
2026年1月から、退職金と確定拠出年金の一時金を、時期をずらして受け取る場合の税金の計算ルールが変わりました。
これまで知られていた「5年空ければよい」という考え方が、条件によっては「10年」に延びます。60歳でiDeCo(個人型確定拠出年金)の一時金、65歳で会社の退職金——という受け取り方を想定していた人は、控除額が想定より減る可能性があります。
1. 退職所得控除の「5年ルール」が「10年ルール」に改正
1-1.「前年以前4年以内」から「前年以前9年以内」へ変更
退職金を受け取ると、勤続年数に応じた退職所得控除という非課税枠が使えます。
ただし、退職金と確定拠出年金(iDeCo、および企業型DC=企業型確定拠出年金)の一時金のように複数の退職手当等を受け取る場合、同じ期間に対して控除を二重に使えないよう調整する仕組みがあります。これが「勤続期間等の重複排除の特例」です。
この調整の対象になるかどうかは、前の一時金を受け取ってから何年空いたかで判定されます。
改正前は、受給年の「前年以前4年以内」に別の退職手当等があると調整対象だったため、1年目に受け取り、6年目に次を受け取ることで調整を回避することができました。これが「5年ルール」と呼ばれてきた理由です。
しかし改正後は、この期間が「前年以前9年以内」に延びます。つまり5年空けただけでは調整は回避できず、10年以上空けなければ重複排除の対象から外れません。
ここで注意したいのは、すべての退職手当等の組み合わせが「10年ルール」へ一律に変更されたわけではないという点です。期間が延びるのは、確定拠出年金の老齢一時金を先に受け取り、その後に会社の退職金を受け取るケースに限られます。
老齢一時金が関係しない通常の退職金どうしの調整は、従来どおり前年以前4年以内のままです。また、退職金を先に受け取り、後から確定拠出年金の一時金を受け取る逆の順番は、以前から前年以前19年以内が対象であり、こちらも変わっていません。
1-2. 2026年1月1日以後に受け取る退職手当等から適用
今回の税制改正は2026年(令和8年)1月1日以降に受け取る分の所得税から適用されます。
ただし、9年以内の判定対象になるのは、2026年1月1日以後に支払を受けた確定拠出年金の老齢一時金に限られます。
2025年12月までにiDeCoの一時金を受け取り終えている人は、その一時金については従来どおり4年以内での判定です。すでに受け取りを済ませた人が、さかのぼって不利になるわけではありません。
あわせて事務手続きも変わりました。老齢一時金にかかる「退職所得の受給に関する申告書」の保存期間が7年から10年に延び、退職手当等の源泉徴収票は役員以外も含めたすべての居住者分を税務署長に提出することが義務づけられました。
いずれも2026年1月1日以後が対象です。過去の受け取り履歴が以前より厳格に把握されるため、ご自身の過去の受給歴を正しく把握しておく必要があります。
出典:国税庁「令和8年版 源泉徴収のあらまし」(https://www.nta.go.jp/publication/pamph/gensen/aramashi2026/pdf/01.pdf)
2. あなたは対象?10年ルールで「税金が増える人」と「影響がない人」
2-1. iDeCo・企業型DCの一時金を退職金より先に受け取る人
前章で解説した「10年ルール」の適用において、真っ先に注意すべきなのは「受取順序」です。
今回の改正で税金が増える可能性があるのは、「iDeCoなどの確定拠出年金(一時金)を先に受け取り、その後に会社の退職金を受け取る」 ケースです。この順番であることが前提となります。
ただし、順番が当てはまれば必ず控除が減るわけではありません。調整されるのは、確定拠出年金の加入期間と会社の勤続期間が重なっている部分だけです。たとえば会社を退職してから加入した期間しかない場合など、重複がなければ控除額は変わりません。
自分が該当するかどうかは、「受け取る順番」と「加入期間と勤続期間の重なり」の2つで判断することになります。
2-2. 60歳でiDeCo、65歳で退職金を受け取る予定の人
今回の改正の影響を最も受けるのが、この受け取り方です。
60歳でiDeCoの一時金を受け取り、65歳の定年時に退職金を受け取る。改正前は5年空いているため調整の対象外で、退職金側の控除を満額活用できました。
改正後は前年以前9年内が対象になるため、5年の間隔では調整を回避できません。65歳で受け取る退職金の控除額から、重複期間分が差し引かれます。
この受け取り方は、定年延長や再雇用で65歳まで働く人にとって王道ルート でしたが、今回の改正により 無対策のまま放置すると税金が増加するリスクが発生します。
そのため、該当する人は受取時期の変更や年金形式への切り替えなど、 受給戦略の見直しが不可欠です。
2-3. 退職金とiDeCoを近い時期に受け取る人
