
2026年2月末以降、ホルムズ海峡の事実上の封鎖により戦後最大級の試練に直面してきた日本のエネルギー安全保障は、6月に入り新局面を迎えました。
6月14日に米国とイランが「イスラマバード覚書」(14項目の暫定枠組み)に署名・発効し、6月18日には日本向けを含むタンカー6隻がホルムズ海峡を通過しました。しかし6月20日、イラン中央軍事司令部が「覚書違反」を理由に再封鎖を宣言。米中央軍(CENTCOM)は同日55隻の商船が通過したと表明しており、双方の認識が食い違う不安定な状態が続いています。
一方、原油価格はWTI(ウェスト・テキサス・インターミーディエート、米国産原油の代表的な指標)が約71ドル、ブレント原油(北海産原油の国際指標価格)が約74ドルまで下落し、5月のピーク時(WTI約101ドル・ブレント約105ドル)から大幅に低下しています。
本記事では2026年7月中旬までに公表された情報をもとに、6月末時点までの状況を整理したものです。 ホルムズ海峡の最新状況、日本向け原油タンカーの動向、日本の備蓄余力、価格リスク、資産防衛の観点について整理します。
※2026年7月22日時点で、WTIは約86.85ドル、ブレントは約94.13ドルまで上昇しております。
1. ホルムズ海峡の最新状況と日本向けタンカー
1-1. イスラマバード覚書と6月の通航状況
6月14日、米国とイランは「イスラマバード覚書」と呼ばれる14項目の暫定枠組みで合意しました。
覚書の主な内容は、
・米国によるイラン産原油輸出への制裁免除の即時適用
・60日以内の最終合意に向けた核協議の開始
・イランが60日間の移行期間中にホルムズ海峡の商業船舶の安全な通航確保に最善を尽くす
という内容です。これを受けて6月18日には日本向けを含むタンカー6隻がホルムズ海峡を通過しましたが、同月20日にイランが再封鎖を宣言。CENTCOMは55隻の通過を主張しており、「通れる状態にある」と「封鎖が宣言されている」という情報が混在しています。
6月30日時点でもホルムズ海峡の通航は一部再開と制限が併存する状況が続いており、安定的な輸送体制が回復したとは言えません。
1-2. 日本向けタンカーの現状と代替ルートの継続
5月に15〜20隻規模で推移していた日本向けタンカーは、6月中旬以降、通航再開の動きは見られるものの、依然として安定した輸送体制には至っていません。
経済産業省は「6月以降の代替調達については、5月の水準をさらに上回る水準を確保するべく最大限取り組んでいる」としており、米国メキシコ湾岸・ペルシャ湾外・マレーシア沖STSの3ルートは引き続き稼働しています。
なお、平時の安定供給にはVLCC(Very Large Crude Carrier=30万トン級の超大型原油タンカー)の往復ローテーションで約40隻規模が必要であり、6隻の通航は一定の前進といえるものの、平時の輸送体制にはなお大きな隔たりがあり、代替ルートへの依存は続いています。6月18日の通航は回復の兆しといえますが、依然として代替ルートとの組み合わせが不可欠な状況です。
【表1:ホルムズ海峡・日本向けタンカー状況の推移(2026年3〜6月)】
| 時点 | 主なイベント | 状況 |
| 2026年3月初旬 | ホルムズ海峡封鎖直後 | 日本向け約5隻、ペルシャ湾内で8隻が足止め |
| 2026年4月下旬 | 代替ルートが整備 | 21隻まで回復、国内需要の約3分の1相当を確保 |
| 2026年5月 | 出光丸が到着(5月25日) | 15〜20隻規模で推移。代替調達で平時60%を確保 |
| 2026年6月14日 | イスラマバード覚書署名 | 米イラン暫定合意、制裁免除即時発行 |
| 2026年6月18日 | タンカー6隻がホルムズ通過 | 覚書後初の回復の動き、原油4%安 |
| 2026年6月20日 | イランが再封鎖を宣言 | 米は否定(CENTCOM:55隻通過)。依然流動的 |
※経済産業省「中東情勢を踏まえた燃料油・石油製品の安定供給確保及び重要物資の安定的な供給確保の対応状況」令和8年6月11日(https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/chyutoujyousei/dai10/pdf/siryou1.pdf )、日本経済新聞「日本向けなどタンカー6隻ホルムズ通過」(https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN18CPK0Y6A610C2000000/ )を基にファーストパートナーズ作成。
