
・金利が上がると、自社のM&A価格にどのくらい影響するのか分からない
・今は会社を売るべきタイミングなのか、それとも待つべきなのか判断できない
・2026年のM&A市場が本当に売り手に有利なのか知りたい
このようなお悩みをお持ちではないでしょうか。
本記事では、M&A・企業価値の考え方に関する情報をわかりやすく整理するプロが、金利上昇局面におけるM&A価格の変化と、売り手経営者が押さえるべき判断軸について解説します。
この記事を読むと、金利上昇による企業価値や売却価格への影響に関する不安を解消でき、自社にとって適切な売り時を見極めるのに役立つでしょう。
1. 金利上昇による企業価値の低下
金利上昇による企業価値の低下について、解説します。
1-1. DCF法の基本
DCF法は、会社がこれから生み出すお金を基に企業価値を考える方法です。
中小企業庁はDCF法について、将来のキャッシュフローを、リスクを考慮した一定の割引率で現在価値に還元し、そこから株式価値を算定する手法と整理しています。
この考え方の重要な点は、足元の利益だけでなく、将来どれだけ安定して稼げるかを評価に反映できることです。
例えば、足元の利益が同じ1.5億円の会社でも、今後5年で着実に伸びる会社と、横ばいまたは減少傾向にある会社では、将来キャッシュフローの見通しが変わります。
その結果、同じ決算書を見ても、DCF法では評価額に差が生じやすくなります。
売り手としては、単年度の利益だけでなく、受注残、継続契約、人材定着率、設備更新の見通しまで含めて説明できるようにしておくと、価格交渉で有利になりやすいでしょう。
1-2. 割引率と企業価値の関係
金利が上がると企業価値が下がりやすい理由は、割引率が上がると将来のお金の現在価値が小さくなるためです。
中小企業庁も、DCF法では将来キャッシュフローを一定の割引率で現在価値に還元すると示しており、この割引率が評価の大きな分かれ目になります。
つまり、同じ将来利益を見込める会社でも、割引率が高い局面では評価額が低くなりやすくなります。
例えば、2021年前後は日本銀行の長期プライムレートが低い水準で推移していましたが、2026年2月には2.90%、2026年3月でも2.80%となっています。
2020年8月には1.00%、2022年2月でも1.10%だったことを踏まえると、2021年頃と比べて買い手の資金調達環境は明らかに厳しくなっています。
そのため、2026年は「業績は同じなのに評価が下がる」ことが起きやすく、売り手はその理由を感覚ではなく数字で理解しておく必要があります。
1-3. EBITDAマルチプルへの影響
金利上昇は、DCF法だけでなくEBITDAマルチプルにも影響を与えやすいです。
中小企業庁でも、中小M&AにおいてはEV/EBITDA倍率法が多く用いられており、一般的に株式価値は「EBITDA×倍率−純有利子負債」で考えると示しています。
この倍率(マルチプル)は、単純に業績だけを決めるものではなく、市場での買収意欲や資金調達環境に大きく左右されることから、金利が上がる局面では低下しやすくなります。
特に近年のような金利上昇局面では、買い手が借入を多く使って買収する場合、借入金利が上がると投資採算が悪くなるため、以前と同じ倍率では買いにくくなります。
その結果、売り手から見ると「利益は維持しているのに、何年分で評価されるか」が縮小することがあります。
ただし、中小企業庁は選ぶ類似会社や前提によって評価は変わると示しています。倍率はあくまで相対的な指標であり、固定された正解があるわけではありません。
だからこそ、売り手は提示された倍率をそのまま受け入れるのではなく、どの会社を比較対象にしたのかまで確認することが重要です。
2. 5年前と今、同じ会社の売却額はいくら変わったのか
5年前と現在を比べて、同じ会社の売却額はいくら変わったのかについて、解説します。
2-1. 前提条件:営業利益1.5億円の会社を2021年と2026年で比較する
比較を分かりやすくするために、ここでは営業利益1.5億円の会社を2021年と2026年で比べます。
中小企業庁は、中小M&AでEBITDAを「営業利益+減価償却費」で簡易的に考えるケースが多いと示しているため、本記事でもその考え方に基づきます。
また、金利の影響だけを見やすくするため、事業内容、売上成長率、純有利子負債は大きく変えないものとします。
具体的には、営業利益1.5億円、減価償却費0.3億円、EBITDA1.8億円、純有利子負債2億円の会社を想定します。
