定されている点が、ビットコインやイーサリアムとの大きな違いです。

比較項目ビットコイン・イーサリアムステーブルコイン(USDT/USDC)
価格変動大きい(1日で数%〜数十%)ほぼゼロ(1ドル前後で固定)
主な性格価値保存・投機資産決済・送金手段
担保資産なし(プロトコル設計のみ)現金・短期国債で1:1の裏付け
主な用途投資・長期保有取引の基軸通貨・実需決済

ビットコインのような価格変動がないため、店舗決済や個人間送金に適しています。私自身、シンガポールの身近な場面でも、複数の弁護士事務所がステーブルコインによる支払いを受け入れるようになったのを実際に体験しました。世界の一部では、すでに「日常の支払い手段」として根付き始めているのです。

3. SWIFTを介さない、もう一つの送金網

ステーブルコインの本質的なインパクトは、国際送金の構造にこそ表れます。

これまでの国際送金は、地方銀行 → 中継銀行 → SWIFT → 相手国の中継銀行 → 相手国の支店、という多段階のプロセスを経る必要がありました。各段階で手数料が発生し、決済完了までに数営業日を要し、SWIFTというシステムは事実上米国の影響下に置かれているため、地政学的な凍結リスクも背負ってきました。

ステーブルコインは、この構造を一気に飛び越えます。

ウォレット同士がブロックチェーン上で直接接続されているため、相手のウォレットアドレスさえあれば、世界中のどこへでも、24時間365日、数秒〜数分単位で送金が完了します。手数料も、銀行送金の数十分の一〜数百分の一というレベルです。

これは、銀行の中継機能が必須ではなくなることを意味します。第三回で触れた「銀行という仲介者を介さない価値の移転」が、いま現実のインフラとして稼働し始めているのです。

4. 市場の現在地——USDTとUSDCで83%

「いったいどれくらい使われているのか」という規模感を、数字で確認しておきましょう。

項目数字(参考値)
ステーブルコイン市場全体(時価総額)約3,200億ドル
USDT(Tether社発行)約1,890億ドル(シェア約58%)
USDC(Circle社発行)約780億ドル(シェア約25%)
上位2銘柄の合計シェア約83%
ドル連動型ステーブルコインのシェア約95%以上

*数字は2026年第1四半期〜5月時点の市場データに基づく参考値です。

注目すべきは、ほぼすべてが「ドル連動型」であるという点です。ユーロ建ても円建ても存在はしますが、シェアでは合計しても数%程度に留まっています。世界中のユーザーが、ステーブルコインの世界では事実上ドルを「基軸通貨」として選んでいるという現実が、ここに表れています。

USDTとUSDCの違いは、ざっくり言えば「最大手か、優等生か」です。

USDTは2014年に登場した先発組で、暗号資産取引における基軸通貨としての地位を確立しています。流動性は圧倒的で、ビットコインを買う・売るときに最初に経由する通貨として、世界中の取引所で標準的に使われています。

一方のUSDCは、Circle社が発行する後発組です。米国の会計基準に基づき毎月の監査が行われ、その準備資産の多くがBlackRockによって運用されているという透明性の高さから、機関投資家やVISAの決済基盤などからの信頼が厚い銘柄です。

「クレジットカードで言えば、USDTがVISA、USDCがMasterCardのような関係」と整理すると分かりやすいかもしれません。どちらもドルとペッグされている以上、保有する通貨としての価値は同じです。

5. 発行体のビジネスモデル——「米国債の新しい買い手」

ステーブルコインの発行体は、ユーザーから預かったドルで何をしているのか。

答えはシンプルで、その大半を短期米国債で運用しています。短期国債は安全性が高く、かつ金利収入を生むため、発行体にとっては「発行すればするほど金利収入が積み上がる」というビジネスモデルになっています。実際、Tether社は2026年第1四半期だけで約10億ドルの純利益を計上しています。