1-3. 3つの代替調達ルートの継続(2026年6月時点)
覚書署名後もホルムズ海峡の安定通航は確保されていないため、3つの代替調達ルートは引き続き稼働しています。
第1の米国メキシコ湾岸ルートは5月に9隻・約1,200万バレル相当を輸送した体制を維持・拡大しています。
第2のペルシャ湾外ルート(サウジアラビアの紅海側ヤンブー港・UAEフジャイラ港)と、第3のマレーシア沖STS(Ship-to-Ship転送=海上での船から船への貨物積み替え)も継続しており、日本の日量300万バレルの輸入需要を分担して支えています。
※日本経済新聞「日本向けなどタンカー6隻ホルムズ通過」https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN18CPK0Y6A610C2000000/
2. 日本の原油備蓄はいつまで持つのか
2-1. 国家・民間備蓄の現状と放出状況
日本の石油備蓄は国家備蓄(146日)、民間備蓄(96日)、産油国共同備蓄(6日)の3本柱で構成されており、危機前(2026年1月末時点)で合計248日(約8カ月分)でした。
政府は3月26日に当面1カ月分の放出を開始し、5月1日以降には追加で約20日分の放出も実施中です。
IEA(国際エネルギー機関)加盟32か国の協調放出においても日本は約8,000万バレルを担っており、民間の義務備蓄日数も70日分から55日分へ暫定的に縮小しています。
経済産業省は、保守的な前提を置いても年を越えて必要な石油量を確保できる見通しが立っていると説明しています。
2-2. 試算の前提と注意点(6月時点)
5月時点の試算では「現在の調達体制が維持されれば2027年3月まで持つ」とされていました。
6月30日時点では、イスラマバード覚書の署名によって最悪期は脱したとの見方もある一方、最終合意や安定的な航行の確保には至っておらず、依然として予断を許さない状況です。
今後の情勢次第では原油価格や輸送体制が再び不安定化する可能性もあり、石油備蓄は引き続き「時間を稼ぐための安全網」として重要な役割を担っています。
2-3. 毎日VLCC1.5隻分という需給構造
日本の1日当たり原油輸入量は約300万バレルです。
VLCC1隻の積載量は約200万バレルで日本の約16時間分に相当することから、毎日VLCC1.5隻分の原油が到着し続けなければ安定供給は維持できません。
中東〜日本のVLCC片道日数は約25日であり、平時には往路・復路合わせて約75隻規模(VLCC1.5隻×片道25日×2)のローテーションが必要です。6月18日の6隻通過は前進ですが、代替ルートとの組み合わせなしに平時の輸送量を維持することはまだできません。
※資源エネルギー庁「石油備蓄の現況」令和8年2月 https://www.enecho.meti.go.jp/statistics/petroleum_and_lpgas/pl001/pdf/2026/260216oil.pdf
3. 残る懸念点|量・質・価格の三重リスク
3-1. 量|調達水準は改善も、依然として平時を下回る
経済産業省は「5月には前年実績比で過半の代替調達が可能」としており、「イラン紛争前の約60%程度の原油調達に目途が立った」とされます。
6月以降は5月を上回る水準を目指しており、イスラマバード覚書によるホルムズ海峡部分再開がさらなる上乗せに寄与する可能性があります。ただし、6月20日の再封鎖宣言により回復の持続性は不確かです。
また、米国の短期的な増産余力は限られており(DUC=掘削済み・仕上げ未完了の油井の数が統計開始以来の最低水準)、量の問題は完全には解消していません。
3-2. 質|中重質原油不足の構造は変わらない
米国産原油は軽質原油(ライトスイート)が中心であるのに対し、日本の製油所は中重質原油向けに設計されています。
したがって、マレーシア沖STSで中東産の中重質原油を確保する手段は引き続き必要であり、イスラマバード覚書によるホルムズ海峡の部分再開が実現しても、製油所の設備特性上、この質のミスマッチは短期的には解消されません。
