
ミニマムタックス税制は、個人の所得と通常の所得税額を比較し、一定の条件に当てはまる場合に所得税を加算する制度です。2027年分からは、計算に使う特別控除額が3億3,000万円から1億6,500万円へ、税率が22.5%から30%へ変わります。
ただし、「会社を3.5億円で売ったら必ず追加課税される」「所得が1億6,500万円を超えたら全額に30%かかる」という意味ではありません。売却代金と譲渡益の違い、その年のほかの所得、通常の所得税額を分けて確認する必要があります。
この記事では、2026年分までと2027年分以後の違い、対象となる所得、株式譲渡益の試算、M&A・事業承継の前に確認する項目を解説します。
1. ミニマムタックス税制とは?対象を判定する仕組み
1-1. 通常の所得税額と比べ、差額がある場合に加算する制度
個人向けのミニマムタックスは、税負担の公平性を目的とした「極めて高い水準の所得に対する負担の適正化措置」を指します。税法上は「特定の基準所得金額の課税の特例」と呼ばれ、2025年分の所得税から適用されています。
判定では、対象となる所得を集計した「基準所得金額」から特別控除額を引き、所定の税率を掛けます。この金額が「基準所得税額」を上回ったときに、差額を所得税に加算します。
特別控除額を超える所得があっても、通常の税負担が比較対象の金額以上なら、この特例による加算はありません。所得の金額だけでなく、給与・株式譲渡益などの内訳も結果に影響します。
1-2. 基準所得金額と基準所得税額の違い
| 用語 | 確認する内容 |
|---|---|
| 基準所得金額 | 対象となる各種所得を合計した金額。売上高、売却代金、保有資産総額とは異なる |
| 特別控除額 | ミニマムタックスの計算で基準所得金額から差し引く金額。一般の基礎控除とは別 |
| 基準所得税額 | この特例がないものとして計算する通常の所得税等の額。申告不要を選択する所得の源泉徴収税額も含めて判定する |
| 所得税への加算額 | 所定の式で計算した金額が基準所得税額を超えた場合の差額。住民税を含む総税額とは異なる |
基準所得金額は、損失の繰越控除や土地等の特別控除などを反映して計算します。通常の申告書に記載した所得を単純に足せばよいとは限らず、申告不要としている所得の確認も必要です。
2. 2027年分からの改正内容と適用時期
2-1. 特別控除額は1億6,500万円、税率は30%へ
| 項目 | 2025年分・2026年分 | 2027年分以後 |
|---|---|---|
| 特別控除額 | 3億3,000万円 | 1億6,500万円 |
| 比較額の計算に使う税率 | 22.5% | 30% |
| 比較額の計算式 | (基準所得金額−3億3,000万円)×22.5% | (基準所得金額−1億6,500万円)×30% |
| 所得税の加算が生じる条件 | 比較額が基準所得税額を上回る場合 | 比較額が基準所得税額を上回る場合 |
2027年分以後の所得税への加算額は、「(基準所得金額−1億6,500万円)×30%−基準所得税額」がプラスになる場合の、その金額です。ゼロ以下なら加算額はありません。
改正は2027年分の所得から適用されます。2027年に提出する2026年分の確定申告と混同しないよう、申告する年ではなく「何年分の所得か」で確認します。
2-2. 「約3.4億円から」は所得の構成を限定した目安
財務省の資料では、所得のすべてが分離課税の対象となる場合、追加負担が生じる年間所得の目安を約3.4億円からとしています。一方、実際の申告実績に当てはめた図では約6億円からという水準も示されています。これは所得構成が違うためで、全員に共通する一律の境界ではありません。
そのため、「資産が3.4億円ある」「会社の評価額が3.4億円を超えている」という情報だけでは判定できません。その年に生じる所得と、それに対する通常の税額を確認します。
出典:財務省「令和8年度税制改正」個人所得課税・負担適正化措置の見直し
3. 対象となる所得と、混同しやすいポイント
3-1. 株式の売却代金ではなく、取得費などを引いた譲渡益で考える
