
事業の一部を他社に移す場面で、主な選択肢となるのが「吸収分割」と「事業譲渡」です。移す対象が同じでも、これらは法律上まったく別の制度であり、契約や従業員の引き継ぎ方、必要な手続き、税務上の取扱いなどが大きく変わります。
違いを一言でいえば、権利義務をまとめて引き継ぐか、一つずつ引き継ぐかです。この差が、契約や従業員の扱い、必要な手続き、そして想定外の債務を引き継ぐリスクに直結します。
本記事では、両者の違いを会社法の条文に沿って整理したうえで、それぞれの特徴と、どちらを選ぶかの判断ポイントを分かりやすく解説します。自社の事業再編や売却を検討している経営者の方は、どちらの手法が自社に適しているかを把握するための指針としてご活用ください。
1. 吸収分割と事業譲渡の違い
1-1. 最大の違いは権利義務を「まとめて」引き継ぐかどうか
会社法では、吸収分割を次のように定義しています。
吸収分割:株式会社又は合同会社がその事業に関して有する権利義務の全部又は一部を分割後他の会社に承継させることをいう。(会社法第2条第29号)
ここで重要なのが「権利義務」を「承継させる」という点です。個々の資産を個別に移すのではなく、分割契約で定めた範囲の権利義務が、包括的に承継会社へ移ります。これを「包括承継」といいます。
一方、事業譲渡は、資産・負債・契約を個別に移転させる取引です。会社法は事業譲渡そのものを定義していませんが、株主総会の承認が必要な行為として次のように規定しています。
株式会社は、次に掲げる行為をする場合には、(中略)株主総会の決議によって、当該行為に係る契約の承認を受けなければならない。
一 事業の全部の譲渡
二 事業の重要な一部の譲渡(当該譲渡により譲り渡す資産の帳簿価額が当該株式会社の総資産額として法務省令で定める方法により算定される額の五分の一(中略)を超えないものを除く。)(会社法第467条第1項)
譲り渡す資産の帳簿価額が総資産額の5分の1以下であれば、株主総会の決議は不要とされている点が実務上の分岐点となります。
※出典: e-Gov法令検索「会社法」https://laws.e-gov.go.jp/law/417AC0000000086
つまり、両者の根幹的な違いは「包括承継か、それとも個別承継か」という一点に集約されます。この仕組みの違いから、実務におけるすべての違いが派生します。
以下で具体的な比較を見てみましょう。
1-2. 一覧表で見る7つの違い
〈吸収分割と事業譲渡の7つの違い〉
| 吸収分割 | 事業譲渡 | |
|---|---|---|
| ①権利義務の移転方法 | 包括承継(分割契約で定めた範囲がまとめて移る) | 個別承継(資産・負債・契約を個別に移す) |
| ②取引先との契約 | 原則として承継される(契約に定めがある場合を除く) | 相手方の同意が必要 |
| ③従業員の労働契約 | 承継される(労働契約承継法による保護あり) | 個別の同意が必要 |
| ④債権者保護手続 | 会社法上、一定の債権者について債権者保護手続が必要 | 会社分割のような会社法上の債権者保護手続は不要 |
| ⑤対価 | 承継会社の株式のほか金銭等も可 | 金銭による対価が一般的 |
| ⑥消費税 | 包括承継のため事業譲渡とは扱いが異なる | 課税資産の譲渡として課税対象 |
| ⑦簿外債務の引き継ぎ | 承継対象に含まれると引き継ぐ可能性がある | 選択した範囲に限定されやすい |
※会社法および各出典の内容に基づき作成。個別の事案では取扱いが異なる場合があります。税務上の詳細な取り扱いについては、個別の事案ごとに税理士等の専門家へご確認ください。
この表のうち、②③④が「手続きにかかる労力・時間」、⑥⑦が「コストとリスク」を決めます。次章からは、それぞれの制度が持つ詳しい特徴と実務上の影響について順番に解説します。
2. 吸収分割の特徴
2-1. 権利義務をまとめて引き継げる
吸収分割を選択する最大の利点は、分割契約で定めた範囲の権利義務が、個別の移転手続きを経ずに承継される点です。
事業譲渡の場合、取引先との売買基本契約や賃貸借契約、雇用契約などを一件ずつ相手方の同意を得て結び直す必要があります。これに対し吸収分割では、原則として効力発生日にまとめて権利義務が移ります。
そのため、契約件数が多い事業ほど、事業譲渡に比べて手続きの負担を大幅に軽減できるというメリットがあります。
ただし、従業員の労働契約に関しては労働者保護の観点から特別なルールが設けられています。厚生労働省のガイドラインでは、次のように定められています。