さらに、DCF法では2021年の割引率を6%、2026年を8%と置く簡易試算を行いますが、これは日本銀行が示す低金利環境から金利上昇局面への変化を踏まえた、あくまで説明用の前提です。
実務では業種や資本構成で数字は変わりますが、前提をそろえることで、金利環境の差が価格にどう影響するかを把握しやすくなります。
2-2. DCF法で試算
DCF法で見ると、2026年は2021年よりも評価額が下がる可能性が高いです。
理由は単純で、将来キャッシュフローが同じでも、割引率が上がると現在価値が小さくなるためです。
中小企業庁が示すDCF法の考え方に沿えば、これは理論的にも自然な動きです。
例えば、今後5年間のフリーキャッシュフローを毎年1.2億円、5年目以降の継続価値も見込む簡易モデルを置くと、割引率6%の2021年想定では企業価値が約16.7億円、割引率8%の2026年想定では約13.8億円となります。
この差は約2.9億円で、率にするとおよそ17%の下落です。
もちろん、これは説明用の試算にすぎませんが、売却価格が数千万円ではなく、億単位で動きうることは十分に理解できます。
2026年の売り手は、利益額そのものだけでなく、成長率や安定性をどう見せて割引率上昇の影響を和らげるかが重要になるでしょう。
2-3. マルチプル法で試算
マルチプル法においても、2026年は2021年と比べて、売却額が下がりやすい局面だと考えられます。
中小企業庁でも、中小M&AでEV/EBITDA倍率法が多く使われると示しており、買い手側の投資採算が悪化すると、適用される倍率(マルチプル)は低下しやすくなります。
そのため、金利上昇局面では、DCF法ほどではなくても価格調整が入りやすいと考えられます。
例えば、以下のような前提で比較した場合、
・2021年:EBTDA1.8億円×6倍=企業価値10.8億円
・2026年:EBTDA1.8億円×5倍=企業価値9.0億円
ここから純有利子負債2億円を差し引くと、
・2021年:8.8億円
・2026年:7.0億円
つまり、差額は1.8億円となります。
この試算から分かるのは、金利上昇局面では「会社の中身が同じでも、買い手が払う価格が下がる」ことです。
一方で、買い手候補が多い会社やシナジーが強い会社では倍率が下がりにくいこともあるため、単純に悲観しすぎないことも大切です。
3. それでも2026年のM&A市場が「売り手有利」と言える3つの根拠
上記で述べたことを鑑みても、2026年のM&A市場が「売り手有利」と言える3つの根拠について、解説します。
3-1. 事業承継ニーズのピーク
2026年も売り手有利と言える1つ目の理由は、事業承継ニーズそのものが非常に強いことです。
中小企業庁は、中小企業の経営者年齢の水準が依然として高く、60歳以上が過半数を占めると示しています。
また、同庁はサプライチェーン維持の観点からも事業承継が重要だと整理しており、承継問題は個社だけにとどまらない構造的な課題と言えます。
例えば、地域で重要な加工会社や部品会社が後継者不在で事業停止に至れば、その会社だけでなく取引先の事業継続にも影響が及びます。
このため、買い手企業にとっては、単なる投資機会ではなく、取引網や人材、設備をまとめて引き継ぐ戦略的な案件としてM&Aを見る動きが強まっています。
売り手の立場から見ると、金利が上がっても「そもそも欲しい会社」が不足している状況では、一定の引き合いが保たれやすいと考えられます。
3-2. PEファンドの待機資金が過去最高水準
2つ目の理由は、買い手資金の厚みがまだ残っていることです。
厳密に言うと、官公庁の資料だけで「待機資金が過去最高水準」と断定するのは難しいものの、中小企業庁は日本のPEファンド市場が近年拡大傾向にあると示しています。
具体的には、同庁はファンド投資額の3年間平均が、2012〜2015年の0.6兆円から、2020〜2023年には3.3兆円へ拡大したと整理しています。
また、中小企業庁は、地銀出資の事業承継ファンドの出資件数が増加傾向にあることも示しています。
これは、大型案件だけでなく、地域の中小企業を対象にした承継案件でも、ファンドという買い手の選択肢が広がっていることを意味します。
そのため、少なくとも公的資料からは、2026年時点でも買い手となるファンド資金の裾野が広がっていると捉えるのが妥当です。
売り手としては、事業会社だけでなく、PEファンドや地域金融機関系ファンドも候補に入れることで、価格競争が起きる可能性が高まるでしょう。
3-3. 中小M&A市場の整備が進んでいる
3つ目の理由は、市場ルールの整備と支援体制の拡充が進んでいる点です。