株式の譲渡所得等は、売却代金から取得費と売却手数料等を差し引いて計算します。同じ売却代金でも、取得費が違えば譲渡益も変わります。
例えば、売却代金5億円、取得費2億円、売却手数料等1,000万円なら、譲渡益は2億9,000万円です。「5億円で売却した」という理由だけで、譲渡益5億円の試算を当てはめることはできません。
M&Aでは、個人株主が株式を売る取引と、会社が事業・資産を売る取引も分けて考えます。誰が代金を受け取り、誰にどの所得が生じるのかを先に整理することが必要です。
3-2. 申告不要の配当・譲渡益や、退職所得も確認する
基準所得金額には、給与・事業所得のほか、株式や土地建物の譲渡所得、退職所得などが含まれます。特定口座の源泉徴収だけで納税を済ませている株式譲渡益や、申告不要を選択する上場株式等の配当所得も、判定から自動的に外れるわけではありません。
退職金について集計するのは、受取額そのものではなく税法上の退職所得金額です。分離課税であることと、ミニマムタックスの対象所得に含まれないことは別です。
3-3. NISAの非課税所得と、申告不要の所得は扱いが異なる
NISA制度等による非課税所得や、源泉分離課税の対象となる所得は、基準所得金額に含まれません。「申告していない所得」をひとまとめにせず、非課税なのか、申告不要制度を利用しているのかを区別します。
出典:国税庁「特定の基準所得金額の課税の特例」基準所得金額の範囲
4. 株式譲渡益5億円・10億円・20億円の税額シミュレーション
4-1. 試算の前提と、通常の税負担
以下は、日本の居住者である個人の所得が株式譲渡益のみで、所得控除・税額控除・損失の繰越控除・再投資等の特例を適用しない場合の試算です。表の5億円・10億円・20億円は、取得費などを差し引いた後の譲渡益です。税額の端数処理は省略しています。
通常の所得税は譲渡益の15%、住民税は5%として計算します。所得税に対する付加税は、2026年分は復興特別所得税2.1%、2027年分は復興特別所得税1.1%と防衛特別所得税1%で、合計の付加税率は同じ2.1%です。
したがって、この試算の基準所得税額は譲渡益の15.315%、ミニマムタックスを適用する前の住民税を含む税負担は譲渡益の20.315%として計算します。加算される所得税にも付加税がかかるため、加算額そのものと税負担の増加額は一致しません。
出典:財務省「令和8年度税制改正の大綱」防衛特別所得税・復興特別所得税
4-2. 所得税への加算額を比較する
| 株式譲渡益 | 基準所得税額 | 2026年分:所得税への加算額 | 2027年分:所得税への加算額 |
|---|---|---|---|
| 5億円 | 7,657.5万円 | 0万円 | 2,392.5万円 |
| 10億円 | 15,315万円 | 0万円 | 9,735万円 |
| 20億円 | 30,630万円 | 6,945万円 | 24,420万円 |
この表は、比較式によって所得税に加算する額を示しています。加算額に対する付加税と住民税を含めた総税額は、次の表に分けて示します。
4-3. 付加税・住民税を含む税負担を比較する
| 株式譲渡益 | 2026年分の税負担 | 2027年分の税負担 | 税負担の増加額 |
|---|---|---|---|
| 5億円 | 10,157.5万円 | 12,600.2万円 | 2,442.7万円 |
| 10億円 | 20,315万円 | 30,254.4万円 | 9,939.4万円 |
| 20億円 | 47,720.8万円 | 65,562.8万円 | 17,842万円 |
表の単位は万円で、小数第1位まで表示しています。譲渡益10億円の場合、2027年分の所得税への加算額は9,735万円、これにかかる付加税は204.435万円です。通常の税負担2億315万円と合わせると約3億254.4万円となり、2026年分との差は約9,939.4万円です。
ここで示したのは税負担の比較です。売却後に口座へ残る金額を求めるには、売却代金から税金や費用等を差し引きます。譲渡益から税額を引いた数字を、そのまま売却代金の手取りと扱わないことが大切です。
