
会社の売却代金を受け取った後でも、契約で約束した内容と実態が違えば、買い手から損害賠償を請求されることがあります。売り手が負うその責任に深く関わるのが「表明保証」です。
売却後に予期せぬ損失を出さないために、売り手は「何を保証し、問題発覚時にどこまで責任を負うのか」を正確に把握しておくことが重要です。
本記事では、主に株式譲渡によるM&Aを想定し、表明保証の仕組みから契約前の準備、保険の活用まで分かりやすく解説します。
1. M&Aの表明保証とは?
M&Aで売却後に想定外の負担を残さないためには、表明保証が契約の中で担う役割を理解することが出発点となります。
まずは言葉の定義を押さえ、買収前の調査や取引の実行条件とどう関わるのかを見ていきましょう。
1-1. 表明保証の定義
表明保証とは、契約締結日や譲渡実行日などの特定の時点で、契約書に記載した事実が真実かつ正確であることを当事者が表明し、保証することです。例えば、売り手が「譲渡する株式を適法に所有している」と約束します。
重要なのは、保証する事項と基準となる時点を、契約で明確に特定する点です。買い手が表明保証を行う場合もありますが、ここでは売り手の責任を中心に説明します。
1-2. デューデリジェンスを補完する機能
デューデリジェンス(DD:買収前に会社の財務・法務などを調べる調査)だけで、企業のすべての問題を把握するのは困難です。
表明保証は、売り手に事実の確認や開示を促すとともに、調査で見つからなかった問題の負担を契約書で整理する役割を持ちます。つまり、調査の不足を補うものであり、調査そのものを省略するための仕組みではありません。売り手はDD段階で十分な情報を開示する義務があります。
では、この表明保証が実際の取引完了(クロージング)にどう影響するのか、その条件関係を確認しましょう。
1-3. クロージングの前提条件としての役割
クロージングとは、代金の支払いと株式の引き渡しなどを行い、取引を完了することです。
契約では、「売り手の表明保証が実行時にも正確であること」を、買い手が取引を実行する前提条件に設定するのが一般的です。契約締結から実行まで時間が空く場合、売り手の状況が悪化していないかを再確認し、問題があれば取引を中止できるようにするためです。
ここまでは表明保証の基本構造を解説しました。第2章では、売り手が具体的にどのような項目について保証を求められるのか、実務上のチェックポイントを解説します。
2. 売り手が表明保証する主な項目
表明保証の対象項目は、会社の業種や取引内容によって変わります。売り手は契約案の文言を、裏付け資料と照合することから始めましょう。
2-1. 株式・組織:適法な所有と第三者の担保
株式については、売り手が本当に所有しているか、金融機関などの第三者の担保に入っていないかを確認します。また、会社の設立手続きや、契約に必要な社内手続きが適法に行われているかも重要な確認項目です。
確認時は株主名簿だけでなく、過去の株式譲渡・相続の資料、定款、株主総会議事録を照合します。親族の名義が残っている、株式取得の経緯が不明といったことがあれば、権利関係を整理してから契約内容を固めましょう。
2-2. 財務・税務:決算・税務申告の適正性と簿外債務
決算書が適切に作成されているか、税務申告・納付が正しく行われているかを確認します。帳簿に計上されていない債務である「簿外債務」や、将来支払いが発生し得る保証債務も対象になり得ます。
決算書に加え、借入契約、他社の債務を保証した書類、税務調査の通知・指摘内容も確認対象です。回収が難しい売掛金や販売できない在庫が残っていれば、資産の評価にも影響します。税務上の処理に判断が必要な事項は税理士に確認します。
2-3. 労務・人事:未払い賃金などの労務問題
未払い残業代、社会保険の加入・納付状況、従業員との紛争の有無などが主な確認項目です。雇用契約や就業規則が整っていても、実際の勤務状況と乖離していれば表明保証違反となります。
例えば、固定残業代を支給しているというだけで、追加の残業代が不要とは判断できません。勤怠記録と給与計算データを突き合わせ、退職者からの請求リスクや労働基準監督署からの指摘の有無も含めて確認しましょう。
2-4. 法務・契約:許認可の有効性と訴訟リスク
事業に必要な許認可が有効か、重要な契約に違反していないか、訴訟や紛争を抱えていないかを確認します。現時点でまだ訴訟になっていなくても、損害賠償を求める通知を受けていれば検討対象になります。