発行体合算で、ほぼ「中堅先進国」の規模

Tether社の2026年第1四半期のアテステーション(BDOによる第三者報告)では、米国債への直接・間接エクスポージャーは約1,410億ドル。USDC発行元のCircle社も、流通量約780億ドルの約80%を短期米国債およびレポ取引で運用しており、米国債エクスポージャーは約620億ドル前後と推定されます。

両者を合算すると、ステーブルコイン業界の米国債保有額は約2,030億ドルに達します。

この規模感を、米国財務省が公表しているTIC(Treasury International Capital)データの最新版(2026年3月時点)に並べてみると、次のような景色になります。

順位(外国保有者)保有主体米国債の保有額
1位日本約1兆1,916億ドル
2位英国約9,269億ドル
3位中国約6,523億ドル
4位ケイマン諸島約4,594億ドル
5位ベルギー約4,540億ドル
6位カナダ約4,394億ドル
7位ルクセンブルク約4,320億ドル
8位フランス約3,930億ドル
9位アイルランド約3,552億ドル
10位台湾約3,008億ドル
11位スイス約2,864億ドル
12位香港約2,782億ドル
13位シンガポール約2,743億ドル
14位ノルウェー約2,174億ドル
(15位相当)USDT+USDC 発行体合算約2,030億ドル
15位インド約1,830億ドル
16位ブラジル約1,680億ドル
17位サウジアラビア約1,496億ドル
18位韓国約1,368億ドル

*米国財務省TIC Table 5(2026年3月末時点)。USDT・USDCの保有額はそれぞれの発行体公表値(Q1 2026)に基づく。

もしステーブルコイン業界を一つの「国」として並べたら、外国保有者のランキングで15位相当——ノルウェーとインドの間に位置する、ということです。

これは、サウジアラビア、ブラジル、韓国、UAE、ドイツといった主要国を上回る規模であり、もはや「特殊な民間業者の集まり」ではなく「世界の米国債市場における構造的な大口プレイヤー」として位置づけられる段階に来ているということです。

「ドル崩壊」論との真逆の構図

ここから見えてくる構図は、メディアでしばしば語られる「ドル崩壊」とはむしろ逆方向です。

  • ステーブルコインの流通量が増えるほど、発行体は短期米国債を買い増す
  • ドル建てステーブルコインが世界に広がるほど、ドルの基軸通貨としての地位が強化される
  • 米国政府は、自国の財政赤字をファイナンスする「新しい構造的買い手」を手に入れる

つまり、ステーブルコインの普及はドル覇権を弱めるどころか、世界の決済レイヤーにドルを静かに浸透させていく——という、米国にとって極めて好都合な現象なのです。

また別の機会に詳しく説明したいと思ってますが、米国で2025年7月に成立したGENIUS法と、その後を追うCLARITY法は、米国にとってこの分野を「規制で囲い込みつつ拡張する」戦略的アプローチになると思っています。

6. 各国のアプローチ——米国・EU・中国の三つ巴

ステーブルコインへの向き合い方は、国によって大きく異なります。

米国——民間主導でドル覇権を拡張

米国は、政府が直接デジタルドルを発行するのではなく、民間発行体(Tether社、Circle社など)を制度の中に取り込む方式を選びました。前述した、2025年7月に成立したGENIUS法はその核となる法律で、発行体に厳格な準備資産・監査・償還ルールを課す代わりに、規制適合企業であれば外国法人であっても発行を認めるという設計です。

ただし、この法律は同時に厳しい制約も課しています。たとえば「発行体が保有者に対して利息や利回りを支払うこと」を禁止し、Apple、Google、Walmartといった非金融系大手企業の参入は実質的に閉ざされました。「規制で囲い込みつつ、ドル覇権を拡張する」——米国らしい巧妙な設計と言えます。

EU——規制先行で、ドル独占を許す結果に

EUはMiCA(暗号資産市場規制)のもとで、比較的厳格なルール整備を進めてきました。結果としてユーロ建てステーブルコインはほとんど普及せず、EU域内であってもドル建てのシェアが圧倒的です。

