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「万博から社会は変わる」サイエンスホールディングス青山恭明会長が語る、55年越しの夢と、ミラブルテクノロジーが切り拓く未来

※本ページ内の情報は2026年7月時点のものです。

「万博から社会は変わる」サイエンスホールディングス青山恭明会長が語る、55年越しの夢と、ミラブルテクノロジーが切り拓く未来

シャワーヘッド「ミラブル」シリーズ175万本超の大ヒットを生んだ株式会社サイエンスホールディングス。

日本発のファインバブル技術を軸に、介護・農業・宇宙へと活躍の場を広げるこの企業の原点は、一人の少年が1970年大阪万博で目にした「人間洗濯機」への衝撃と、型破りな行動力にある。

2026年7月25日新発売『ミラブルEx』

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浮き沈みの激しい経営の連続、そして8坪の整骨院跡からの再スタート。その都度、青山会長を突き動かしてきたのは「思ったら何でも一途」という信念だった。

今年3月、67歳で築き上げた事業会社の経営の前線を離れ、 次世代にバトンを渡した青山会長は、「社会の常識にとらわれる人はサイエンスに合いません」と言い切る。どのような原体験が、この独自の哲学を生んだのか。その戦略と哲学に迫った。

1. 「ギラギラしてた時の方が、よっぽど光ってた」型破りな経営者が生まれるまで

——会長は幼少期から自分のやりたいことに対して、とんでもないエネルギーを発揮されてきたと伺っています。その原点のようなエピソードを教えてください。

青山 恭明(以下、青山): 亡くなったお袋がよく言っていたのが、幼稚園・小学校の頃は夕方になったら深い洞穴にグーッと体が入り込んでいくぐらい毎日疲れたって。幼稚園を卒園する時に園長先生がうちの母親に「この子だけは教育した甲斐がありました。入園した頃は毎日8人から10人泣かせていたんですが、最近は2、3人しか泣かさないようになりました」と本気で自慢げに言ったらしいんですね。俺どんな子やったんやろうと思いながら。

思ったら何でも一途でしたね。今の家内ですが、16歳、高校1年から付き合ってたんです。高校2年の終わり頃に、もう片時も離れたくないという思いから「結婚しよう」と言い出した。当時の自分の人生計画では、「いい大学へ行って商社に入ってカバン一つで世界を飛び回るような仕事をするんだ」と言っていたんですが、それよりも家内と一緒に生きる方が重要に思いましたね。

——それからどのように話を進められたのでしょうか。

青山: 家内のお母さんに押しかけていったんですが、押しが強すぎてお母さんが泣いてしまいました。お兄さんが外国航路で半年ほど帰ってこない時期だったので、「帰ってきた時にオッケーするなら私もオッケーします」とお母さんの言質を取ったんです。でもそれだけではまだ不安で、一族の中で一番発言権のある親戚のおじさんを紹介してもらい、大阪の池田まで押しかけていきました。

取り付けられた条件が「社会に出て自分の力だけで200万円の通帳を持ってこい。そしたら親戚一同が何を言おうが俺が認めてやる。」というものでした。大学の進学も考えましたが、もう大学に行っている場合ではないと思いましたね。一刻も早く社会に出て200万円を貯めなきゃいけない。

——そこからの経歴は相当に波乱万丈だったと伺っています。

青山: もう本当に浮き沈みが激しくて。「固定給15万円プラス歩合給」という求人に飛びついたら実は原野商法の会社でして、3ヶ月で実態がわかって辞めました。次に「世の中でなくならない仕事って何かな」と考えたら、教育やって。学習機器の販売会社に入ったんです。

原野商法の会社で超軍隊式に鍛えられていましたから、学習機器の会社に入ったらみんな遊んでるように見えましたね。面接で「これが売れなかったら営業やめます」と偉そうなことを言ったんですが、実際に初月から全国トップになって、めちゃくちゃ稼ぎました。

——それでもサラリーマンに転じられた時期があったそうですね。

青山: いろいろやりすぎて疲れまして、船場センタービルの婦人服の卸売会社に就職してサラリーマンになったんです。5時、6時には仕事を終えて、仲間と一杯飲んで帰る。「これがやっぱり人間らしい生活や」と自分に言い聞かせていましたね、内心はムラ持ちながら。