また、取引先との契約における「株主や経営権の変更に伴って事前承諾が必要になる条項」にも注意が必要です。株式譲渡で会社が存続しても、すべての取引を従来どおり続けられるとは限りません。
3. 表明保証に違反した場合のリスクと売り手の責任
売り手の責任のリスクを正しく評価するには、金銭的な負担だけでなく、「取引が実行されるか」、「いつまで請求を受けるか」にも目を向ける必要があります。違反が見つかった時期と契約の定めに沿って、起こり得る影響を整理しましょう。
3-1. 買い手からの損害賠償請求
表明保証が事実と異なり、それによって買い手に損害が生じた場合、売り手は損害賠償や契約上の補償を請求される可能性があります。補償とは、契約で決めた条件に従って損害額を負担する仕組みです。
例えば、「未払い賃金はない」と保証したのに、譲渡前の残業代の未払いが後から見つかった場合、買い手が支払った金額全額を売り手が補償するよう請求されます。
故意・過失を問わず補償する条項なのか、知っている事実に限る条項なのかで扱いは変わりますが、売り手が問題を知らなかった場合でも、責任を免れないことが多い点が重要です。個人オーナー自身が契約上の保証・補償義務を負う場合、会社を売却した後も個人資産に対して請求が及ぶリスクがあります。
3-2. クロージング前の判明による「契約解除」のリスク
取引実行前に違反が判明すると、前提条件を満たしていないとして買い手が取引の実行を拒む可能性があります。さらに、契約の解除条件を満たせば、買い手から一方的に契約を解除されることもあります。
ただし、軽微な誤りまで直ちに解除につながるとは限りません。違反の重大性、修正の機会があるか、買い手が前提条件を放棄して実行するか、といった点を契約に沿って判断します。
3-3. 補償を請求できる有効期間に関する取り決め
補償請求の期間は、一律に決まっているものではなく、契約交渉で設計します。税務や株式の所有権などに関する項目については、他の項目より長い期間を定めることもあります。
期間を確認する際は、次の3点も併せて確認しましょう。
・起算点:契約締結日と譲渡実行日のどちらから数えるか
・通知要件:期限内に通知が必要なのか、請求内容の特定まで必要なのか
・継続性:期限内に通知した問題について、期限後も請求を続けられるか
契約上の通知・請求期限と、法律上の消滅時効は別物です。期限を過ぎた場合の影響も含めて、条文の確認が必要です。
責任のリスクを理解したところで、第4章では、トラブルを未然に防ぐために売り手が今すぐ始めるべき準備手順を見ていきます。
4. 表明保証のトラブルを防ぐために売り手が準備すること
契約書を受け取ってから慌てないよう、売り手は社内の情報整理と契約の確認を並行して進める必要があります。ここでは、締結前の開示、条件交渉、締結後の連絡という順序で、売り手が行う準備を説明します。
4-1. リスクや不明点の事前開示
把握しているリスクや懸念事項は、確認済みの事実と未確認の点に分け、関連資料とともに買い手に開示します。単に「資料を渡した」だけでは、責任を免除されたことにはなりません。
契約書の別紙などに例外事項を特定し、「どの表明保証から除くのか」を買い手と合意する必要があります。既に分かっているリスクについては、売却価格への反映や、その問題だけを対象とする「特別補償」を検討する場合があります。
開示して終わりにせず、誰がどう負担するかまで決めておきましょう。
4-2. 契約書のすり合わせ
契約書は、表明保証条項だけでなく補償・解除条項と併せて確認します。売り手の負担を左右する主な交渉ポイントは、以下のとおりです。
| 交渉する項目 | 契約案で確認する内容 |
|---|---|
| 保証の範囲 | 確認できない事項まで保証していないか |
| 知識の範囲 | 誰の認識を基準にするか、調査義務も含むか |
| 重要性の基準 | 軽微な違反まで責任の対象になるか |
| 補償金額 | 上限額や、少額・累積額による請求の基準はあるか |
| 損害の範囲 | 逸失利益(得られたはずの利益)や専門家費用を含むか |
| 制限の例外 | 故意・重過失による例外規定が広すぎないか |
例えば、補償の上限を定めても、例外条項が広すぎると上限を超えて損害賠償を請求されるリスクがあります。自社の事情を伝えたうえで、M&A契約を扱う弁護士に条項同士の整合性を確認してもらうと、負担の見落としを減らせます。