実際に給与や配当などの所得が加わると、基準所得金額と基準所得税額の両方が変わります。この表の税率や増加額を、そのまま個別の取引に当てはめることはできません。
5. M&A・事業承継の前に確認したい5つの項目
5-1. 売却予定年の所得を一覧にする
まず、株式の売却予定額、取得費、手数料等を整理し、その年の給与・配当・不動産所得・退職所得などを一覧にします。証券会社が複数ある場合は、それぞれの年間取引報告書を用意すると、申告不要としている所得も確認しやすくなります。
5-2. 売却時期は、税額と取引条件を並べて検討する
適用年が変われば税額も変わり得ますが、税金だけを理由に売却を急ぐと、価格や支払条件などの判断を誤るおそれがあります。売却価格、取引費用、引渡しや決済の条件、納税資金を同じ表に並べて比較します。
また、契約日や入金日だけから所得の帰属年を決めつけず、契約内容と実際の取引に即して税理士に確認します。年をまたぐ取引では、どの年分として計算するかを先に確かめることが必要です。
5-3. 役員退職金は「対象外」ではなく、所得計算から確認する
役員退職金を受け取る場合も、退職所得金額は基準所得金額に含まれます。一般の退職所得では退職所得控除後の金額を2分の1にする計算がありますが、役員等勤続年数が5年以下の特定役員退職手当等には、この2分の1計算は適用されません。
株式譲渡代金の一部を退職金にすれば、必ず税負担が軽くなるわけではありません。退職の実態、勤続年数、支給額の根拠、会社側の税務処理まで含めて確認します。
5-4. 再投資の特例は、適用要件と投資判断を分ける
エンジェル税制には、一定のスタートアップへの投資について税制上の優遇を受けられる仕組みがあります。ただし、優遇措置ごとに要件が異なり、税負担を将来に繰り延べるものと、一定の範囲を非課税とするものを区別する必要があります。
対象企業・投資家の要件、投資や保有の時期、必要書類を確認したうえで、選ぶ措置が譲渡所得と基準所得金額にどう反映されるかを試算します。税額が減ることと、投資先の事業リスクや資金の換金しやすさは別の判断材料です。
5-5. 株式の贈与・移転は、相続税や経営権も含めて確認する
株式を家族や法人へ移す場合は、移転時の課税、取得費、将来の相続、議決権の配分などにも影響します。ミニマムタックスの計算だけで、移転の有利・不利を決めることはできません。
例えば相続時精算課税は、一定の要件の下で贈与税と相続税を通じて精算する制度です。特別控除2,500万円を使えることを、将来も含めて無条件に非課税になる制度と捉えないようにします。
6. ミニマムタックスでよくある疑問
6-1. 所得が1億6,500万円を超えたら必ず追加課税される?
特別控除額を超えただけでは決まりません。2027年分以後は、控除後の金額に30%を掛けた比較額が、基準所得税額を上回るかどうかで判定します。
6-2. 特定口座で源泉徴収されていれば申告しなくてよい?
源泉徴収が済んでいることだけでは判断できません。ミニマムタックスの判定では申告不要の対象となる譲渡益等も集計し、この特例が適用される場合には確定申告不要制度を利用できません。
出典:国税庁「特定の基準所得金額の課税の特例」適用時の注意事項
6-3. 保有資産が多いだけでも課税される?
この記事で扱う制度は、その年の所得と税額に基づいて判定します。保有資産総額だけで対象になるものではありません。会社や株式の評価額が高い場合も、売却などによってどのような所得が生じるかを分けて確認します。
7. まとめ:売却額ではなく、年間の所得と税額から確認する
2027年分から、ミニマムタックスの特別控除額は1億6,500万円、比較額の計算に使う税率は30%になります。影響を確かめるには、売却代金から譲渡益を求め、その年のほかの所得と通常の税額を合わせて計算することが出発点です。
M&Aや事業承継を検討する際は、申告不要の所得や退職所得も含めた資料を用意し、税理士と適用の有無・納税額を確認します。そのうえで、取引条件や売却後の資金計画を検討すると、税額だけに偏らず判断できます。
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