
経営者の資産の多くを占めがちな自社株は、一見すると安心感のある資産に見えるかもしれません。
しかし、事業リスクと個人資産が強く結びついている点には注意が必要です。
本記事では、自社株に集中することのリスクや、その背景にある構造を整理しながら、「分散」の重要性について考えていきます。
1. 「資産の半分が自社株」—なぜそれが危険なのか
経営者の資産の大半が自社株で占められているケースは、決して珍しくありません。創業者やオーナー経営者であればあるほど、会社の成長とともに株式価値が高まり、結果として「資産の半分以上が自社株」という状態になっていることも多いでしょう。
一見すると、自社株は「最もよく理解している投資対象」であり、安心感のある資産に見えるかもしれません。しかし、資産全体という視点で捉えたとき、この状態には見過ごせないリスクが内在しています。
ここでは、自社株集中の本質について整理していきます。
1-1. 自社株集中の本質
自社株に資産が集中している状態の本質は、「事業リスクと個人資産リスクが同じ方向に偏っている」点にあります。
一般的な資産運用では、株式や債券、不動産など異なる性質の資産を組み合わせることで、リスクを分散させることが重要とされています。しかし自社株の場合、会社の業績がそのまま資産価値に直結するため、分散が効きにくい構造になっています。
例えば、業績が好調な局面では、会社の利益拡大に伴って株式価値も上昇し、個人資産も拡大します。一方で、業績が悪化した場合には、給与・配当・株価といった複数の要素が同時に影響を受ける可能性があります。
つまり、「収入源」と「資産」が同じ会社に依存している状態ともいえます。
このような構造は、平時には意識されにくい一方で、経営環境が変化した際には影響が大きくなる傾向があります。
1-2. 上場株とはまったく違う「流動性リスク」
自社株のリスクを考えるうえで特に重要なのが、「流動性」の問題です。
上場株式であれば、市場で売買が成立する限り、比較的容易に現金化することが可能です。一方で、非上場企業の株式はそもそも市場が存在しないため、自由に売却できないケースが少なくありません。
実際、非上場株式は譲渡制限が設けられていることが多く、売却には会社の承認が必要となる場合もあります。そのため、「売りたいときに売れない」という状況が現実的に起こり得ます。
また、流動性リスクとは、「売りたいときに売れない、または希望する価格で売れないリスク」を指しますが、非上場株式ではこのリスクが特に高いとされています。
さらに重要なのは、「価値と換金性は別物である」という点です。
企業としては十分な利益を出していたとしても、買い手が見つからなければ現金化は難しく、資産としての使い勝手は大きく制限されます。
このように、自社株は帳簿上の評価額が大きくても、「実際に使える資産」とは限らないのです。
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1-3. 経営者に万一があったとき、家族だけでは難しい自社株対応
もう一つ見落とされがちなのが、「万一の際の資産の扱い」です。
経営者本人であれば、自社株の価値や会社の状況を理解しているため、売却や承継について一定の判断ができます。しかし、相続が発生した場合、状況は大きく変わります。
非上場株式は流動性が低いため、相続税の納税資金を確保することが難しくなるケースがあります。実際、株式評価額が高くても現金化ができず、資金繰りに苦慮する可能性もあります。
また、株式の譲渡には会社側の承認や手続きが必要となることが多く、家族が自由に売却できるとは限りません。結果として、「評価額は大きいが動かせない資産」を抱えることになりかねません。
さらに、会社の経営状況や株主構成を十分に把握していない相続人にとっては、適切な判断を下すこと自体が難しい場合もあります。
このように、自社株は経営者にとってはコントロール可能な資産であっても、相続人にとっては極めて扱いづらい資産になる可能性があります。
2. 業績悪化シナリオで資産はどれだけ減るのか
自社株に資産が集中している場合、最も注意したいのは「業績悪化がそのまま個人資産の減少につながる」という点です。
平時には見えにくいものの、ひとたび業績に陰りが見え始めると、株価・収入・キャッシュフローといった複数の要素が同時に影響を受ける可能性があります。
ここでは、いくつかの典型的なシナリオをもとに、その影響を整理していきます。
2-1. 営業利益が半減した場合
まず考えたいのが、営業利益が半減するようなケースです。
自社株の評価は、一般的に「収益力」と「純資産」を基に算定されます。したがって、利益が大きく落ち込めば、株式評価もそれに連動して下落する可能性があります。