中小企業庁は、中小M&Aガイドラインを継続的に改訂し、M&A支援機関登録制度を設けています。
さらに、2024年度からは事業承継・引継ぎ支援センター、よろず支援拠点、中小企業活性化協議会の連携を推進しており、相談導線も広がっています。
例えば、専門家活用費用への補助、登録支援機関の活用促進、PMI支援の新設などは、売り手・買い手双方にとって実務面の不安を低減する仕組みと言えます。
また、2025年版中小企業白書では、事業承継・引継ぎ支援センターの相談社数と成約件数が近年増加傾向にあると示されています。
市場が整うほど、売り手は「誰に頼めばよいか分からない」という状態から抜けやすくなり、適切な買い手探索につながりやすくなります。
結果として、金利が上がっても、取引そのものが成立しやすい土台はむしろ強くなっていると言えそうです。
4. 「売り時」を判断するための3つのフレームワーク
「売り時」を判断するための3つのフレームワークについて、解説します。
4-1. フレーム①:自社の業績トレンドで判断
売り時を考えるうえで、最も重要なのは「自社の業績トレンド」です。
DCF法でもマルチプル法でも、企業価値評価の土台になるのは将来どれだけ利益やキャッシュフローを生み出せるかという将来の稼ぐ力となります。
中小企業庁も、DCF法は将来の収益性や成長性を価値に反映できる手法であると示しています。
例えば、直近1年だけ利益が出ていても、主要顧客の離脱が見込まれる会社は高い評価につながりにくい傾向にあります。
一方で、営業利益はまだ小さくても、受注残が積み上がっている、継続課金が増えている、人材採用が進んでいる等の会社は、将来キャッシュフローを前向きに見てもらいやすくなります。
売却を急ぐ前に、少なくとも3年分の売上、営業利益、EBITDA、主要顧客比率の推移を整理すると、今売るべきか・育ててから売るべきかが判断しやすくなるでしょう。
4-2. フレーム②:マーケット環境で判断
2つ目の視点は、マーケット環境です。
金利が上昇すると、企業価値には一定の下押し圧力がかかります。
一方で、需要そのものが無くなるわけではなく、魅力がある案件には引き続き市場での取引は動き続けます。2025年版中小企業白書では、M&A件数は近年増加傾向にあり、2024年には過去最多の4,700件となったと整理されています。
また、事業承継・引継ぎ支援センターの相談社数と成約件数も増加傾向にあります。
この流れを見ると、2026年は「金利が高いから誰も買わない市場」ではなく、「選別は厳しくなるが、良い案件には買い手が集まる市場」と考えるほうが実態に近いと言えます。
したがって、自社だけを見て判断するのではなく、同業の再編状況、地域の承継案件、買い手候補の数も合わせて確認すると、売り時の判断精度は上がるはずです。
4-3. フレーム③:自分のライフプランで判断
最後に見落としやすいのが、経営者自身のライフプランです。
事業承継は会社の問題であると同時に、経営者個人の働き方、家族、健康、資産設計の問題でもあります。
中小企業庁は、事業承継には3年以上を要する場合が半数超であることを示しており、事業承継をしようと思い立って、すぐ終わるものではないことがわかります。
例えば、65歳を過ぎてから初めて検討すると、買い手探し、資料整備、交渉、DD、引継ぎまで想像以上に時間がかかる可能性があります。
その間に業績が落ちれば、価格だけでなく、そもそも売りにくくなるリスクもあります。
だからこそ、売り時は「相場が高い年」で決めるより、「自分が何歳まで経営するのか」「引継ぎ後に何をしたいのか」から逆算して考えるほうが、後悔が少ないでしょう。
まとめ
2026年のM&Aでは、金利上昇によって企業価値が下がりやすい環境であることは事実です。
DCF法では割引率の上昇が影響し、EV/EBITDA倍率法でも買い手の採算悪化を通じて価格が下がりやすくなります。
一方で、日本では事業承継ニーズが依然として強く、PEファンドや地銀系ファンドを含む買い手の裾野も広がっており、市場制度の整備も進んでいます。
そのため、2026年は「高く売れない年」ではなく、良い会社とそうでない会社の差がよりはっきり出る年と考えるのが現実的です。
売り手経営者が今やるべきことは、金利のニュースに振り回されることではなく、自社の将来キャッシュフロー、比較される倍率、そして自分自身の引退計画を整理することです。
その準備ができていれば、金利上昇局面でも納得感のあるM&Aに近づけるでしょう。
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