会社法に基づく会社分割制度においては、分割会社と承継会社等が締結又は作成した分割契約等の定めに従って、分割会社の権利義務が承継会社等に包括的に承継されます。しかし、労働契約の承継については、そのまま承継されるとした場合、労働者に与える影響が大きいため、会社分割時における労働者保護のため(中略)規定を設け
同法は、労働者および労働組合への通知、労働契約の承継についての会社法の特例、労働者の異議申出、会社分割にあたっての労働者の理解と協力を得る手続などを定めています。あわせて、商法等改正法附則第5条により、分割会社は労働者との協議を行う義務を負います。
※出典: 厚生労働省「会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律(労働契約承継法)の概要」https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12600000-Seisakutoukatsukan/0000135994.pdf
つまり、「会社分割=包括承継だから、従業員本人の意向を確認する必要はない」と考えるのは適切ではありません。その労働者が承継される事業に主として従事しているか等によって手続きが異なり、異議申出の権利も認められています。
事前調整を怠ると承継の効力が争われるリスクがあるため、慎重な労務プロセスが求められます。
以上より、吸収分割は「契約数が多く個別の巻き直しが困難な事業」を一括移転させるのに最適な手法といえます。一方で、法的な手続きは労務管理だけに留まりません。次に、法律上必須となる「債権者保護手続き」について説明します。
2-2. 債権者保護手続きが必要になる
吸収分割では、会社法に基づき「債権者保護手続き」を行わなければなりません。会社法では、次のように定められています。
前項の規定により消滅株式会社等の債権者の全部又は一部が異議を述べることができる場合には、消滅株式会社等は、次に掲げる事項を官報に公告し、かつ、知れている債権者(中略)には、各別にこれを催告しなければならない。ただし、第四号の期間は、一箇月を下ることができない。(会社法第789条第2項)
実務上、この手続きには以下の3つのハードル(影響)が存在します。
1. 時間の拘束:官報公告と個別催告を行い、1か月以上の異議申述期間を確保する必要があります。そのため、分割の効力発生日から逆算したスケジュール管理が必要になります。
2. 情報の公開:官報公告は誰でも閲覧できます。組織再編を進めている事実を取引先や外部に伏せたまま完了させることはできません。
3. コストの発生:官報公告の掲載費用、登記費用、専門家報酬といったコストが発生します。
事業譲渡には会社法上の債権者保護手続きの規定がないため、吸収分割ならではの注意点となります。
このように吸収分割は、個別契約の巻き直しを回避できる反面、官報公告などの開示手続きと相応の準備期間を要する仕組みとなっています。
なお、「会社分割」という枠組みには、この吸収分割の他に「新設分割」という形態も存在します。自社の目的に合致しているか確認するため、双方の違いも押さえておきましょう。
2-3. 会社分割の一類型であり、新設分割と対になる
吸収分割は、会社分割という制度の一類型です。会社分割には、「吸収分割」の他に「新設分割」があります。
両者の大きな違いは、権利義務を承継する会社が「既存の会社」か「新たに設立する会社」かという点です。
〈吸収分割と新設分割の違い〉
| 吸収分割 | 新設分割 | |
|---|---|---|
| 承継先 | 既存の会社 | 分割により新たに設立する会社 |
| 主な用途 | 他社への事業の移転、グループ内再編 | 事業の切り出し、持株会社化の準備 |
他社へ事業を移す場面で用いられるのは「吸収分割」です。一方、新設分割は、「いったん自社の子会社として事業を切り出し、その後に株式を譲渡する(新設分割+株式譲渡)」といったスキームで活用されることもあります。
ここまでは、吸収分割の全体像を解説してきました。続いては、もう一つの主要手法である「事業譲渡」の特徴について見ていきましょう。
3. 事業譲渡の特徴
3-1. 引き継ぐ資産と負債を柔軟に選択できる
事業譲渡の最大の利点は、譲渡する事業の範囲を定めたうえで、承継する資産・負債・契約などを個別に決められる点です。
譲受側から見れば「必要なものだけを買う」ことができ、譲渡側から見れば「残したいものを残せる」という柔軟性があります。具体的な活用例としては、以下のようなケースが挙げられます。
・複数事業のうち特定の事業だけを切り出す
・事業に付随する不動産は譲渡せず、譲渡後に賃貸借契約へ切り替えて保有し続ける