ある日、実家のお寺に行った時に兄に「これが人間らしい生活や」と自慢したんです。そしたら「ギラギラしてた時の方が、よっぽどお前は光ってた。輝きを失ったら生きてる意味がない」と言われて。それで一念発起しました。

——現在のサイエンスを3人で立ち上げられた時、最初の転機は何でしたか。

青山: 8坪、家賃11万円の整骨院の跡地からのスタートでした。持っていた商品は、家のどの水栓をひねっても、浄水されたキレイな水が出るセントラル型の浄水システムだけです。

セントラル型浄活水器

セントラル型浄活水器

ところが当時、大手デベロッパーの役員とご縁があり、我々の浄水システムに期待してくださって年間1,000台の契約をしていただいた。

株式会社サイエンス創業メンバー

株式会社サイエンス創業メンバー

今でも8月7日をサイエンスの「恩人の日」と定めています。恩人名簿も作っていて、毎年入ってくる新卒社員がその歴史を知って、感謝の気持ちを持って次につないでいってもらうことが重要だと思っているんです。

2. 「カラダもココロも自動で洗われる時代へ」55年越しの夢、ミライ人間洗濯機が生まれるまで

——会長にとってもう一つの大きな原体験が、1970年大阪万博で見た「人間洗濯機」だと伺っています。当時の衝撃を教えてください。

青山: 小学校4年生の時に行った大阪万博です。冷戦時代でアメリカとソ連がめちゃくちゃ競争していましたから、アメリカ館では月の石が見れる、ソ連館では本物の宇宙船が見れると、開幕前はその2つがドーンと立ってたんです。ところが開場してみたら、サンヨーのウルトラソニックバス、通称「人間洗濯機」というものが一大ブームを巻き起こしたんですね。

1970年大阪万博①

1970年大阪万博①

当時は大阪の下町に家のお風呂がある家なんてほとんどない時代です。銭湯だらけで、夕方友達と待ち合わせして銭湯行くというのがルーティンでした。そんな時代に人間洗濯機なんか見せられたら、「未来ってどうなるんやろ」と衝撃を受けました。

万博で出たものというのは、ほとんどが現在の社会で実装されたんですよ。ワイヤレステレホンが今の携帯電話になり、ケンタッキーフライドチキンも大阪万博でデビューし、ムービングウォークも「動く歩道」という名前で広まりました。当時の大阪万博で登場した技術は、ほとんどが社会実装されたんです。

ところが、ずっと悔しい思いをしてきたのが、人間洗濯機だけは「唯一実現できなかった」と言われ続けてきたことなんですね。

1970年大阪万博②

1970年大阪万博②

——その人間洗濯機を自分で作ろうと決意されたきっかけは何だったのでしょうか。

青山: 20年近く前に、テレビのドキュメンタリーで超微細気泡の技術を見たんです。工業製品の洗いにくい隙間を、その剥離力の強い泡で洗うという技術でした。その瞬間に大阪万博の人間洗濯機を思い出しましてね。「あんな”カプセル型”やから社会に普及せんかったんや。この技術を応用して、普通のお風呂を作ったら人間を洗濯できるんちゃうか。」と思いついたんです。

その話を、一杯飲んでいる時にある方に話したら、僕より興奮されて。「人間って、体をきれいにするにはゴシゴシ擦らなきゃいけないと思ってるんや。それが”浸かるだけで綺麗になる”なんて言ったら、生活習慣を変えてしまう。生活習慣を変えることは恐ろしいことやけど、社会的な意義がものすごく大きい。どんなことがあっても開発成功させてくれ」と背中を押していただいた。それでやれたんです。

——再び大阪での万博開催が決まった時にはすぐに動かれたそうですね。

青山: 8年前に万博が大阪にやってくると決まった瞬間に、北海道から九州まで全支店をテレビ会議でつないで全社員に宣言しました。「8年後の万博に我々はどんなことがあっても行くぞ。国内外の方々に我々の技術を知ってもらって、そこから本当に世界に出ていくんや。」と。