4-3. 状況変化があった場合の速やかな共有
契約締結後に取引先から契約解除の通知を受けたり、労務トラブルが発生したりしたら、契約で定めた連絡方法に沿って買い手へ共有します。
社内でも、「誰が情報を集め、誰が買い手に連絡するか」を決めておきましょう。実行直前に初めて発覚すると、対応を協議する時間が足りなくなるおそれがあります。
なお、追加で知らせただけで既存の表明保証が自動的に修正されるわけではありません。変更する条項や実行の条件を協議し、合意した内容を記録に残します。
第5章では、交渉だけでは解決できないリスクをカバーする「表明保証保険」の活用法を紹介します。
5. 売り手・買い手双方のリスクを減らす「表明保証保険」の活用
契約条件の交渉だけでは、売り手と買い手が許容できる責任の範囲に隔たりが残ることがあります。その調整手段の一つが「表明保証保険」です。仕組みと利用の利点に加え、保険で引き受けてもらえないリスクも確認していきましょう。
5-1. 表明保証保険の仕組みと国内での活用状況
表明保証保険は、表明保証違反によって発生した損害を、保険契約の範囲内で補填する制度です。買い手が損害の補償を受ける「買い手型」と、売り手が負う補償責任に備える「売り手型」があります。
国内企業同士の取引や中小企業の事業承継に対応する商品が提供され、国内M&Aでも利用が広がっています。「売却後の責任を極力抑えたい売り手」と、「問題が起きたときの回収手段を確保したい買い手」の、条件交渉を支える仕組みとして活用されています。
5-2. 売り手側のメリット
買い手型の表明保証保険を利用する場合、買い手が保険会社に直接請求できる保険を組み合わせることで、売り手の補償責任の上限や期間を抑える交渉をしやすくなる場合があります。売却代金の一部を補償に備えて留保する取り決めについても、軽減を交渉する材料になります。
退職後の資金計画を立てやすくなる点は、個人オーナーにとって大きな利点です。ただし、保険に加入しただけで、売り手の責任が100%消えるわけではありません。売買契約の責任制限と保険の補償内容を対応させる必要があります。
保険料や審査に伴う費用を誰が負担するかも協議事項です。保険の引受審査には資料が必要なため、契約が固まる前から検討を始めましょう。
5-3. 保険で補償されないリスクへの注意点
表明保証保険は、取引のあらゆる損失を補うものではありません。特に、事前調査で既に見つかっている問題や、将来の業績予想の未達などは、通常の表明保証保険では補償対象外となることがあります。
| 確認する条件 | 見落とした場合の影響 |
|---|---|
| 補償対象と除外項目 | 契約上の責任があっても、保険金を受け取れないことがある |
| 自己負担額・上限・期間 | 損害の全額や、すべての時期の請求をカバーできるとは限らない |
| 調査・開示の範囲 | 調査不足や既に判明した問題を理由に、補償から除外されることがある |
| 売り手への求償 | 売り手の詐欺などでは、保険会社から売り手への請求が残ることがある |
買い手型の保険で買い手が補償を受けられても、売り手の詐欺などについて保険会社が売り手に支払いを求める場合があります。加入前に、約款と個別の引受条件を確認しましょう。
6. まとめ
表明保証で大切なのは、自社の実態と契約上の約束にずれを残さないことです。売却後のトラブルを防ぎ、手元に資金を安全に残すために、売り手は以下の3ステップを確実に実施しましょう。
1. 実態の整理:契約案の各項目に対し「確認できた事項」「例外となる事項」「未確認の事項」をリストアップする
2. 事前開示の徹底:判明したリスクは隠さず、開示スケジュール等で買い手に正確に伝える
3. 専門家との連携:弁護士やM&Aアドバイザーと修正案・保険活用を検討し、最終契約を締結する
表明保証の設計は、売却後の経営者個人の生活や資産を守るための重要なステップです。判断に迷う項目やリスクがある場合は、契約を締結する前にM&A専門の弁護士やアドバイザーへ相談し、確実な対策を講じましょう。
ファーストパートナーズでは、富裕層・資産形成層の方々に対して、ニーズに寄り添ったさまざまなサービスのご提案を行っております。
※ご相談は無料で承っておりますが、その内容により、個別の商品・銘柄・売買の方法・時期等に言及する場合があります。
記事のお問い合わせはこちら