むしろ2024年〜2025年にかけては、MiCAに準拠していないUSDTがBinance、Kraken、Coinbase、OKXなどの欧州拠点取引所から相次いで上場廃止になる事態が起きました。皮肉なことに、これはUSDCのEUシェアを押し上げる結果になっていますが、ユーロ建てステーブルコインを生み出す効果にはつながっていません。「ルールの厳しさ」が「自国通貨の競争力」と必ずしも結びつかない、という現実が浮き彫りになった形です。

中国——国家主導で、民間を排除

中国は対極のアプローチを取っています。民間の暗号資産は全面禁止とし、その代わりに中央銀行が発行するデジタル人民元(e-CNY)の普及を推し進めています。e-CNYはすべてに識別番号がつき、中央政府が完全に把握・コントロールできる設計です。

私自身の見立てとしては、利便性と国際的な受容性という観点では、米国の民間主導モデルが優位に立つ可能性が高いと考えています。世界中のあらゆる国・地域に米ドル建てのステーブルコインが行き渡り、それが事実上の基軸通貨として固定化されてしまえば、ユーロ建てやe-CNYが入り込む余地は構造的に狭くなるからです。

7. 銀行に残された役割は、どこにあるのか

ステーブルコインの普及は、銀行のビジネスモデルに静かながら決定的な影響を与えつつあります。

国際送金で2〜3%の手数料を抜き、5〜6営業日かけていた「中継ビジネス」は、P2P送金が当たり前になる世界では存在意義を失っていきます。クレジットカード決済の裏側にある銀行間の信用供与・立替決済も、ブロックチェーン上で即時に完結する世界では、その必要性が揺らぎます。

それでは、銀行の役割は完全に消えるのか。私はそうは思いません。少なくとも次の二つの領域では、銀行が新たな存在意義を見出す余地が残っています。

一つは、カストディアン(保管・裏付け)としての役割

ステーブルコインの担保となっている準備資産(現金や短期国債)を、誰がきちんと預かり、その健全性を社会に対して証明するのか。「どこの誰だか分からないウォレット」ではなく、「私の銀行が、これだけの国債で裏付けています」と公的に保証してくれる存在は、これからむしろ必要とされていくはずです。第四回で触れたグローバル金融機関の動きの中で、カストディや清算といった領域に各社が静かに布陣しているのは、まさにこの理由です。

もう一つは、信用創造の領域

ステーブルコインの世界では、ウォレット同士の取引は匿名性が高く、相手の職業や収入を把握することが構造的に難しい。融資を行うためには信用力の判定が必要で、これは伝統的な銀行が長年蓄積してきた領域です。

ただし、ここにも変化の波は来ています。VISAのカード番号と取引履歴だけで、その人の信用力がある程度測れるように、ブロックチェーン上のトランザクション履歴から信用スコアを算出する仕組みが、近い将来登場するでしょう。米国のFICOスコアのようなものが、オンチェーンで運用される時代が来る可能性は十分にあります。

そうなると、信用創造という銀行最後の砦さえ、銀行以外のプレイヤーに開かれていく可能性があります。

8. ブロックチェーンの「覇権」を巡る戦い

もう一つ、見ておきたい論点があります。

ステーブルコインは、特定のブロックチェーン上で動きます。USDTもUSDCも、Ethereum、TRON、Solana、BNB Chainなど複数のチェーン上に分散して発行されており、どのチェーンが選ばれるかによって、そのチェーンの経済的な価値が左右される構造になっています。

チェーンステーブルコイン残高(概算)特徴
Ethereum約1,700億ドル最大規模、機関投資家・大型決済の基軸
TRON約870億ドルUSDTが97%超、新興国送金で圧倒的
Solana約160億ドル高速・低コスト、決済・小口送金向き
BNB Chain約140億ドル取引所基盤、アジア圏でのシェア

*数字は2026年初頭時点の参考値です。

「次の時代の銀行インフラ」を担うのは、最も性能が高く、最も安価で、最も信頼されるブロックチェーンです。LINE PayのアプリにUSDT送金ボタンが組み込まれるような世界も、決して遠い未来の話ではないかもしれません。

