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中田久美インタビュー 後編 「重圧を成長の糧に変えるマネジメント論」

中田久美インタビュー 前編 「重圧を成長の糧に変えるマネジメント論」の後編です。


【世界で見えた日本バレー】

イタリアに行った理由は、これから自分がどういう方向に進んでいくのかを考える中で、言葉も文化も違う環境に身を置いたら、何か見えてくるものがあるんじゃないかと思ったからです。

それと、イタリアのバレーボールが開発してきたデータを使って、どういう分析をしてチーム作りをしているのかを見てみたかったんです。

実際に行ってみると、日本とは全く環境が違いました。完全にプロの世界なので、育成という考え方がほとんどありません。即戦力としてプレーできるかどうかで価値が決まる世界です。

ただ、どんなにデータを使っていても、最後は選手の感覚で勝負していました。

選手一人ひとりがしっかり自分を持っていると感じましたし、日本を離れたからこそ、日本のバレーが見えた部分がありました。

前例がなかったので、比較対象がない中で、自分で切り開いていかなければいけない状況でした。

東京オリンピックも控えていましたし、どちらかというと向かい風のほうが強かった気がします。

それでも、自分がやらなければならない仕事だったのだろうと思っています。

コロナが流行してオリンピックが1年延期になったり、想定外のこともたくさんありました。引退する選手も出ましたし、チームを作り上げる難しさっていうのは本当に感じましたね。


【競技の外へ──学び直しと現代の指導論】

東京大学のプログラムを受講したのは、自分の人生を振り返った時に、バレーボール界という小さなコミュニティの中で生きてきたことに不安を感じたからです。

これが本当にすべての答えなのか、と。

もっと違う考え方や、何かを極めている人たちの思考や生き方があるんじゃないかと思ったんです。自分の答えに、ある種の疑いを持ったという感じですね。

スポーツとはまったく違う世界、いわば完全アウェーの環境で、日本の頭脳と言われる人たちが集まる場所に入ったら、自分は何を感じるんだろうと思ったんです。

筑波大学には一般入試で入りました。自分の子どもと同じくらいの年代の学生たちと一緒に学びました。

そこで研究したかったのは、自分がこれまでやってきたことを言語化できるのか、ということです。スポーツに強い大学でもありますし、この環境で学んでみたいと思いました。

私はSNSの使い方や私生活のことも含めて、そういう部分を無理に止めたりすることはあまりしません。今の時代、完全に切り離すことは難しいですから。

女子チームですし、同じ女性という立場なので、逆にどこまでも入り込めてしまう部分もあります。気持ちが分かることも多いんですよね。

ただ、だからこそ選手が追い込まれすぎないように、逃げ道も作ってあげないといけないと思っています。

もちろん、その選手にとって客観的に見てマイナスだと思うことや、迷っている様子が気になる場合は、直接本人に伝えます。

共感できることは強みだと思っていますが、感情に引っ張られすぎないように、できるだけ冷静に見ることも意識しています。


【プレッシャーと人生】

責任のある立場というのは、仕事ってそういうものだと思うんです。プレッシャーは消すものではなくて、もしかしたら使うものなのかもしれません。

逃げたいとか、辞めたいとか思う瞬間があると、それはもしかしたら自分への問いかけなのかもしれない、と思うようにしています。そういう時間が、結果的に成長につながるのではないかと思っていました。

今は、ある意味で人生のカウントダウンが始まっているとも感じているので(笑)、最後に「やり切った」と思えるように、無駄な日は1日もないように過ごしています。

セッターというポジションは、非常に面白いと思っています。人を生かすことの難しさであったりとか、奥深さだったりがありますね。

仲間からいいパスをもらって、自分がトスを上げて、最後は誰かが決めてくれる。その結果によって、初めて自分の価値が決まるポジションです。

今、監督という立場になっても、この経験はすごく役に立っています。

もちろん、最初からそれが分かっていたわけでありません。試合に勝ったり負けたりする中で、少しずつ学んできました。

負けたから分かることもありますし、勝ち続けることでしか見えないこともあります。全てが完璧にそろうことはありませんし、選手から学ぶことも本当に多いです。

この問いは、おそらくこれからもずっと続いていくんだろうなと思います。

基本的に人に相談することはあまりありません。最終的に決めるのは自分ですから。

人から言われたことをやって失敗した時に、その人のせいにしてしまうのは嫌なんです。それは父親からも言われてきたことです。「自分の人生は自分で決めろ」と。

そう教えられてきたので、最終的な判断は自分でしています。


【アスリートとお金】

最近老後のことも考えるようになってきたので、その意味では、お金はすごく大事だと感じていますよ(笑)。

自分で管理していました。ただ、昔は使う時間がほとんどなかったですね。

家を建てるとか、車を買うとか、自分とお金との関係が具体的になってくればくるほど、お金の価値や老後のことも考えるようになりました。

ありませんでしたね。当時は資産運用をしている人もほとんどいなかったと思いますね。

やっぱりプロですから、お金の管理はきちんとしたほうがいいと思います。

そうすることで、「なぜバレーボールをやっているのか」ということもより明確になると思うんです。

女子の場合は、高校卒業してすぐチームに入る選手も多いです。プロがどういうものなのか、自分に価値があるからこそチームや会社が投資してくれているんだ、ということを理解することは大事だと思います。

自分はチームのために、何をしなければいけないのか、自分はどういう意味を持ってバレーボールをしているのか、将来どうなりたいのか。

勝ち負けだけではなく、その先の目的を明確にしないと、自分の価値も見えにくくなってしまいます。

露骨にお金の話をするわけではありませんが、引退後の人生の方が長いですから。今の時間を大切にして、次のステップにどうつなげていくのかっていうことを考えながらバレーボールをしてほしい、ということは選手たちにも伝えています。

はい、債券を持っています。外債ですね。

そうですね、普通のOLはまず無理だと思いますよ(笑)。

体育の先生とかはイメージできますけど、普通の会社員はあまり考えたことがないですね。


━━大同生命SVリーグ女子チャンピオンシップファイナル後のコメント

「ホームで試合をしている感じがして心強かったです。一番はホッとしています。勝ったうれしさは3割ぐらいですかね。あくまでも私たちはチャレンジャーということで、受け身にならず、どんどん攻めていこうと思って戦っていました。ここ数年優勝から遠ざかって悔しい思いを選手たちから感じていた。最後は負けたくないという思いだと思います。練習もかなりしてきた。彼女たちの汗と涙の結果だと思います。(強さは)諦めないこと」


〈プロフィール〉

中田 久美(なかだ くみ)

1965年9月3日生まれ。日本の元バレーボール選手(セッター)、元全日本女子代表監督。東京都練馬区出身。 15歳で実業団の強豪・日立(日立ベルフィーユ)に入部し、同年には当時の史上最年少で全日本代表に選出。以降、正セッターとして長年にわたり日本女子バレー界を牽引した。 オリンピックには3大会に出場し、1984年のロサンゼルス五輪では銅メダルを獲得。1988年ソウル五輪、1992年バルセロナ五輪(主将)でもチームを導き、国内リーグでも日立の黄金期を支え幾度もMVPを受賞した。引退後は指導者へ転身し、久光製薬スプリングス監督として4度のリーグ優勝を達成。2017年から全日本女子代表監督を務め、2021年の東京五輪で指揮を執るなど、選手と監督の両面で多大な功績を残した。

FPメディア編集部

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