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野中瑠衣インタビュー 前編 「プレッシャーを楽しむプロの覚悟と、進化を支えるセルフマネジメント」

野中瑠衣インタビュー 前編 「プレッシャーを楽しむプロの覚悟と、進化を支えるセルフマネジメント」

「ベストゲームは、まだない。これから作っていかないと。」

小学5年生でプロを志し、現在はヴィクトリーナ姫路で活躍する野中瑠衣選手。文武両道の高校時代からプロの世界での葛藤、そしてコンディショニングへの向き合い方まで、これまでのキャリアとバレーボールへの熱い思いを伺いました。

秋田県内の強豪・秋田北高等学校から日立Astemoリヴァーレ(現・Astemoリヴァーレ茨城)へと進み、日本代表にも選出されるなど、着実にステップアップを重ねてきた野中選手。

創設10周年という節目を迎えるヴィクトリーナ姫路へ移籍した今、新たな環境で自身のアップデートを続ける彼女に、プロとしての覚悟や未来への展望を語っていただきました。


【プロを目指した原点】

小学5年生の頃には、「プロになりたい」と思っていました。進学先も、その頃からプロを見据えて選んでいました。

秋田北高等学校は、県内で常にベスト4に入る強豪校です。当初は秋田を離れ、全国制覇を目指せるような強豪校へ進学することも考えていました。ただ、秋田に残ることも選択肢の一つでしたし、監督からも熱心に声をかけていただいたことが大きく、進学を決めました。

県大会では勝てても、全国で勝ち上がることは簡単ではありませんでした。県と全国のレベルの差を強く感じましたね。


【限られた環境が育てた、揺るがない基礎】

サーブは自分でもよく練習していました。秋田は冬になると雪が多く、下校時間も決められていたので、練習時間も準備を含めると1時間ほどしかありませんでした。限られた時間の中で練習していましたが、特別なことをしていたわけではありません。練習が終わると、みんなでワイワイしながら帰っていましたね。

いいえ。家族にバレーボールをやっている人はいなく、最初はバスケットボールをしていました。バスケットボールを練習していた体育館にはランニングコースがあって、そこで母と一緒に走っていた時に、同じ体育館で練習していたバレーボールクラブの監督から声をかけていただいたことがきっかけで始めました。

はい。父が野球をしていたこともあって、一塁、二塁の「塁」から名付けたと聞いています。「着実に一歩ずつ進んでほしい」という思いが込められているそうです。


【文武両道で身につけた、自分を律する力】

スポーツ推薦はありましたが、ある程度の学力がなければ入れない学校だったので、受験勉強はしっかりしました。中学校の3年間は塾にも通っていました。入学後は「私はバレーボールをしに来た」という気持ちが強かったのですが、周囲の多くが大学進学を目指す環境だったので、スポーツだけを取り組むわけにはいきませんでした。なので、休み時間に勉強したり、友人にテスト勉強を教えてもらったりしながら、時間を有効に使っていましたね。

自主性を重んじる校風で、「自分で考えて行動しなさい」と常に言われていましたし、「学校生活があってこそのバレーボールだからね」とも教えられていたので、学校生活も疎かにしないように心がけていました。

そうですね。私は自分の目標に集中していたというか、自分の目標や求めるレベルを周囲に押しつけることはしませんでした。女子バスケットボール部や新体操部の友人がいたのですが、みんな部活動に取り組みながら、勉強でもトップクラスの成績を収めていたんです。

その友人たちが隙間時間に勉強をしている姿も間近で見ていましたし、私がきちんとできていないときには注意してくれる存在でもあったので、とても刺激を受けていましたね。


【プロの世界で見つけた、新たな成長の場所】

学校ごとに交流のあるチームがあり、在学中には企業のチームやプロチームの練習、合宿に参加させてもらう機会があるんです。秋田北高等学校は当時の日立Astemoリヴァーレと繋がりがあって、そのご縁で声をかけていただいたことが入団のきっかけです。

それが、あまりなかったんです。逆に、「これで毎日バレーボールができる」というワクワクの方が大きかった気がします。

なんだろうな。時期によって苦しさの種類が違うので、ひとつに絞るのは難しいですね。自分自身がうまくいっていないときは、自分と向き合えば改善できます。でも、周囲のことに意識が向いてしまうと、自分だけではどうにもできないことも多いので、それが一番苦しかったですね。

実際に対戦してみると、以前から分かっていたことを改めて実感する場面の方が多かったですね。もちろん、高さという面では大きな差があります。一方で、プレーの繊細さという日本人選手の強みは、海外の選手にもまったく劣っていないと感じました。

葛藤はまったくありませんでした。リヴァーレは高校卒業後すぐにお世話になったチームですし、とても感謝しています。結果を残すことが恩返しだと思っていました。ただ、苦しい時間も長く続いていました。

野中瑠衣インタビュー 後編 「プレッシャーを楽しむプロの覚悟と、進化を支えるセルフマネジメント」は8月17日公開


〈プロフィール〉


野中 瑠衣(のなか るい)

2001年8月3日生まれ。日本の女子バレーボール選手。秋田県秋田市出身。

秋田北高校を経て、2019年に内定選手として日立リヴァーレ(現Astemoリヴァーレ茨城)へ加入。入団後はレギュラーとして定着し、177cmの長身と最高到達点296cmの高さを活かした力強いスパイクを武器に、チームを牽引する主力アタッカーへと成長した。 5シーズンにわたり同チームの中心選手として活躍し、2025年4月には念願の日本代表登録メンバーに初選出された。同年夏からはヴィクトリーナ姫路へ移籍し、新天地でも第一線で躍動している。中学時代にユース日本代表に選出された実績も持ち、今後の日本女子バレー界を担う次世代の要として、多くのファンから大きな期待を集め続けている。

FPメディア編集部

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