当時の若い社員はポカーンとしていましたね。「万博って何やねん」っていう感じでしたから。だから太陽の塔の見学会をやったり、社内から万博熱を上げていくのに苦労をしました。万博の3〜4年前なんて、マスコミはネガティブ満載で。でも僕は「前の万博と一緒や。前の万博も、開幕1年前の新聞には”絶対間に合わない”って書いてあったんや。」とずっと言い続けていました。

——ミライ人間洗濯機の開発で、特にこだわった点はどこですか。

青山: コンセプトを「カラダも、ココロも自動で洗われる」にしましたので、”心を洗う”機能をどうするかが一番の課題でした。大阪大学の産業科学研究所建物の中にサイエンス技術研究室という部屋を設け、試験室を置いて、担当教授についていただきながら開発しました。

背中で脈動を取って、入る方の自律神経の状態をAIが判断するんです。人間洗濯機がガシャッと閉まった瞬間に、周り360度全部が映像になります。耳の前の軟骨から脳に直接音を送る”軟骨伝導”のデバイスを装着して入ってもらいます。「この人ちょっと落ち込んでるな」と判断したら、その状態に合わせて映像と音楽を流すんです。

入る方の心の状態に合わせて、音楽も映像も水の勢いも全部変わるんですよ。交感神経を整えるために、AIがその都度最適な組み合わせに切り替えていく仕組みです。開発には6年、費用は1億5,000万円ほどかかりました。

ミライ人間洗濯機

ミライ人間洗濯機

——前の万博で人間洗濯機を作られたエンジニアとも交流を持たれたそうですね。

青山: ある方のご縁でご紹介いただいたんです。技術を担当されたのが山谷さんという方で今年83歳、デザインされた上田さんは91歳でいらっしゃいます。まさかお会いできるなんて、思ってもみませんでした。

戦略的な考えもありまして、前の万博の人間洗濯機のレガシーとして打ち出すには、これ以上のプレゼンテーションはないと思ったんです。そこで技術アドバイザーとして迎えて、一緒に”2回目の万博”に行きましょうということにしました。

技術的に新たにいただくものはなかったのですが、半年間稼働させる運営について「こういうリスクがある」「こんなことが起きたらどう手を打つか」といったアドバイスをどんどんいただいて、そのおかげで約半年を乗り越えることができました。

——実際に展示した反響はいかがでしたか。

青山: 堀江貴文さんがYouTubeに上げてくださったんですが、厳しいご意見をいただくのかなと思ったら、めちゃくちゃ感動してくれまして「恐ろしいもん開発されましたね」と言っていただきました。

千原ジュニアさんも体験していただいたんですが、入っている時に急に上のシャワーリングが強くなったんですね。出てこられた時に「シャワーの勢いがもう少し強くなってほしいなと思ったでしょ」と言ったら、「嘘でしょ、そういうことですか」と。自分の気持ちをAIが判断して、より良い方向に持っていく。そういう未来型のものなんです。

2025年大阪・関西万博

2025年大阪・関西万博

万博後は、社会実装に向けて動いています。介護施設向けに2年ほど前から開発を始めていまして、今年5月にTAISコードの登録が通りました。これにより、介護施設が導入する場合は約7割が補助金の対象になります。

浴槽にドアがついていて、お年寄りがまたがずに座るだけで入れる。転倒リスクをなくした設計です。まさに、人間洗濯機の社会実装版ですね。

ミライ人間洗濯機 社会実装版の第一号「ミラブル アシストバス」

ミライ人間洗濯機 社会実装版の第一号「ミラブル アシストバス」

3. 「世の中のすべての人が毎日使うもの」ミラブルテクノロジーが変える社会

——ミラブルが175万本を超える大ヒットとなり、今や製品展開がシャワーヘッドにとどまらず様々な分野に広がっています。この展開の根底にある考え方を教えてください。

青山: 我々が”ミラブルテクノロジー”と呼んでいるこの泡の技術で、ありとあらゆる社会課題を解決していくということです。万博から社会が変わると言いましたように、万博に出たレガシーとして喫緊の社会課題を解決できなければ、万博に出た意義がなくなるわけです。