同じ年、あるいは1〜2年の間に両方を受け取る場合も対象です。ただしこの層は、改正前の4年内ルールでもすでに調整されていました。改正によって新たに不利になったわけではありません。
なお同じ年に受け取る場合は、計算ロジック が変わります。それぞれの勤続期間のうち最も長い期間をもとに勤続年数を出し、重複していない期間があればそこに加算して控除枠を算出するため、控除額を2つ分丸々享受することはできません。
2-4. 対象にならないのは、退職金を先に受け取る人
会社の退職金を先に受け取り、後から確定拠出年金の一時金を受け取る順番を選択する人は、今回の10年ルール 改正の対象外です。
ただし、この順番なら調整されないという意味ではない点に注意が必要です。この場合は前年以前19年内に受け取った退職手当等が調整の対象になります。改正前から続くルールで、期間は9年内よりさらに長く設定されています。
つまり、どちらの順番を選んでも重複期間がある限り非課税枠の減額 からは逃れられません。今回の改正で変わったのは、確定拠出年金を先に受け取る場合の判定期間だけです。「退職金が先なら安心」という理解は正確ではありません。
出典:国税庁「No.2735 同じ年に2か所以上から退職手当等が支払われるとき」(https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/gensen/2735.htm)、同「No.2732 退職手当等に対する源泉徴収」(https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/gensen/2732.htm)
3. 控除額はどれくらい変わる?具体的なシミュレーション
3-1. 退職所得控除額は勤続年数で決まる
退職所得控除とは、「長年働いた人の老後資金に税金をかけすぎないための非課税枠」のことです。 勤続年数が長いほどこの非課税枠は拡大し、 20年を境に1年あたりの単価が変わる仕組みです。
| 勤続年数 | 退職所得控除額 |
|---|---|
| 20年以下 | 40万円 × 勤続年数 |
| 20年超 | 800万円 + 70万円 ×(勤続年数 - 20年) |
※計算結果が80万円未満の場合は80万円。勤続年数の1年未満の端数は1年に切り上げ
出典:国税庁「No.1420 退職金を受け取ったとき(退職所得)」(https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1420.htm)を基にファーストパートナーズ作成
確定拠出年金の一時金にこの計算式を使用する場合 、「勤続年数」にあたるのは会社の勤続期間ではなく、「掛金を拠出した加入期間」です。
3-2. 控除額が減るのは加入期間と勤続期間の「重複期間分」
調整が入る場合でも、控除額がゼロになるわけではありません。差し引かれるのは、確定拠出年金の加入期間と会社の勤続期間が重なっている年数に対応する控除額のみです。
計算の手順は次のとおりです。まず勤続年数から通常どおり控除額を算出します。次に重複期間の年数を同じ式に当てはめて控除額相当額を算出し、それを差し引きます。
この残った額が実際の退職所得控除額になります(重複期間に1年未満の端数がある場合は切り捨て)。
重複が3年程度なら影響は小さく、加入期間のほぼ全体が勤続期間と重なっている場合は、削られる非課税枠は 大きくなります。
3-3.【ケース例】勤続35年・iDeCo加入12年の場合の手取り差
具体的な数字で見ていきます。次の条件で試算しました。
【試算条件】
・会社の勤続年数:35年(65歳時に退職金2,000万円を受給)
・iDeCo加入期間:12年(48歳〜60歳まで拠出し、60歳時に一時金600万円を受給)
・重複期間:12年(iDeCo加入期間のすべてが勤続期間と重複)
まず通常の控除額は、800万円+70万円×(35年-20年)=1,850万円です。しかし改正後は、 重複期間12年分の控除額相当額は40万円×12年=480万円が差し引かれ、控除額は1,370万円に縮小します。
| 項目 | 改正前(調整なし) | 改正後(調整あり) |
|---|---|---|
| 退職所得控除額 | 1,850万円 | 1,370万円 |
| 課税退職所得金額 | 75万円 | 315万円 |
| 所得税・復興特別所得税 | 約3.8万円 | 約22.2万円 |
| 住民税 | 7.5万円 | 31.5万円 |
| 税額合計 | 約11.3万円 | 約53.7万円 |
※復興特別所得税は、所得税額に2.1%を上乗せして納める税
出典:国税庁「No.1420 退職金を受け取ったとき(退職所得)」(https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1420.htm)、同「No.2732 退職手当等に対する源泉徴収」(https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/gensen/2732.htm)を基にファーストパートナーズ作成