第四回でお伝えした「グローバル金融機関が暗号資産をどう扱い始めたか」という流れを思い返してみてください。彼らがカストディや清算で関与する対象として、いま最も意識しているのは、まさにこの「ステーブルコインが流れるブロックチェーン」の設計と運用なのです。

9. 日本の現在地——出遅れと、巻き返しの両方

最後に、日本の状況についても触れておきます。

2025年10月、JPYC社が日本初の本格的な円建てステーブルコインの発行を開始しました。資金移動業者としての免許を取得し、1JPYC=1円を銀行預金と日本国債で1:1裏付けるという設計です。USDC発行元のCircle社からも出資を受けており、3年間で10兆円の発行を目標に掲げています。

加えて、SBIホールディングスとStartale GroupによるJPYSC(SBI新生信託銀行が裏付け管理を担う構想)、ゆうちょ銀行の預金トークン構想(DCJPY)など、複数の日本円建てステーブルコイン構想が動き出しています。

ただし正直に申し上げると、世界市場の95%以上がドル建てで占められている現状において、円建てステーブルコインがどこまでグローバルな広がりを持てるかは未知数です。日本人同士の送金であれば既存の銀行送金で大きく困らないという現実もあります。

可能性があるとすれば、「日本人が暗号資産を売買する際の基軸通貨をJPYCにする」という流れが定着できるかどうか、というあたりでしょう。そこを取れなければ、いくら円建てを整備しても、結局は皆がUSDT・USDCで取引を続けるという構図が続きます。

国際的な競争という意味では、日本は少し出遅れたという印象も否めません。しかし、規制の枠組みとしては世界でも先行している面もあり、巻き返す余地は残されています。

10. おわりに——「中抜きの時代」の終わり

第二回で「通貨の正体は宗教である」と書きました。誰がその通貨に信頼を置いているか、という問いがすべての出発点だ、というお話です。

ステーブルコインが提示しているのは、その信頼の置き場所が、銀行という仲介者から、ブロックチェーンという技術と、それを規律するGENIUS法などの新しい法制度へと、徐々に移り変わっていく未来です。

この変化は、革命というよりも、第三回でお伝えしたように「静かで段階的な移行」として進んでいくでしょう。明日急に銀行口座が消えるわけではありません。しかし5年、10年というスパンで見たとき、

  • 国際送金は、SWIFT経由ではなくウォレット間で直接行われ
  • 銀行は決済の主役ではなく、カストディアン的な裏方になり
  • ブロックチェーンが、決済インフラとしての銀行を実質的に置き換える

という風景は、十分に現実味を帯びてきています。

そして、その変化の証拠が、いま米国財務省の海外米国債保有データの中に、ノルウェーとインドの間に挟まる形で、2,030億ドルという額で静かに姿を現しています。世界の米国債保有ランキングに、国家ではなく民間発行体が顔を出している——これは、金融秩序の地殻変動が、すでに数字の上で始まっていることを意味しています。

暗号資産を保有するかどうかは、依然として個人の選択です。しかし、ステーブルコインがどのように世界の金融インフラを書き換えつつあるのかを「知っているかどうか」は、これからの投資判断において、静かに効いてくる前提条件になっていくのではないでしょうか。

〈執筆者プロフィール〉

Kazutoshi Shidehara
Penguin Securities
シニアリレーションシップマネシャー

英国国立大学を卒業後、コカ・コーラやGEでデータサイエンティストとして活躍。その後、運用額1,500億円規模のファミリーオフィスや日本株ファンドにてCIO/COOを務め、約9年間にわたり本格的な資産運用業務に従事。「資産を守り、増やす」ことに本気で向き合ってきたプロフェッショナルとして、投資の現場と舞台裏を知り尽くす。

現在は自らの資金を運用しながら、ヨーロッパやアジアを飛び回り、現地のプロジェクト視察や経済の肌感覚を大切にした資産運用を実践中。

YouTubeチャンネル【シンガポール投資家KAZ | 資産運用する個人の味方】にて、市場動向や国際投資に関する知見も発信している。

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