例えば、世界初の「濡れないミスト」があります。暑い時に普通のミストを浴びたらびちゃびちゃになりますよね。屋内では使えません。我々のミストはシャーっと当たるとむちゃくちゃ冷たいんですが、全く濡れないんです。ウルトラファインバブルをさらに細かくすると、当たった瞬間に揮発して濡れずに熱を奪う。吹き出し口を300個ほど並べて箱状にすれば、冷却装置を一切使わない”室外機のないエアコン”になるんですね。

かに道楽 道頓堀 本店に1ヶ月前に設置したところ大好評で、全店導入の話もいただいています。

「濡れないミスト」

「濡れないミスト」

——他にも様々な分野での活用が進んでいますね。

青山: 消防自動車にも、今年は何十という自治体でミラブルがどんどん積まれていくんです。消火活動を終えた隊員の化学防護服はすすだらけになるんですが、消防署にある防護服を洗う機械は500万円もするんですよ。消防自動車にアダプタをつけてミラブルで洗うと一発で落ちますので、自治体からどんどん発注が来ています。

火災現場除染キットMR1

火災現場除染キットMR1

洗車場でも、大阪でブラシを一切使わずミラブルの水だけで洗う洗車場が2か所オープンしました。業務用のコインランドリー洗濯機にも、うちのテクノロジーが全部入ったAQUAさんの機種が広がっています。農業や工業洗浄にも展開していく予定です。

——宇宙シャワーの開発にも着手されていると伺いました。

青山: 3年前から始めていまして、2年前に有人宇宙システム株式会社(JAMSS)と正式に共同研究契約を締結しました。

3年前には、宮古島でバルーンを成層圏まで上げて破裂させ、急速落下で疑似無重力状態を作り、ミラブルが正常に機能するかという実験も成功しています。

2030年からステーション型のホテルが始まりますので、2029年までに完成させることを目標にしています。

宇宙シャワー

宇宙シャワー

——事業の拡大の一方で、2019年には株主資本主義から公益資本主義への転換も宣言されました。そのきっかけは何だったのでしょうか。

青山: SDGs宣言と同時にこの宣言もしたんですね。決まった利益は絶対上げなきゃいけない。でも、それ以上に上がった利益は社会に返すという考え方です。

実は、ずっと返したい”借り”を持っていたんです。2番目の娘が小学校2年の時に急性白血病になりまして、兵庫県立こども病院という重症患者だけが入る病院で、3年間の抗がん剤プログラムを受けました。完全看護で、親と会えるのは1日2時間しかない。「看護師さんに、娘を小学校2年から3年間は育ててもらった」という思いをずっと持っていたんです。

コロナが来て「やっと恩返しができる時が来た」と思いました。大阪府に”コロナ基金”という口座があって、医療従事者のみに使われることが確認できたので、1億5,000万円を寄付しました。

社員には、全社会議で後から謝りました。社員の立場だったら、「そんなお金があるならボーナスに上乗せしてほしい」というのが本音じゃないですか。だから、なぜそうするかをきちんと説明したんです。

看護師さんたちは、自分の命をかけて使命感だけで仕事をされていた。なのに当時、看護師さんの子供が学校で”親が看護師をしていることを内緒にしている”と。言ったらいじめを受けると聞いて、「なんちゅう世の中や」と。その使命感に対して、我々が敬意を表すべきじゃないかと話したら、全社員が拍手してくれました。

4. 「めちゃくちゃやれ」67歳で前線を退き、次世代に託すもの

——今年3月末をもって事業会社を全て引退されました。どのような思いで決断されたのでしょうか。

青山: 5、6年前からずっと言い続けてきましたから、幹部もよく分かっているんです。「20年目、僕は67歳の時には事業会社にさよならを言うからな」と。今年4月1日からは、ホールディングスの代表としての会長のみです。

上場についても、証券会社からずっと言われてきました。でも、上場することで”今のコンプライアンスの流れ”に全部合わせなきゃいけなくなったら、会社の力が半減すると思っているんです。だから2、3年前にホールディングスにして、株を集めてぶら下げる体制にしたんです。