例えば、営業利益が半減した場合、以下のような影響が考えられます。
・株式評価の低下(将来収益の見通し悪化)
・配当の減少、あるいは無配
・役員報酬の見直し
このとき重要なのは、「1つの要因だけが悪化するわけではない」という点です。
仮に、資産の半分を自社株が占めていた場合、株式価値が30〜50%下落すれば、資産全体でも15〜25%程度の減少につながる可能性があります。さらに、役員報酬や配当も減少すれば、生活資金や投資余力にも影響が及びます。
このように、自社株集中のリスクは単なる「株価下落」ではなく、「資産と収入の同時減少」が起こり得る点にあるのです。
2-2. 取引先の倒産・主要顧客の離脱
次に、より現実的なリスクとして考えられるのが、取引先の倒産や主要顧客の離脱です。
特に中小企業や特定顧客への依存度が高いビジネスモデルでは、1社の動向が業績に大きく影響することがあります。
例えば、
・売上の大部分を占める顧客が離脱する
・与信リスクが顕在化し、売掛金が回収できなくなる
・サプライチェーンが途絶し、事業が一時停止する
といった事象が発生すると、短期間で業績が大きく変動する可能性があります。
このとき、自社株の評価も同時に見直されることになります。特に非上場株式は市場価格が存在しないため、企業業績や将来の見通しに評価が強く左右される傾向があります。
また、非上場株式は流動性が低く、売りたいときにすぐ売れないという特徴もあります。そのため、業績悪化が見えてから資産を動かそうとしても、現実には対応が難しいケースも少なくありません。
さらに、金融機関からの評価にも影響が及び、借入条件の見直しや資金繰りの制約が強まる可能性もあります。
つまり、事業上のリスクがそのまま「資産価値の毀損」と「資金繰りの制約」に波及する構造になっています。
2-3. 「会社は立て直せても、個人資産は戻らない」
最後に重要なのが、「会社と個人資産は同じ動きをするとは限らない」という点です。
仮に会社が一時的な業績悪化から回復し、数年後に業績が持ち直したとしても、その間に失われた個人資産まで元に戻るとは限りません。
例えば、
・無配期間が続いたことで個人キャッシュが減少
・株価下落時に評価ベースで資産が大きく毀損
・納税や生活費のために他の資産を取り崩した
といった場合、会社の回復とは別に、個人の資産状況は大きく変化している可能性があります。
特に相続や事業承継の局面では、この問題はより顕在化しやすくなります。
非上場株式が資産の大半を占める場合、相続税の納税資金を確保できず、現金が不足という状況に陥ることがあります。また、株式評価が高い状態で相続が発生すると、多額の相続税が課される可能性がありますが、株式自体は容易に現金化できないため、資金繰りに大きな影響が出ることもあります。
このように、自社株集中のリスクは、単に会社の業績変動だけではありません。「会社は立て直せるが、個人資産は元に戻らない」という「ズレ」が生じることが、自社株集中の見えにくいリスクの一つといえるでしょう。
3. 経営権を手放さずに分散する2つの方法
自社株に資産が集中していることに気づいたとしても、「では株式を売却して分散すればよいか」というと、経営者にとってそれは現実的な選択肢とは限りません。
議決権の低下や経営権への影響を考えると、自社株の大幅な売却には慎重にならざるを得ないケースが多いでしょう。
そのため実務上は、「経営権は維持しながら、少しずつ外に資産を移していく」というアプローチが検討されることが一般的です。
ここでは、その代表的な方法を整理します。
3-1. 方法①:役員報酬の最適化
まず考えられるのが、役員報酬の受け取り方を見直すことです。
自社株中心の資産構成になっている場合、会社の中に利益を留めるだけでなく、一定額を個人に移転していくことが分散の第一歩となります。
役員報酬は会社にとって損金(経費)として扱われるため、配当と比較すると税務上有利になるケースがあります。
例えば、同じ500万円を受け取る場合でも、受け取り方によって税負担に差が生じることがあり、資金を会社から個人へ移す手段として重要な選択肢の一つといえます。
ただし、役員報酬には以下のような制約もあります。
・期中で自由に変更できない
・過大な報酬は税務上否認される可能性がある
・社会保険料の負担が発生する
このため、単純に「増やせばよい」というものではなく、会社の利益水準やキャッシュフロー、税負担とのバランスを見ながら設計することが重要です。
また、役員報酬として受け取った資金を金融資産などへ振り分けていくことで、徐々に自社株依存を下げていくことも可能になります。
3-2. 方法②:資産管理会社の活用
2つ目が、資産管理会社(いわゆるプライベートカンパニー)の活用です。