結果として、手取り額は約42万円減少します。控除額の減少は480万円ですが、退職所得は2分の1を掛けて計算するため、課税対象が増えるのは240万円分。そこに所得税と住民税がかかり、結果として40万円強の差になります。
なお、この試算は条件を単純化した一例です。重複期間や退職金の額が変われば結果も変わります。ご自身のケースは、勤務先の担当部署や税務の専門家にご確認ください。
4. 控除を減らさないために検討したい3つの対策
第3章のシミュレーションの通り、何も対策をしないと控除額が削られて手取りが減ってしまいます。ここでは、税負担を最小限に抑えるために投資家や会社員が検討すべき「3つの具体的対策」を解説します。
4-1.【対策1】退職金を先に受け取る
会社の退職金を先に受け取れば、退職金側の退職所得控除は満額使えます。今回の改正で延長された9年内ルールの対象外になるためです。
ただし、これで負担が軽くなるとは限りません。後から受け取る確定拠出年金の一時金は、前年以前19年内に退職手当等があると調整されてしまうからです。
第3章と同じ条件(勤続35年・退職金2,000万円・iDeCo加入12年・一時金600万円)で、65歳に退職金、70歳に一時金という順番で受け取った場合の試算をします。
退職金側は満額控除で税額が約11.3万円。一時金側は控除枠が重複期間分で相殺されてゼロになり、税額が約50.7万円。合計で約62.0万円です。
一方、60歳に一時金、65歳に退職金という順番で受け取った場合では、一時金側が約9.1万円、退職金側が約53.7万円で、合計約62.8万円となり、差は1万円弱にとどまります。
重複している12年分の控除は、順番を入れ替えても一度しか使えません。どちらを先にするかは、税負担そのものより、資金が必要な時期に合わせて選ぶ論点だと考えられます。
4-2.【対策2】iDeCoの受け取りを75歳まで繰り下げる
iDeCoの受給開始時期は、75歳になるまでの間で選べるため、受取間隔を空ける手段として活用できます。
ただし効果が出るのは、確定拠出年金の一時金を先に受け取り、そこから退職金までの間隔を10年以上確保する構図に限られます。たとえば、60歳で一時金を受け取り、70歳まで現役で働いて退職金を受け取るような場合です。
すでに65歳などで退職金を受け取ったあとで一時金の受け取りを75歳まで繰り下げても、調整からは外れません。この順番では前年以前19年内が対象になるため、20年を超える間隔が必要になります。65歳で退職金を受け取った人が該当するのは85歳以降で、75歳という上限を超えてしまいます。
このように、繰り下げは「退職金より一時金を先に受け取る場合の間隔調整」として意味を持つ手段であり、順番そのものを覆すものではありません。
4-3.【対策3】iDeCoを「年金形式」で受け取る
3つ目が、一時金ではなく年金として受け取る方法です。受給権が発生する年齢に到達したあと、5年以上20年以下の期間で受け取ります。
年金として受け取る分は退職所得にあたらないため、退職所得控除の枠を使いません。その結果、会社の退職金側で控除を満額使える状態を保てます。重複期間の調整が起きるのは一時金どうしの場合だからです。
ただし、年金形式にすれば完全に課税されなくなるわけではありません。年金は公的年金等に係る雑所得として、収入金額から公的年金等控除額を差し引いて所得金額を計算します。
老齢基礎年金や老齢厚生年金と合算されるため、公的年金の額が大きい人ほど控除枠が先に埋まるため、結果として税金が高くなるリスクがあります。
加えて、雑所得が増えることで国民健康保険料や後期高齢者医療制度の保険料の算定に影響する場合があります。詳細はお住まいの自治体にご確認ください。
なお、一部を一時金、残りを年金として受け取る方法を扱う運営管理機関もあります。取り扱いの有無や回数、手数料は金融機関ごとに異なるため、加入先への確認が前提になります。
出典:iDeCo公式サイト(国民年金基金連合会)「iDeCo(イデコ)の加入資格・掛金・受取方法等」(https://www.ideco-koushiki.jp/guide/structure.html)、国税庁「No.1600 公的年金等の課税関係」(https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1600.htm)
5. 受け取り方を決める前に確認したい4つのポイント
自分がどのケースに当てはまるかは、手元の情報を揃えないと判断できません。確認したい項目は4つです。
5-1. iDeCo・企業型DCの加入期間
まず押さえたいのが、確定拠出年金の「正確な加入者期間」です。