・特定の資産や取引先との契約は承継対象から外す
・借入金(有利子負債)は譲渡対象に含めず、譲渡代金で返済する
この柔軟性こそが、事業譲渡が中小企業のM&Aで広く選ばれている理由です。なお、譲渡側には「競業避止義務」が発生する点に注意が必要です。
会社法第21条第1項により、特約がなければ20年間、同一市町村と隣接市町村での同一事業が制限されます。特約を設ける場合も、その効力は譲渡日から30年の期間内に限られます。
譲渡後も関連する事業を続ける意向がある場合、この点は契約段階で確認が必要です。
ピンポイントで資産を選別できる事業譲渡は、余分な負債を引き継ぎたくない買い手にとって強力な選択肢となります。しかし、その自由度の反面として「個別の同意・変更手続き」という大きな実務負担が発生します。
3-2. 契約や従業員の引き継ぎには個別の同意がいる
事業譲渡では、契約上の地位や権利義務を移転するために、原則として相手方の同意が必要になります。取引先が多ければ、その数だけ同意取得の作業が発生します。
〈事業譲渡で個別対応が必要になる主な項目〉
| 対象 | 必要な対応 |
|---|---|
| 取引先との契約 | 契約上の地位の移転について、相手方の同意を得る |
| 従業員 | 転籍について、本人の同意を得る |
| 賃貸借契約 | 契約内容を確認し、契約上の地位の移転や賃借権の譲渡等に必要な手続きを行う |
| 許認可 | 原則として譲受側が新たに取得する(業種により承継の制度がある) |
| 不動産・車両等 | 個別に名義変更・登記等の手続きを行う |
最も慎重な対応を要するのが「従業員の労働契約」です。事業譲渡では自動的に雇用が移らないため、転籍について一人ひとりの同意が必要になります。
同意しない従業員は譲渡会社に残ることになり、その後の処遇を検討しなければなりません。
主要な取引先や中核人材が同意しなければ、譲り受けた事業の価値そのものが損なわれる恐れがあります。したがって、事業譲渡を進める際は「関係者への丁寧な打診と同意獲得のスケジュール」をあらかじめ組み込んでおくことが重要です。
このように同意取得の手間はかかりますが、財務面では「予期せぬリスクを遮断できる」という非常に大きな強みがあります。
3-3. 把握していない債務を引き継ぎにくい
事業譲渡が選ばれる実務上の大きな理由は、簿外債務を引き継ぐリスクを抑えやすいという点です。
契約書で指定した負債のみをピンポイントで引き継ぐため、未払残業代、係争中の損害賠償、保証債務など、デューデリジェンスで把握しきれなかった債務が後から判明した場合でも、譲受側が負担するリスクを低減できます。
ただし例外があり、会社法では次のように定められています。
事業を譲り受けた会社が譲渡会社の商号を引き続き使用する場合には、その譲受会社も、譲渡会社の事業によって生じた債務を弁済する責任を負う。(会社法第22条第1項)
事業譲渡後、遅滞なく「譲受会社が譲渡会社の債務を弁済する責任を負わない旨」を登記した場合には、この責任は生じません。また、事業譲渡後、遅滞なく譲渡会社と譲受会社から第三者に対してその旨を通知した場合には、通知を受けた第三者についても同様です。
そのため、譲渡会社の商号を引き続き使用する場合には、事業譲渡契約で債務の承継範囲を定めるだけでなく、会社法第22条に基づく責任についても確認する必要があります。
「屋号を残してほしい」という要望は、売り手側からよく出る条件です。しかしこの条文がある以上、商号を続用するかどうかは債務の帰属に影響します。ブランドの話としてではなく、法的な効果を伴う条件として扱う必要があります。
ここまで両制度の長所と短所を確認してきました。それでは、実際に事業を再編・売却する際、経営者はどちらの手法を選択すべきなのでしょうか。次章で具体的な判断基準を整理します。
4. どちらを選ぶかの判断ポイント
4-1. 契約や従業員が多い事業なら吸収分割が候補になりやすい
同意取得の作業量が、吸収分割と事業譲渡を選択する際の判断の分かれ目になります。
取引先が数百社ある、従業員が多い、賃貸借契約やリース契約が多数ある。こうした事業を事業譲渡で移す場合、同意取得だけで相当の時間と人手が必要になります。しかも、同意が得られない相手が一定数生じる可能性もあります。
吸収分割であれば、分割契約で定めた範囲が包括的に承継されるため、この作業は大幅に減ります。債権者保護手続きに1か月以上を要する一方、個別同意の取得は原則として不要です。
〈手続きの重さの比較〉
| 事業の性質 | 吸収分割 | 事業譲渡 |
|---|---|---|