資産管理会社とは、株式や不動産などの資産を法人で保有・管理するための会社であり、富裕層や経営者の間では一般的な選択肢の一つとなっています。
資産管理会社を活用することで、以下のような効果が期待できる場合があります。
・所得の分散(家族への役員報酬など)
・税率差を活用した税負担の調整
・相続・事業承継の円滑化
・資産管理の一元化
例えば、家族を役員にして報酬を分散することで、所得を分散し、累進課税の影響を抑えることができます。
また、資産管理会社を通じて資産を保有することで、相続時には「株式」として承継できるため、資産分割の柔軟性が高まる可能性もあります。
さらに、法人税率は個人の最高税率より低く設定されているため、税負担の最適化につながるケースもあります。
一方で、デメリットや注意点もあります。
・設立・維持コストがかかる
・資産が個人の自由に使えるものではなくなる
・税務・法務の管理が複雑になる
実際、資産を資産管理会社へ移した場合、それは個人の資産ではなく会社の資産となるため、自由に引き出すことはできず、役員報酬や配当などの形で取り出す必要があります。
このように、資産管理会社は有効な手段である一方、設計を誤ると逆に制約が増える可能性もあるため、専門家と連携しながら慎重な検討が必要です。
4. 自社株を動かすときの税務トラップ
自社株の分散を進める際、最も注意が必要なのが税務面です。
自社株は一般的な上場株式とは異なり、「誰に・いくらで・どのように移すか」によって課税関係が大きく変わる特徴があります。
特に同族会社では、税務当局が形式よりも実質を重視して判断する傾向があるため、意図せず想定外の税負担が発生するケースも見られます。
ここでは、代表的な3つの論点について整理します。
4-1. みなし配当課税
まず押さえておきたいのが「みなし配当課税」です。
これは、形式上は配当ではない取引であっても、実質的に株主へ利益が分配されたと判断された場合に、配当と同様の課税を受ける仕組みです。
代表的なケースが「自社株の買い取り(自己株式取得)」です。
会社が株主から株式を買い取る際、支払われる対価のうち、資本金等の額を超える部分は配当とみなされ、課税対象となる可能性があります。
このときのポイントは、「売却益」ではなく「配当所得」として扱われる点です。配当所得は総合課税となるケースもあり、結果として税率が高くなる可能性があります。
その結果、想定していたよりも高い税率が適用されるケースもあります。
そのため、自社株の売却や会社による買い取りを検討する際には、「いくらで売るか」だけでなく、「どのように課税されるか」まで事前に整理しておくことが重要です。
4-2. 同族間取引の時価評価
次に重要なのが、「時価」での取引が求められる点です。
自社株には市場価格が存在しないため、取引価格を自由に決められるように見えるかもしれません。しかし税務上は、「適正な時価で取引したかどうか」が厳しくチェックされます。
例えば、時価よりも著しく低い価格で株式を譲渡した場合、その差額は贈与とみなされ、贈与税の対象となる可能性があります。
逆に、時価より高い価格で取引した場合にも問題が生じることがあります。この場合、過大な部分が配当や利益の移転とみなされ、追加課税の対象となる可能性があります。
さらに同族会社では、以下のような複雑な課税関係が発生することもあります。
売り手:時価ベースで譲渡益課税
買い手:差額に対する贈与税や法人税
他の株主:間接的な利益移転として課税対象
このように、単なる「株式売買」のつもりでも、複数の納税者に課税が及ぶ可能性がある点が特徴です。
そのため、自社株の移転は「価格設定」が極めて重要であり、評価方法(類似業種比準価額、純資産価額など)を踏まえたうえで慎重に検討する必要があります。
4-3. タイミングを間違えると税負担が大きくなる
3つ目のポイントは、「いつ動かすか」です。自社株の評価は、業績や純資産、配当水準などに応じて変動します。そのため、同じ株式であっても、移転のタイミングによって税負担が大きく変わる可能性があります。
例えば、
・業績が好調で株価評価が高い時期に移転する
・内部留保が積み上がり、純資産価額が上昇している
・高配当が継続している
といった局面では、株式評価が高くなりやすく、それに伴って贈与税や相続税の負担も大きくなる傾向があります。
一方で、業績が一時的に落ち込んでいる局面などでは、評価額が相対的に低くなる可能性もあります。ただし、税負担だけを目的とした不自然な取引については、税務上の合理性や継続性が問われるケースもあるため、慎重な判断が求められます。
また、自己株式の取得においても、価格設定とタイミングによっては、みなし配当やみなし贈与といった課税が発生するリスクがあります。