経済産業省の対応方針でも「ホルムズ海峡以外の代替調達に最大限注力する」と明記されています。
3-3. 価格|5月から大幅下落も、三重リスクは残る
原油価格は5月のピークから大きく低下し、市場は停戦期待や供給不安の後退を一定程度織り込んでいます。
一方で、中東情勢は依然として流動的であり、交渉の行方やホルムズ海峡の航行状況次第では、原油価格が再び大きく変動する可能性があります。
特に、停戦協議の進展が停滞した場合や、安全な航行が再び阻害されるような事態となれば、供給懸念が再燃し、価格上昇圧力が強まることも想定されます。
企業にとっては、現在の価格水準だけを前提とするのではなく、エネルギーコストが再び上昇するシナリオも視野に入れた経営計画や資金計画を準備しておくことが重要です。
3-4. 周辺国比較|韓国との調達戦略の差
韓国はロシア産原油を含む多角化を進めているのに対し、日本は中東依存度約95%という構造から抜け出せていません。G7制裁に同調してロシア産原油の取り扱いを大幅に縮小してきた結果、今回の危機で調達選択肢の少なさが改めて浮き彫りになりました。
イスラマバード覚書が成立した今こそ、次の危機に備えた調達の多角化を加速させるタイミングだと考えられます。
【表2:原油調達における三重リスクの6月30日時点の状況】
| リスク | 5月時点 | 6月30日時点の変化 |
| 量 | 平時の60%水準が当面の上限 | 6月以降は5月超を目指して取り組み中。覚書でホルムズ一部再開も再封鎖宣言で不確実 |
| 質 | STSで中重質原油を確保 | 構造的ミスマッチは解消されず、STS継続が必要 |
| 価格 | WTI約101ドル・ブレント約105ドル(危機前比50%高) | WTI約71ドル・ブレント約74ドルへ大幅下落。制裁免除が寄与 |
※※表内の「5月時点」列は、首相官邸「中東情勢に関する関係閣僚会議」令和8年4月30日(https://www.kantei.go.jp/jp/105/actions/202604/30kaigi_middle-east.html )、「6月30日時点の変化」列は、経済産業省「中東情勢を踏まえた燃料油・石油製品の安定供給確保及び重要物資の安定的な供給確保の対応状況」令和8年6月11日(https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/chyutoujyousei/dai10/pdf/siryou1.pdf )、JOGMEC「米国・イラン和平合意後の石油市場見通しのポイント」(https://journal.jogmec.go.jp/oilgas/info-reports/info-reports_02142.html )を基にファーストパートナーズ作成。
4. 投資家・経営者が押さえるべきポイントと今後の注目点
4-1. ガソリン価格と補助金の急速縮小
2026年7月上旬時点でも、レギュラーガソリンの全国平均小売価格は170円前後で推移しており、大きな価格上昇は抑えられています。
一方で、補助金(激変緩和措置)の支給単価は7月上旬時点でさらに縮小しており、原油価格の下落や市場の落ち着きを反映した水準となっています。
補助金の急速な縮小は、「ガソリン価格が比較的安定している背景には、原油価格そのものの下落がある 」ことを示しています。
ただし、中東情勢は依然として予断を許さず、60日間の最終合意交渉が難航した場合やホルムズ海峡の通航が再び不安定化した場合には、原油価格が上昇し、ガソリン価格にも影響が及ぶ可能性があります。
家計・企業のコスト計画は現在の価格水準だけでなく「再封鎖シナリオ下の価格」も視野に入れておく必要があります。
4-2. 海運・エネルギー株のボラティリティ(値動きの幅)と経営計画
原油価格が5月の101ドル台から6月に71ドル台まで下落したことで、エネルギー関連株の収益環境は大きく変化しています。海運では輸送需要の回復が期待される一方、運賃水準・戦争危険保険料の動向は依然として不透明です。
元売り企業は仕入れコストの低下で利益改善の可能性がある一方、在庫評価の変動が決算に影響します。事業構造によってプラスとマイナスの影響が混在するため、銘柄ごとの精査が必要です。