| 取引先・契約が多い | 有利 | 同意取得の負担が大きい |
| 従業員が多い | 有利(ただし承継法の手続きが必要) | 個別同意が必要 |
| 承継対象を細かく決めたい | 分割契約で定める必要がある | 有利 |
| 手続きを短期間で終えたい | 債権者保護手続きに1か月以上 | 相手方の同意取得などに要する期間次第 |
契約関係の巻き直しが実質的に不可能に近い規模であれば、官報公告などの債権者保護手続きを行ってでも吸収分割を選ぶのが実務的です。
4-2. 一部だけを切り出すなら事業譲渡が候補になりやすい
一方、承継対象を個別に絞りたい場合は「事業譲渡」が適します。
〈選択の目安〉
| 状況 | 候補になりやすい手法 |
|---|---|
| 事業全体を、契約・従業員ごと移したい | 吸収分割 |
| 特定の資産・契約だけを選んで移したい | 事業譲渡 |
| 簿外債務のリスクを限定したい(譲受側) | 事業譲渡 |
| 取引先への個別説明を最小限にしたい | 吸収分割 |
| 譲渡対象が総資産の5分の1以下 | 事業譲渡(株主総会決議が不要な場合がある) |
不採算部門の整理や、特定の優良事業のみの売却においては、事業譲渡の持つ柔軟性と安全性が遺憾なく発揮されます。
4-3. 許認可と税務の扱いは早めに専門家へ確認する
手法を決めるにあたり、法律上の手続き(会社法)だけで判断すると後から予期せぬトラブルやコストが発生します。必ず事前に「許認可」と「税務」の2点について専門家(弁護士・税理士等)へ確認してください。
1. 許認可の承継リスク
許認可は、吸収分割(包括承継)であっても当然に引き継がれるとは限りません。業種ごとに根拠となる法令が異なり、承継の可否も手続きも変わります。
制度が整備されている例として、建設業があります。国土交通省は、建設業法第17条の2・第17条の3により、事業の譲渡、会社の合併、分割を行った場合に、事前の認可を受けることで建設業者の地位を承継できる仕組みを設けています(2020年10月施行)。
※出典: 国土交通省「建設業者の地位の承継について(建設業法第17条の2・3)」https://www.mlit.go.jp/common/001365753.pdf
こうした制度がある業種では、事前認可の手続きと日程を組み込む必要があります。制度がない業種では、譲受側が新たに許認可を取得することになり、その取得に要する期間が取引全体のスケジュールを左右します。
許認可の承継可否や必要な手続きの確認は、手法を決める前に行うことが重要です。
2. 税務(消費税・法人税)の負担差
事業譲渡では、譲渡する資産のうち課税資産の譲渡について消費税の課税対象となります。国税庁の質疑応答でも、事業譲渡に関連する資産の対価を課税対象資産と非課税対象資産に区分して計算する考え方が示されています。
営業権や有形固定資産は課税対象、土地は非課税という区分です。
※出典: 国税庁「営業の譲渡をした場合の対価の額」https://www.nta.go.jp/law/shitsugi/shohi/14/01.htm
一方、吸収分割は包括承継であるため、事業譲渡とは異なる扱いになります。また、法人税においては、一定の要件を満たす分割(適格分割)に該当するかどうかで、資産の移転にともなう課税関係が変わります。
移転する資産の規模が大きいほど、この差は金額として大きくなります。手法の選択が、そのまま税負担の差に直結するという構造です。法務面の比較だけで手法を決めると、税務面で不利な結果になりかねません。
このように、手続き面の利便性だけで決定せず、「許認可の維持」と「税金コストの試算」をスキーム決定前に並行して実施することが、成功への必須条件となります。
5. まとめ
吸収分割と事業譲渡は、どちらが優れているかという問題ではなく、「何を優先するか」によって使い分けるべき制度です。
・吸収分割:契約数・従業員数が多く、事業を丸ごとスムーズに移転させたい場合に適している
・事業譲渡:対象を絞り込みたい場合や、過去の潜在リスク(簿外債務)を遮断したい場合に適している
構造的なメリット・デメリットを理解した上で、自社の事業規模や取引構造、許認可の有無に応じたスキームを選択することが重要です。
事業の切り出しや再編は、単なる法的手続きにとどまらず、譲渡対価の運用や残された事業の成長戦略とも密接に関連します。
全体的な資金計画や事業承継の設計を含め、信頼できる専門家やM&Aアドバイザーへ早期に相談し、リスクを抑えた最適なスキームを構築していきましょう。
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