つまり、自社株の移転は「どう動かすか」だけでなく「いつ行うか」によっても、税負担が大きく変わる可能性があるという点を理解しておく必要があります。
5. 分散の第一歩は「資産の棚卸し」
自社株のリスクを理解し、分散の必要性を感じたとしても、いきなり具体的な対策に進むのは難しい場合が多いかもしれません。
そのため、最初のステップとして重要になるのが「資産の棚卸し」です。
ここでいう棚卸しとは、「自分の資産がどこに、どれだけ偏っているのか」を客観的に把握することを指します。特に経営者の場合、自社株の評価額が曖昧なままになっているケースも少なくありません。
まずは資産の全体像を可視化し、そのうえで分散の方向性を検討していくことが現実的なアプローチといえるでしょう。
5-1. 自社株の簡易評価方法
非上場株式である自社株は、上場株式のような市場価格がありません。そのため、「実際にいくらの価値があるのか」が分かりにくい資産でもあります。
実務上は、国税庁のルールに基づき、いくつかの評価方法を使って株価が算定されます。代表的なものとしては、以下の3つが挙げられます。
・類似業種比準方式
・純資産価額方式
・配当還元方式
これらは会社の規模や株主の属性によって使い分けられ、場合によっては複数の方式を組み合わせて評価されることもあります。
例えば、
利益水準が高い企業 → 類似業種比準方式(収益力ベース)
資産を多く保有する企業 → 純資産価額方式(資産ベース)
といった形で、評価の考え方が異なる点が特徴です。
また、非上場株式の評価は「会社の規模(大会社・中会社・小会社)」によっても異なり、それぞれ適用される評価方法や比率が変わります。
ただし、これらはあくまで税務上の評価方法であり、実際の売却価格や第三者評価とは一致しない場合もあります。
そこで、簡易的に把握する方法としては、次のような視点が有効です。
直近の純資産(貸借対照表ベース)
営業利益や当期利益の推移
同業他社のバリュエーション(PERなど)
例えば、「純資産÷発行株式数」で1株あたりの純資産価値を算出すれば、おおよその目安を確認できます。
重要なのは、「正確な株価を出すこと」よりも、「自社株が資産全体の中でどれくらいの比率を占めているか」を把握することです。この比率が見えてくることで、初めて分散の必要性や優先順位が具体的に整理されます。
5-2.第三者に相談するという選択肢
資産の棚卸しを進める中で、多くの経営者が直面するのが「どこまで自分で判断すべきか」という問題です。
自社株の評価や分散は、税務・法務・資産運用が複雑に絡み合う領域であり、すべてを個人で判断するのは難しい場合もあります。
そのため、一定の段階で第三者に相談することも、有力な選択肢となります。
代表的な相談先としては、以下のようなものがあります。
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・銀行
銀行は、預金・融資・保険・投資信託など幅広い金融商品を取り扱っており、資産全体を包括的に把握したうえで相談できる体制が整っています。
資産運用だけでなく、事業承継や相続対策も含めて「窓口を一本化したい」という方には適している場合があります。
一方で、取り扱い商品や提案内容は金融機関によって異なるため、担当者や提案内容を見極めることが重要といえるでしょう。
・証券会社
証券会社は、資産運用に関する専門性が高く、株式や債券、投資信託など幅広い金融商品を扱っています。
マーケット動向や投資戦略について、より具体的なアドバイスを受けたい場合には有力な選択肢となります。
ただし、各社の販売方針によって取り扱う商品や提案内容に偏りが出る可能性もあるため、複数の意見を比較しながら検討することが望ましいと考えられます。
・IFA(独立系ファイナンシャルアドバイザー)
IFAは、特定の金融機関に属さず、中立的な立場で資産運用のアドバイスを行う専門家です。
複数の金融商品を比較しながら提案を受けられる点が特徴です。また、担当者の異動が少なく、長期的な関係を築きやすい点もメリットといえるでしょう。
一方で、知識や経験には個人差があるため、実績や得意分野を確認したうえで相談先を選定することが重要です。
大切なのは、「どこに相談するか」ではなく、「自分の資産状況を客観的に把握し、将来を見据えた判断ができる環境をつくること」です。
自社株は経営者にとって最も身近な資産である一方、最も偏りやすい資産でもあります。
まずは資産の全体像を把握し、自社株が占める割合を確認すること。それが、将来のリスクに備えるための第一歩になるのではないでしょうか。
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