なぜなら、退職所得控除の計算に使う「期間」は、単に口座を持っていた期間ではなく、「実際に毎月の掛金を拠出していた加入者期間」だけだからです。
企業型DCから移換した期間もここに含まれます。掛金の拠出をやめて運用だけを続けていた運用指図者の期間は、この計算には入りません。たとえば、50代で拠出を止めていた人は、想定より短くなっている可能性があります。
紛らわしいのが、受給開始年齢の判定に使う通算加入者等の期間です。こちらには運用指図者期間も合算されます。用途が違う2つの期間があると理解しておくと混乱しません。
実際の期間は加入先の記録関連運営管理機関が管理しています。定期的に届く通知やウェブサイトで確認できるほか、不明な場合は加入先にお問い合わせください。
5-2. 勤続年数と退職金の支給予定時期
次に、会社側の情報です。退職金の支給額と支給時期は、就業規則や退職金規程に定められています。定年が何歳に設定されているか、再雇用期間が勤続年数に通算されるかは会社ごとに異なります。
勤続年数は1年未満の端数を1年に切り上げて計算します。あわせて、確定拠出年金の加入期間が勤続期間のどこと重なっているかを年単位で書き出しておくと、第3章の考え方に当てはめられます。
5-3. 過去に受け取った退職手当等の履歴
見落としやすいのが、過去の受け取りです。転職時に受け取った退職金や、前職の企業型DCの一時金も退職手当等にあたります。
「退職所得の受給に関する申告書」には、過去に受け取った退職手当等の額や勤続年数を記入する欄があります。判定の対象は最長で前年以前19年内にさかのぼるため、当時の源泉徴収票が必要になります。
第1章で見たとおり、2026年1月1日以後は申告書の保存期間が10年に延び、源泉徴収票の税務署への提出も全員分に広がりました。手元の書類も同じ期間は保管しておく前提で整理しておきたいところです。
5-4. 退職金の受取時期を自分で選べるか
最後に確認したいのが、そもそも時期を選べるのかという点です。
受け取る順番や間隔の話は、時期を動かせることが前提になっています。しかし定年退職の時期は就業規則で定まっており、退職金の支給時期も退職金規程に沿って決まります。自分の判断で10年ずらせる人は多くありません。
会社の退職時期を動かせない場合、選択肢として残るのは確定拠出年金側の受給開始時期と受け取り方です。会社の制度で選択肢がどこまであるのかを人事部門に確認したうえで、税負担だけでなく、いつ資金が必要かも含めて判断することになります。
出典:厚生労働省「第18回社会保障審議会企業年金部会 資料8」(https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12601000-Seisakutoukatsukan-Sanjikanshitsu_Shakaihoshoutantou/0000127385.pdf)、iDeCo公式サイト(国民年金基金連合会)「iDeCo(イデコ)の加入資格・掛金・受取方法等」(https://www.ideco-koushiki.jp/guide/structure.html)
6. まとめ
2026年1月から、退職所得控除の重複排除の判定期間が延びました。会社の退職金を受け取る年の前年以前9年内に確定拠出年金の一時金があると、調整の対象になります。
ただし、すべてが10年になったわけではありません。延長されたのは確定拠出年金の一時金を先に受け取るケースだけであり、退職金を先に受け取る場合は従来どおり4年内、退職金を先に受け取って後から一時金を受け取る順番は改正前から19年内のままです。
あわせて、9年内の対象になるのは2026年1月1日以後に受け取った一時金に限られるため、2025年中に受け取り終えている人が、後からさかのぼって不利になることはありません。
減るのは控除額の全額ではなく、確定拠出年金の加入期間と会社の勤続期間が重なっている年数分です。第3章で見た条件では、控除額は1,850万円から1,370万円に減り、税額の差は約42万円でした。
加入期間が長く、勤続期間とほぼ全体が重なっている人ほど影響が大きくなります。
受け取り方の選択肢は3つ見てきましたが、共通するのは、重複している期間分の控除は順番を入れ替えても一度しか使えないという点です。試算でも、順番を逆にした場合の税額の合計はほとんど変わりませんでした。
年金として受け取れば退職所得控除の枠は使いませんが、公的年金等に係る雑所得として課税されます。
そのうえで、時期を自分で動かせる人は多くありません。まずは加入期間、勤続年数と退職金の支給時期、過去に受け取った退職手当等の履歴、そして時期を選べるかどうかの4点を確認するところからになります。
数字が揃えば、自分がどのケースに当てはまるか判断できます。
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