※本節は業界動向の例示であり、特定の銘柄の売買を推奨するものではありません。
経営計画を作る上では3つのシナリオを持つことが引き続き重要です。
①現状継続のシナリオ(WTI約71ドル・補助金6円/リットル水準)
②60日交渉が決裂し再封鎖が再激化するシナリオ(WTI120〜130ドル超となる可能性。民間金融機関複数の試算による想定値であり将来の水準を保証するものではありません)
③最終合意が成立し平時の輸送量が戻るシナリオ(WTI60〜80ドル台への更なる下落)
この3つのシナリオを念頭に置き、粗利や資金繰りへの影響を試算しておくことが現実的です。
4-3. 地政学リスクへの資産防衛
個人投資家の方が資産防衛として考えるべき論点は主に3つです。
第1に、コモディティに連動するETF(上場投資信託)や資源国の株式を一定割合組み入れることで地政学リスク発生時のヘッジ機能を持たせる選択肢があります。ただし原油価格が下落局面にある現在は、上昇局面とは異なる資産への影響が生じる点に注意が必要です。
第2に、円建て資産だけでは原油価格高騰と円安が組み合わさった場合にエネルギー輸入コストが二重に上昇することから、ドル建て資産・金(ゴールド)などの実物資産を一定割合保有することで為替変動や輸入インフレへのヘッジを図る選択肢があります。
第3に、食品・医薬品・通信・電力・ガスなどのディフェンシブな業種や流動性の高い現金・短期国債、地理的に分散されたREIT(不動産投資信託)への配分を平時から確保しておくことが理想的です。
なお、ここで挙げた資産クラスはいずれも元本が保証された商品ではなく、市況や為替動向によっては損失が生じるおそれがある点にあらかじめご留意ください。
※上記は一般的な選択肢の例示であり、特定商品の推奨ではありません。
4-4. 今後の3つの注目ポイント(2026年6月30日時点)
第1の焦点は、イスラマバード覚書の60日交渉(期限は8月中旬前後)の行方です。60日以内の最終合意・段階的制裁解除・機雷掃海というプロセスが順調に進むかどうかが、エネルギー市場全体の方向性を決めます。
第2の焦点は、ホルムズ海峡の実際の通航状況です。 イランと米国の発表にはなお認識の違いがみられ、実際の通航状況や輸送体制が安定的に回復するかどうかを継続して確認する必要があります。
第3の焦点は、日本のエネルギー調達戦略の制度化です。米国備蓄共同事業・新規調達国との協定・再生可能エネルギー・原子力の位置づけ再検討など、今回の危機を契機とした政策変更を経済産業省・資源エネルギー庁のプレスリリースで継続的に確認しておくことをおすすめします。
※資源エネルギー庁「中東情勢を踏まえた燃料油の緊急的激変緩和措置」(補助金給付単価)https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/fuel_price_shien_2026.html
まとめ
2026年6月30.日時点で、日本のエネルギー安全保障は依然として不安定な移行局面にあります。イスラマバード覚書によって一定の前進は見られたものの、ホルムズ海峡の安定的な通航は回復しておらず、代替調達ルートへの依存が続いています。
原油価格の大幅下落(WTI約71ドル)は家計・企業にとってプラスですが、これは「問題が解決した」ことではなく「60日間の停戦中に市場が楽観視している」状態です。最終合意が決裂すれば価格は再び跳ね上がります。
引き続き、最終合意に向けた交渉の進展、実際の通航状況、原油価格の動向という3つのポイントを継続して確認することが重要です。
投資家・経営者は、①現状継続、②再封鎖再激化、③最終合意成立という3シナリオで経営計画への影響を試算しておくとともに、通貨分散・実物資産・ディフェンシブ資産での地政学リスクへの構造的耐性を高めることが求められます。
補助金縮小(現在6円/リットル)が示すように、「補助金で守られた平穏」の解除も始まっています。
本記事は一般的な情報提供を目的とした解説であり、特定の金融商品の勧誘や個別の投資判断を推奨するものではありません。
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