——事業承継にあたって、次の代表にはどのようなことを伝えられましたか。

青山: 「命をかけてください」と、言っています。

代表権をバトンタッチするということは、社員がいる。でも社員だけが食ってるんじゃなくて、社員には家族がいる。取引先様にも皆さん家族がいる。それを全部、自分の背中に背負う覚悟でやる。どんなことがあっても命にかえても守るという考えでいくなら、それぐらいの覚悟を持ってやらなきゃいけない。

だから、事業会社を潰しても一切文句は言わない。その代わり相談にも乗らない。相談してきて答えなきゃいけないなら、バトンタッチしたことになりませんから。

今は月1回のグループ取締役会と、月2回の代表者報告会があって、報告を聞くだけです。動物的な勘でピクッと来た時には「こんなんどうかな」という話はしますが、「それはあなたが判断してください」というスタンスで、決裁権はありません。

——引退の背景に、時代の変化の速さも感じておられるようですね。

青山: この2、3年は特に感じています。時代の変化が早すぎて。僕ら昭和世代だから、利益が上がったらテレビCMを打てと言いたくなるんですね。でも今の役員たちは、SNS戦略にもっと予算を回したいという意識がある。

こんなジジイが昔の成功体験で「CMを増やせ」と言ったら間違うんですよ。だから「お前たちが責任を持ってやれ。その代わり潰しても文句は言えへん。思い切りガンガン利益を上げて、バンバン配当をちょうだいね」と言っています(笑)。

——社員の方々のエピソードをいくつか教えてください。

青山: もうめちゃくちゃですよ。本当に変わった人が多いです。

大阪パビリオンの公益法人への出向の話が、まだ正式発表前に社内に漏れた時には、新卒2年目の女子社員が会長室にバーンと飛び込んできて「会長、大阪府に2年間出向の話を聞いたんですけど、私行きます」と言われて。「こんなチャンスはない」と。「もし私以外の人だったら、私が先に手を上げたんですから。絶対文句言いますからね」って言われました。その社員は2年間出向して大きくなって帰ってきて、今回係長に昇格しました。

——最後に、サイエンスに興味を持っている方々へメッセージをお願いします。

青山: ルールをバンバン破って、めちゃくちゃやれる人間を求めています。社会の常識にとらわれる人はサイエンスに合いません。

失敗したら褒められます。「こういうことをやったら失敗する」ということを知れたら、それは成功やろと。「また大きくなったやんけ」ということで。1人が失敗したからって会社の屋台骨が揺らぐわけじゃない。だから気にせんと何でもやる。「こんなことやりたい」と思ったら勝手にやれ。そういう考え方で、本当にめちゃくちゃできる人に来てほしいですね。

10年後、20年後の未来は、その時の彼らが考えることです。私はその挑戦を、これからも全力で応援していくし、彼らが自由に走れる環境をつくることが、今の私の役割だと思っています。 

〈プロフィール〉

青山 恭明(あおやま やすあき)

青山 恭明(あおやま やすあき)

株式会社サイエンスホールディングス 代表取締役会長

2007年株式会社サイエンスを設立。工業用洗浄に超微細気泡を採用していることに着目し、人の身体もこすらず綺麗にできると考え、2008年にマイクロバブル入浴装置(現・ミラバス)の販売を開始。2018年に発売したミラブルは、顔に描いた油性ペンが一瞬で消えるインパクトあるCMと、製品自体の技術力からシャワーに新しい付加価値をつけたと話題となり、累計販売本数がシリーズ175万本を超える大ヒットに。
サイエンスが保有するミラブルテクノロジーは、多角的な知財戦略で競争優位性を確立し、医療・介護・農業・工業など様々な分野に進出。昨年の万博に出展した「ミライ人間洗濯機」が大きな話題を集め、その社会実装版の第一弾として介護施設用の人間洗濯機を販売開始。今期で創立20周年を迎えるが、次の20年はミラブルテクノロジーで社会課題を解決する企業として、更なる高みを目指し走り続けている。

FPメディア編集部

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